第15話 どうして、オスは一つの穴にしか入れないの?

 昨晩、僕の恋人にして御主人様、マルヤム様ことシフタークーン様に思い切って聞いてみた。初体験の話である。覚醒した時は既に身籠っていたそうだ。恐らく処女懐胎であろう。それならば、過去の話とは言え、寝取られ感を催さなかった。

 そして、マルヤム様は妖精族ペリーギャーンの純血種である。始めの母とか、伝説のノワとかマルヤムも、同じ妖精族なのだろう。妖精族は神の如き力を持っている。楽しい時は空は晴れ、悲しい時は空は曇る。心が天岩戸に閉じこもれば、世界は闇に包まれる。そのまま世界は滅んでしまうかもしれない。僕も色んな意味でマルヤム様を悲しませてはいけないのである。

 一方、僕の正体は何なんだろう。マルヤム様は実の子供と思っているらしい。そう思いたい様だ。それが正しければ、僕もペリーギャーンの純血種ということになる。でも、マルヤム様と鏡の前に並んでみて、とても同じ種族とは思えない。マルヤム様は容姿端麗で正しくエルフだ。一方、僕はドワーフだ。ドワーフがひょろくなったような感じだ。ドワーフと違って髭も体毛の生えない。そして肌がスベスベな所だけは、マルヤム様と同族だって思える。エルフとドワーフじゃなきゃ、美人飼い主とフレンチブルドックのペアみたいなもんだ。マルヤム様は、ペットの様に僕を溺愛してくれる。

 さて、今宵はマルヤム様の結婚生活について、お伺いする。聞きたくないけど聞きたい。想像しただけで、心の痛みと体の疼きの板挟みになる。


「『僕の声』が聞こえた後は、どうなったの?」

「私が心を取り戻すと、空は晴れ渡ったわ。私の気分一つで空模様は変わった。時には晴れ、時には曇ったわ。私はイフリンジャーンを赦せなかった。彼らは仲間を殺した。我が子を引き離した。でも、イフリンジャーンと違って、私は人を殺せなかった。私は月の塔に籠って、ウジウジと悩んでいたわ」

「やっぱママは優しいんですね。月の塔って、その頃からあったんですか?」

「月の塔には、もともと名前が無かったわ。何時しかイフリンジャーンが、そう呼ぶようになったのよ。月の塔は、私がペリーイェスターンに来た頃には既にあったわ。何時誰が何のために建てたのか誰も知らない。町の小さな神殿も昔からあったわ。秘密の階段を発見したのはビビアンね。私にも知らないことが未だ未だあるみたいね」

「明日は月の塔を探検しても好い?」

「お前の望むことなら何をしても好いわよ。一緒に『あーるぴーじー』しましょう」

「わーい、ママと一緒にRPGだー!」

 童貞卒業してから、大人の階段上るどころか、子供の階段を下っていく~。

「そういえば、お前が聞きたいのは、月の塔の話じゃないわよね?」

「う、うん」

 いよいよ聞きたくないけど聞きたい話をするのか……。

「私の復讐の話を始めるわね。私が月の塔でウジウジしていると、側仕えの女たちが私に味方してくれたの。彼女たちは、元々イフリンジャーンの人じゃなかった。父や夫、兄弟や子供を殺されて、攫われて連れてこられてのよ。イフリンジャーンは女を虐げ過ぎて、女が少なくなってしまったの。だから、他所の国々を攻めて女を奪っていた。そうして偶々ペリーイェスターンに攻め込んできたのよ」

「じゃ、ママの復讐の所為で、今のイフリンジャは一妻多夫制になったんですか?」

「そうよ。やはり、お前は勘が好いわ。私の自慢の子ね♡」

「具体的に、どうやって復讐したんですか?」

「それはね、マルヤムとイーサーの話を真似たのよ。マルヤムと交われるのは童貞だけなの。一度童貞を捧げたら、マルヤム以外の女と交わると死ぬのよ。そして、童貞じゃない男、他の女の匂いが付いた男がマルヤムと交わっても死ぬのよ。そして、私にも同じ力が有ったのよ」

「もしも、僕童貞じゃなかったら死んでたんですか?」

「臭いで、童貞だって判ったわよ」

「今は僕の臭い変わったんですか?」

「私の匂いがするわよ」

「てへへ♡」

「復讐の話をするわね。ある日、私と志を同じくする女たちが集まったの。みんなで誓ったわ。『サルの子を孕むくらいなら、ブタの子を孕みましょう』ってね。イフリンジャーンの雄のことを、陰でサルって呼んだのよ。一部の女たちは、私と同じ力を獲得したわ。先ず私はイフリンジャの王と結婚したわ。勿論前妻がいたわ。毛むくじゃらで乱暴で嫌な奴だったわ。一晩ともにしただけで、二度と枕を並べることは無かった。私のお腹の上で命が尽きてしまったの。私と同じ力を持った女たちも、他の女の匂いが付いた男を次々と死なせたわ。力を持たない女たちも、浮気をして夫以外の子を産んだのよ。本当に豚と交わった人もいたらしいわ。そうしてイフリンジャーンの血は薄くなって、女に飼い慣らされるようになったのね」

「そうなんですか。僕は一夫多妻だと人口増えすぎるから、一妻多夫なのかと思ってました」

「そんなこと初めて気が付いたわ。やはり、お前は賢いわ。イフリンジャは緑豊かだけど、大勢の人が暮らすには狭いですものね。本当に私の自慢の子ね♡」

 マルヤム様は少し感激するだけで、僕をキス責めにする。甘い嵐に見舞われる。

「あの伯爵と子爵って、本当にマルヤム様の実の子なんですか?」

「私は、お前以外の子供を産んだことはないわ。この国の女は、自分の夫を子供や弟扱いするのよ。言葉の綾ですよ」

「じゃ、僕がママの子ってのも、言葉の綾ですか?」

「そんなことなわよ。お前は私の子です。女の勘が告げてます」

 この甘い重苦しさが何とも心地よい。蜜壺の中で窒息死しそうだ。不倫よりも、濃密な背徳感に満ちている。

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