第8話 ひらめき
「何、あたしが嘘ついているとでも言いたいの?」
じろりと睨まれて、ぶんぶんと首を振った。
「いや、そう言う事じゃなくて、その、理解が追いついていなくて……」
「この程度の情報キッチリ処理しなさいよ。下等生物が」
「その罵倒でおまえが人間じゃないことは大体理解できたよ」
まさか面と向かってそんなことを言われるなんて思わなかったよ。
「今まで他の個体に言われてなかったの?」
「キャンサーが口をきくなんて、おそらくこの世界で僕くらいしか知らないビッグニュースだよ……」
破壊衝動の塊で、知性なんて殆ど無いと断言する学者もいるというのに。
「ふうん。やっぱりあたしは特別って事か」
うんうんと何故か満足そうに頷くブランカ。
「意識が復活したのはつい昨日だけど、それくらいならあんたらの言語を理解するのは造作でもないわ。アレを食うまで、言葉を発することも出来なかったのはシャクではあるけど」
そしてブランカは、他のキャンサーを食べることで、機能の拡張ができる……らしい。
「待てよ、昨日って……」
妙にリアルな、二年前の夢を見たのと重なっている。
「あたしの中にあるイメージが、あんたの脳に流れ込んだってだけじゃない? あたしのコアとアンタの脳は、この忌々しい機械で繋がってるワケだし」
「マジか……」
まさかとは思ってたけど、義手に組み込まれていたのはビスクドールのコアだった……
腕に心臓が入っているみたいだと思ったのは、あながち間違っていないってことか。
つーかなんでこんなものが仕込まれてるんだ……?
「そんなのあたしが知るわけ無いでしょ。けど、あたしが〈ビスクドール〉だって証拠に色々覚えてるわ。あんたに体を吹っ飛ばされたこともね」
再び恨みがましい視線をこちらに向けてくる。
「それを言うのなら、こっちだって右腕やられたし、ACTの基地だって滅茶苦茶になったんだぞ? お互い様だろそこは」
黛の命の恩人ではあるものの、この点だけは手放しで受け入れることはできない。
「しかも何? 気付いたらそんな機械に組み込まれてるし、使ってる人間はあんただし、冗談じゃないわよ。こうでもしないとまともに動くこともできないし」
苛立たしげに舌打ちするのを見る限り、全てを水に流すというわけじゃないらしい。
それに関しては僕もそうだけど。
「……ま、実際そうなってたんだから仕方ないだろ。むしろ納得だ。ビスクドールなら、あんな力を持ってても不思議じゃないし」
あの時の僕は、正に超人と言っても過言じゃないくらいの力があった。
RCユニットには及ばなくても、充分人間の範疇を超えている。
「……ん、今は黛の体に入ってるんだよな。じゃあこの義手は今どうなってるんだ」
「あたしのコアは未だにそのクソ忌々しい義手の中よ。この体はあくまで端末――直接喋ったり、物に触れたりするためのもの。あんたらでいうスマホみたいなものね」
義手が勝手に動いて、ぐーぱー運動を始めた。
人間をスマホ扱いするのは若干抵抗があるもの、大体のことは理解できた。
「本体はあくまで僕の義手だから、こんな風に動かすことも可能って事か」
「むしろこの腕はあたしのものと言ってもいいわね。あんたは勝手に使ってるってワケ。そこら辺ははっきりさせるわよ」
「それを言うなら、黛の体だってそうだろ」
「それはそれこれはこれよ」
すさまじい詭弁だが、ブランカがいなければ黛は死んでいた訳で――
「そう考えるとやっぱり、僕はおまえにどでかい借りを作ってしまったってことか」
「当然じゃない。言ってしまえばあんたはあたしの下僕みたいなものね」
「……たまたま利害が一致したんだから勘違いしないでよねとか言ってなかったか?」
「よく考えてみたら、そうした方があんたをあれこれ使うことが出来そうだから。そういうことにしたの」
「そうでございますか。それで? 体をバラバラに吹っ飛ばした挙げ句、コアを利用してのほほんと生活していた僕に、おまえは何をご所望で?」
そもそも科学班が血眼になって探しているはずのビスクドールの破片……その中で最上級レベルのコアが、どうして一般人が使う義手なんかに組み込まれているんだという話なんだけど……こればかりは後で確認する必要がありそうだ。
「あたしの破片を集めるのに付き合って貰うわ」
「は?」
「何よ難聴なの? あたしが完全復活するために他の破片が必要だっつったのよ。あんたにはその手伝いをしてもらう。ムカつくけど、あんたの肉体がなくちゃまともに戦えないのは事実だしね」
「いや、聞こえなかった訳じゃないよ。そこはちゃんと理解してる」
しかし納得できるかは別問題だ。
ビスクドールを復活させると言うことは、あの破壊の化身を野放しにすることと同義だ。
そんなことはいくらなんでもできない。
「なに黙り込んでんのよ。不満でもあるわけ?」
「不満だらけに決まってるだろ。こんなのあまりにも危険すぎるし――」
瞬間、義手が僕の首を掴み、ギリギリと締め上げた。
「が、ぐ――」
視界が明滅する。
器官を圧迫されて意識が遠のくのが嫌でも分かった。
「何か勘違いしてない? あんたには断る選択肢なんてハナから無いのよ。イエスorデッド、この二つしかないんだから」
ブランカの瞳は、ただただ冷たかった。
嫌でも理解させられた。
彼女にとって僕が使えない存在と認識されたら、すぐに殺される――!
「分かった。分かったから! ひとまず首を絞めるのも止めてくれ! 頷く前に死んじゃうから!」
義手が首から離れて、ようやくまともな呼吸ができるようになった。
「普通の呼吸がこんなに素晴らしいとは思わなかったよ……」
ブランカに感謝するつもりは毛頭無いけど。
「それで? 手伝うの? 死ぬの?」
「おまえどんだけ僕を殺したいんだよ……!」
「人間って自分をバラバラにしたヤツに殺意抱かないんだ?」
「……」
それを言われてしまえばそれまでなんだが、そっちだって結構お互い様だと思うんだけどな。
「放っておくと、破片はどうなるんだ?」
「それはあたしにも分からない。けど、あたしの破片を取り込めばどれだけの力を手に入れられるかは、あんたがよく分かってるんじゃない?」
「……!」
ブランカの力は尋常では無かった。
二年間ろくに戦っていなかった僕でも、キャンサーを撃破することができたのだ。
もしキャンサーが、ブランカの破片を取り込んでいたら……?
あの力をキャンサーが使うなんて、考えただけでもゾッとする。
そんなことを野放しにするかと言われれば、ノーだ。
そして、何より――
「……そうなったのって、僕のせいなんだよな」
「え?」
ブランカはぱちぱちと目を瞬かせながら、こてんと首を傾げた。
「まあ、確かに原因の一端ではあるんじゃない?」
「だよな……」
僕がニョルニルを使わなければ、ブランカも木っ端微塵にならなかった。
今この世界にブランカの破片が散らばっているのは、僕の責任だ。
破片のせいで、もし誰かが死ぬことになったら――
そのことを知っていて、のほほんと普通の生活を送り続ける度胸は、僕にはなかった。
「……分かった。破片を集めるのには協力する。けど一つだけ約束してくれ」
「完全復活した瞬間死ねとか言うんじゃないでしょうね」
「そんなこと要求したらこっちが殺されるだろ」
「まあね。で、あんたの要求は何? 言ってみなさいよ」
それくらいは聞いてやる、とブランカはどこまでも偉そうな態度だった。
「人間を襲わないで欲しい」
「は?」
口を半開きに開けているブランカにかまわず続ける。
「それは完全復活する前もそうだ。二年前みたいに、手当たり次第に物を破壊するのも無しにしてくれ」
「はぁ? なんだってそんな無駄なこと――あれ?」
ブランカは口元に手を当てて首を捻る。
「ブランカ?」
「――ん、別になんでもない。けど、こっちが危害を加えられたら容赦なく殺すわよ。まさか、無抵抗で殺されろなんて要求するつもり?」
「さすがにそれはないよ。けどなるべく、殺さないでいてくれると助かる」
非暴力不服従なんてまかり通っていたら、それこそ人類はキャンサーによって絶滅させられていただろうし。
ちなみに非暴力不服従の本当の意味は、『抵抗するなら死を選べ』という結構過激な思想だったりするらしい。うひゃー
「ふうん……ま、それくらいなら別にいいけど。ついでにこのボディの安全も保証してやるわ」
「本当か!?」
「何その反応。あたしのこと戦闘狂のイカれ女とでも思ってたわけ?」
「……」
すっと目を逸らした。
そんな話がありながらも、僕達は今後の方針を決めた。
力を取り戻すのに一番手っ取り早いのはキャンサーを捕食することらしく、仮に破片を取り込んでいないキャンサーでも見つけ次第殺すという方針に落ち着いた。
同じキャンサーでも、別に思うところがあるわけでは無いらしい。
ただのキャンサーは無視する方針だったらどうしようと思っていたが、これで一安心だ。
しばらくして、ブランカは黛の家へと帰っていった。
迷子にならないか心配だったけど、黛の記憶を覗けばあんたの無駄な手助けなんて必要ない、とのことらしい。
いちいち一言余計な奴だけど、それなら心配はいらないか。
黛の両親は仕事で海外を飛び回っているとのことで、娘が大胆すぎるイメチェンをしていたとしても露呈するのはまだ先の話になりそうだし。
一応ブランカは帰った……いや、正確にはずっと側にいることには変わりないのか。
「はあ……」
夕食を作るまで気力が戻るのはもう少し先のことになりそうだ……
「考えてみれば、かなりヤバい事に脚突っ込んでるんだよな、僕」
ビスクドールが実は生きていて、完全復活のために暗躍しているとか、アニメや映画じゃ完全に黒幕ポジションのやっていることだ。
そして僕は、偶然居合わせてしまっていいように利用されるけど、視聴者からは特に同情されないキャラ……
むしろ黒幕と太鼓持ちとか叩かれることが多かったりして。
その結末は大体悲惨で、用済みとして殺されるか裏切り者として処罰されるかという最悪の二択だったりする。
うわぁ、考えれば考えるほど状況は最悪だったりするぞ。
「どう考えてもいいように使われている気しかしないなこりゃ……」
けどこの力を、あいつの言うとおりにだけしか使わないというのもシャクだ。
もし覚醒のタイミングが少しでも早ければ、黛を完璧に助けることも可能だったはずだし……
まあそんなことを言っても陳腐なたらればに過ぎない。
ちらりと部屋に飾られているポスターを見やる。
ポスターに映っている彼らは赤い全身タイツを着ていたり、パワードスーツを装着したり、コウモリのマスクを被っていたりと外見こそ十人十色だが、共通していることが一つだけある。
それは人々の脅威に立ち向かうヒーローであること。
目的は復讐だろとか自分でヴィラン産みだしてるじゃねえかと色々突っつかれることがあるのは百も承知だが、結果的に人を救ってるんだからまあそこは見逃してくれということでひとつ。
ハザードデイが起こってしばらくして、フィクションの世界はヒーローブームと呼ばれるくらいヒーローを題材にした作品が注目されるようになる。
昔のヒーロー映画も同様で、午後ローでも金ローでもジブリ映画も真っ青な頻度でヒーロー映画が放映されることになった。
キャンサーという人類の脅威の出現によって、当時は誰もが自分達を救ってくれるヒーローを渇望していたのだ。
かく言う僕もその一人で、世間のブームが落ち着いた後でも、ヒーロー映画の新作が公開される度に映画館に足を運んでいるし、休日は動画配信サービスでもう何度も周回したヒーロー映画を観ている――
「――待てよ」
がばりと起き上がり、ポスターを改めて見てみる。
うーんやっぱりカッコイイ……いやそっちじゃなくて。
突如思い浮かんだあまりにも突飛なアイディア。
「でも、これならいける気がする……!」
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