第22話 銀行強盗

 ――時間は少し前後する。


「えーっと……人質は一カ所に集められているな。強盗達は全員武器を装備している……と。ブランカ、他に何か分かるか?」

『人の群がいる』

「あーいや、そうじゃなくてもっと詳細なデータが欲しいと言うか……」


 相変わらず人に対して大雑把なブランカに呆れつつも、ジャグラーに変身した刃は通気口から銀行内を覗き込んだ。

 ニュースで銀行強盗のことを知った二人は、報道陣や警察にバレないように銀行の通気口を利用して侵入したのだ。


『武装している人間が五体。そのうち二人は金庫で何かやってるみたい。それ以外は一カ所に集められているわね。二体が見張っている。で、残りの奴が……子どもに銃を突き付けている』

「……!」

『どうしたの、精神が乱れてるけど』

「不愉快なものを見たら誰だってそうなるだろ? まあ、状況は大体把握できた。警察は人質を解放するように呼びかけていて、強盗側は逃亡の車を要求……か」

『ふーん。このままだと、あんたはどっちが勝つと思う?』

「人質がいるからね……長期戦だったら強盗側が有利だ。警察側が中々要求に応じなければ、人質を殺すとか脅しをすればいいわけだし」

『え、逆じゃない? 人質を殺したとしても、いずれは弾切れになるってことでしょソレ』

「確かに確実だけどあまりにも犠牲が大きすぎるだろ」


 相変わらずブランカの感情には人間の命がカウントされていなかった。


「ここに機動隊が突っ込んだら、銃撃戦に巻き込まれて多くの人が死ぬ……だから警察も動けないんだろうな」

『じゃあACTが突っ込めばいいじゃない』

「人にRCユニットを使うことは禁止されているんだよ。政治的な云々もあるけど、人間相手には過剰戦力だしね」

『あんな奴ら相手でも?』

「どんな人間にも人権はあるってことだよ」

『さっさと剥奪しなさいよそんなの』

「いちいち過激だな……まあ、だからこそ僕達がいるんだけど」

『あいつらはさすがに殺していいわよね?』

「駄目。あくまで戦闘不能にするくらいだ」


 でもブランカの場合、相手の四肢をもぎ取っても、


『いいじゃない。一応息はしてるわよ?』


 とか平気で言いそうだから怖い。


「まずはうろついてる奴から潰すか……」


 義手を無数の触手に変化さる。

 強盗の一人が通気口の真上に来た瞬間、通気口の隙間から触手を撃ちだし、首に巻き付ける。


「な、なんだこりゃ――」


 触手を一気に引き上げたことで、強盗の頭が天井と衝突。


「ぎゃべっ」


 意識を刈り取ったところでリリース。

 鈍い音をたてて落ちたが、まあ死んではいまい。


「な、なんだぁ!? おい、急にどうした――!」


 仲間が駆け寄ったところで、通気口の柵を破壊して彼の頭上に落とす。


「ぐげぶっ」

「――これで二人」


 仁は呟いて、通気口の中から飛び出した。

 銀行に降り立ったジャグラーを見た人質達の表情は戸惑いや恐怖、あるい歓喜など様々だった。

 この反応を見る限り、二週間のヒーロー活動はそこそこ実を結んでいるという事だろう。

 スタンディングオベーションとまではいかないのが悲しいが、今はそんなことを気にしている暇はない。


「て、テメェ、ジャグラー――」

「昨日給料日だからお金を下ろそうと思ってね。正面が相手なかったから、上から来たんだ」

「巫山戯やがって! こっちに来るんじゃねえ、このガキぶっ殺すぞ!」

銃口を頭に当てられた子どもが、小さな悲鳴を上げる。

「――」


 その光景に平成を失いそうになるが、ここでがむしゃらに暴れては意味がない。

 クールに、冷静にいこう。


「あー、一つアドバイスをしておくけど。僕に集中した方がいいんじゃないかな――その子どもごと、あんたを殺すことだって出来るんだ」


 そう言って、歩みを進める。


『お、あんたにしては随分と思い切りがいいじゃない。そうよね、そっちの方が分かり安くていいわ』

「……そんなワケないだろ。」


 どちらも殺す気なんて毛頭ない。

 少しでも意識のリソースをこちらに割かせるのが狙いだ。

 どれだけ少年を撃つと脅しても、仁は止まらなかった。


 人質が効力を発するのは、あくまで人質となる人間が対象を止まらせるに足る存在であること。

 仮に――もし仮に目の前の怪物がそんなものを歯牙にもかけない存在であれば、人質は巨大な文鎮に等しい。

 近づく時にはあえて一言も発しない。


 ジャグラーの状態だと仁は少々ハイになって饒舌なる――と言う訳ではなく、相手の緊張を和らげることにある。

 言葉を発しないより饒舌な方が恐怖を感じないと聞いたことがあるからだ。

 いつもはベラベラ喋ってはいるが、今回はその逆――黙って相手を威圧させる。 


 足取りもあえて、いつも以上に遅くすることがポイントだ。

 万が一少年を撃とうとすれば、それよりも早く腕を切断するために、義手はまだ触手に変形させている。


「ひ、ひいい――!」


 恐慌状態になった強盗は少年を放り出し、ジャグラーに向かって何度も引き金を引いた。

 銃声に人質の中から悲鳴が上がる。

 撃ち出された銃弾は三発――人間であれば間違いなく死に至るが、ジャグラーは歩みを止めなかった。


「ブランカ、大丈夫か?」

『もちろん。これくらいでくたばる程ヤワじゃないわ』

「まあ装甲は柔らかくしてるんだけどね」


 銃弾は装甲に食い込むと、そのまま中へと取り込まれた。

 跳ね返すくらいの強度にしても問題はなかったのだが、それでは他の人質に当たる可能性があるため、装甲を柔らかくして受け止めたのだ。


「き、効かね――」


 呆然としている強盗の顔面を殴り飛ばす。

 強盗はきりもみ回転しながらカウンターの向こう側まで吹っ飛んでいった。


「やりすぎた」


 本当だったら三メートルくらい吹っ飛ばす予定だったが、軽くその倍は飛ばしてしまった。

 無意識のうちに力を込めすぎてしまったらしい。


『あんた人のこと言えなくない?』

「ああ言う手合いは死ぬほど嫌いなんだ。つい、力を込めちゃった」


 ぽりぽりと頬を掻きながら、放り出された少年の元へ向かう。


「大丈夫?」


 少年の顔には少し怯えの色が見えていたが、こくこくと小さく頷いた。


「それはよかった……あー、一つ言っておくけど人質が殺されても構わないっていうのはあくまでブラフであって本当……」

「よそ見してんじゃ――」


 銃を手に喚いている強盗犯は、義手を音波砲に変形させて、超音波を叩き付けて黙らせる。

 ブランカは今まで捕食したキャンサーの武器を使うことができる。

 蝙蝠型キャンサーを捕食した際に使えるようになった音波砲は、出力を調整することで非殺傷武器としても運用できる。


 これで四人目。


 あと一人残っているが、そろそろ人質を逃がしてもいい頃合いだ。


「みんなガラス下がって! あと耳を塞ぐことをオススメするよ!」


 弁償しろと言われたらどうしようと思ったが、今は人質を逃がすのが最優先だ。

 モーゼが海を割ったときのように、人垣が二つに分かれた瞬間、超音波をガラスに叩き付ける。

 ガラスに一瞬無数の亀裂が走り、粉々に粉砕された。

 最大出力はエネルギーを喰うのでブランカは使いたがらないが、このように物理的に物を破壊することができる。


 外側に誰もいないことはブランカによって確認済みだったので、これによる怪我人はゼロに収まった。


「足下に気を付けて、押さないように逃げてくれ!」


 巨大な逃げ道を確保したことで、人質達は我先にと――しかし誰かを押しのけることはしない絶妙な速度で逃げていく。


「さあ、君も」


 促すように少年の背中をぽんぽんと叩く。

 少年はしばらくおどおどとした様子だったが、


「……ありがとう」

「――」


 例の言葉に、しばらく面食らっていたが、やがて微笑んで――相手には表情は見えないが――言葉を返す。


「こちらこそ、ありがとう」

「助けてくれたのに?」

「ちょっとそう言いたい気分なんだ」

「変なの」


 少年はくすくすと笑いながら、出口へと走っていく。

 その後ろ姿を見送った後、こきりと肩を鳴らした。


「さて、あと一人か……」


 人質はいないとしても――というか元から機能していなかったようなものだったが――最後まで油断せずにいこう。


『あ、もうそいつは潰しといたわよ』

「へ?」


 どう言うこっちゃいと右腕を見ると、いつの間にか義手が触手に変形し、強盗犯の最後の一人を締め上げていた。


「げげげげ……」

「おいストップだブランカ。吹いちゃいけない泡吹いてるだろ」


 ついでに白目も剥いていて、端から見たら人を殺そうとしている怪物のそれだ。


『え、もう? まったく、人間って脆いわね』


 触手の拘束が緩み、どさりと強盗の体が落ちる。


「そりゃおまえに比べたらな……」


 全身バラバラになっても生きているブランカにとっては、どんな生命だろうが紙屑同然というものだ。

 最後の決着があっさり付いてしまったので、少し肩透かしを食らった気分だがまあ勝ちは勝ちだ。


「フィニッシュは必殺技で決まり――って訳にはいかないか」


 人間相手にそんなことしたら、文字通り必『殺』だ。


「よし、今日はこんなところにしておくか。後は警察の人達に任せよう」

『……なんかテンション高くない?』

「そりゃ感謝されたら、嬉しいだろ。僕は褒めて伸びるタイプなんだ」

『調子乗ってんじゃないわよ大ボケ』

「言った側から縮めようとするのやめてくんない!?」

『均衡を保ててるでしょ?』

「成長を妨げてるんだよそれは!」


 相変わらず毒を吐いてくるブランカに少しげんなりしながらも、ジャグラーは自らも銀行から飛び出した。

 姿を現した瞬間、野次馬達がどよめく声と数多のカメラのシャッター音が銀色の怪物を出迎える。


 蜘蛛の糸やらスラスターがあれば便利なのだが、まだその手のパーツを手に入れてないので、スパイクの付いた手足で建物と建物の間を飛び移るという些かヒーローにしては華に欠ける移動手段だ。

 せめてバイクがあればなあと内心思っていると、こちらを射殺さんばかりの視線を感じた。


「ナギ……」


 恐怖心を嫌でも掻き立てられられる視線の主は、羅刹のような形相でジャグラーを睨んでいた。

 ACT関係者には、ジャグラーの正体がビスクドールであることは知られている。

 彼女にとってジャグラーはヒーローでも何でもない。

 それは理解しているつもりだったが――


『……仁?』

「ああ、いや、なんでもないよ」


 怪訝な様子で尋ねてくるブランカに、仁は誤魔化すように笑った。

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