第12話 非処女懐胎して、伯爵と子爵が訪れる。

 僕はマルヤム様の奴隷にして末の夫である。マルヤム様に童貞を捧げた以上、生涯貞操を守らざるを得ない身である。全く後悔はない。甘い甘い新婚生活が始まって幾日も過ぎた。ある日のこと、ビビアンが真摯な態度で跪き、マルヤム様に言上した。

「奥方様、伯爵殿と子爵殿が面会を求めています。如何いたしましょうか?」

 マルヤム様は大きくため息をついて眉間に皺を寄せた。こんな御顔を見るのは初めてだ。暫く考え込んだうえで御口を開いた。

「『本日、昼下がりに明日罷り越すが好い』と伝えて下さい」

「はは、畏まりました」

 久々に侍女らしいビビアンを見た。いつもは先住犬としての威厳を保つため、何かにつけて僕にマウントを取ろうとして来る。冷たい目で僕を見下す。それがまた堪らない刺激だ。


 マルヤム様はイフリンジャの国の御妃様である。何時までも月の塔に引き籠ってる訳にもいかなかった。性事にかまけて、政治を放り出す訳にもいかない。僕を傍に引き寄せ、なでなでし乍ら呟いた。

「さてさて、どうしたものかしら?」

「難しい問題をお抱えなのですか?」

「難しくても、易しくても、どうせ詰まらない話でしょう。お祭りは楽しいけど、マツリゴトは本当に詰まらないわ」

「でも、政治をほったらかしにすると、悪い家来たちが好き勝手やって国が無茶苦茶になりますよ」

「私はそれで構いませんよ。いっそのこと国を亡ぼしてしまいましょう。お前と私の二人きりでイフリンジャの外で暮らしませんか」

「やっとRPGっぽくなってきましたね」

「あーるぴーじーってナニかした?」

「えーっとですね。その……」

 前世でも知らない人に、どう説明したらよいか判らない趣味だった。マルヤム様に何と説明すれば好いんだろう。

「頭で解っていても、言葉にし難いことってあるわよね。こういう時はこうするのよ」

 いきなり唇を奪われた。口の中に舌を捻じ込まれた。ふたりで舌を絡め合う。夜よりも激しい口づけだ。というか息が出来ない。このままディープキッスで窒息死させられる。目が眩んできた。


 気が付くと、マルヤム様の膝枕の上だった。

「お前の考えてることが見えました。サイコロを振ってる。占いかしら?……盗賊や悪鬼と戦い、宝物を見つけたり、御姫様を助けたり、龍を退治するのですね。お前にも男らしい所があったのですね」

 最後の一言が傷つく。でも逆に、こんなヘタレなのにデロデロに溺愛して貰える。文句を言ったら、罰が当たる。しかし、ディープキッスで僕の記憶を見られたんだな。絶対に裏切るような真似はしないけど、マルヤム様にも知られたくないことだってある。ちょっと怖い。

「ええーまぁ、そんなところです」

「でも、今のお前では無理ね。私を守るどころか、私に守られるだけ。お母さんに、おんぶされる赤ちゃんと同じですよ。私はそれでも好いけれど」

「はぁ……そうですか……しくしく」

「よちよち泣かないでね。今は無理でも、今から鍛えれば好いじゃない。私の背中を預けられるくらいの戦士に鍛えてあげるわよ」

「僕は『大賢者』だから、魔法使いじゃないんですか?」

「頭が良いだけでは、魔法は使えないのよ」

「どんな条件が必要なんですか?」

「だって、私に初めてを捧げたでしょ」

「童貞のままじゃないといけないんですね」

「そうよ。でも方法は有るわ」

「どうするんですか?」

 マルヤム様は瞳を爛々とさせている。お腹を撫でながら、小声で囁く。

「さっき唇を重ねた時に気が付いたわ。私の中にも、お前がいるってね。……まだビビアンにも内緒よ!」

 僕は黙って、マルヤム様のお尻様を指でなぞった。「ボクノコドモデスネ?」と伝えた。

 マルヤム様は、こくりと頷いた。


 そんな話をしてると、ビビアンが扉を叩いた。どうやら、伯爵と子爵との謁見時間が来たのだ。「魔法使いになる方法」を聞きそびれてしまった。少なくとも、マルヤム様が僕の子供を身籠っても、即死する訳じゃないことが判った。


 ビビアンは祭壇の隠し戸を開けた。マルヤム様は僕の御手々を引いた。片時も僕を離さないつもりだ。嬉しい。

 僕とマルヤム様の間にはプライバシーなど全く無かった。マルヤム様の御花摘みまで一緒である。あの神々しいお尻様の世話はビビアンの仕事である。ビビアンは喜々としながら仕事に取り組んだ。僕には絶対に渡さないつもりだ。マルヤム様は、あの時の臭いですら香ばしい。僕もマルヤム様の目の前で用を足す。まるで赤児や飼い犬を見守る母親や飼い主の様だ。

 僕はマルヤム様のお尻にくっ付いて秘密の階段を下った。真下の階には謁見室があった。六畳間ほどの広さしかない。絨毯が敷かれているだけだ。絨毯の端には、体格の良い年寄りが二人平伏している。流石に伯爵様と子爵様だ、煌びやかな身なりをしている。

 マルヤム様は僕にスカートを被せた。スカートの中は、真っ暗だけど心地よい異空間である。濃密な匂いにむせった。今では、目を閉じても、匂いだけでマルヤム様を見つけることが出来る。マルヤム様がナニも仰らなくても、忖度できるようになった。僕はスカートの中で四つん這いになった。マルヤム様は僕の背中の上に座った。僕は玉座になったのだ。

「伯爵、子爵よ、お久しぶりです。恙なかったですか。面を上げなさい」

 やっぱマルヤム様偉いんだな。イフリンジャの女王様なのか?

 スカートの隙間から、伯爵と子爵の顔が見える。毛深いって言うだけあって、豊かな髭をしている。白髪交じりで、皺だらけだけど、目鼻立ちは整っている。若い頃は、さぞかしイケメンだったんだろうな。どっちが伯爵で子爵なのか判らないけど、顔だちが好く似ている。兄弟なんだろうな。

 二人は声を揃えて言上した。

「我ら兄弟の母にして、我ら兄弟の妻、イフリンジャの国主にして、国に幸もたらす現つ女神たるマルヤム様、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ上げます」


 げげっ、伯爵と子爵が二人の夫だったのかよ。二人は実の息子で近親相姦してたのかよ?

 今更驚かないけど、僕はスカートの中で緊張に震えた。

 この世界の予備知識では、僕とマルヤム様の関係は、不倫であって不倫じゃない、禁忌であって禁忌じゃない。マルヤム様の態度は、背徳感など微塵も感じさせない。奔放で、とても呆気らかんとしている。でも前世の記憶に基づけば、今や修羅場の真っただ中だよな?

 伯爵と子爵は、顔は厳めしいけど、物腰は穏やかである。それでも、スカートの中から顔出したら、僕は殺されるかもしれない。やはり、マルヤム様を貪る時、人妻を寝取る背徳感が、甘ったるさに絶妙な刺激を与えてくれるのだ。

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