風邪が長引いて苛ついた挙句、擬人化して対話はじめる奴

 よう。まあ座れよ。遠慮するこた無い。マスター、彼にもなにか飲み物を。


 気づけば長い付き合いになっちまったな。

 症状としてお前が顔見せしたのは、2024年1月5日ってところだ。どうだよもう。気が付けば約3週間だよ? それに何日間か潜伏してたんだろ。いや全くもって長い付き合いだよ。全治何週間って、ちょっとしたケガだよ。数針ぬってるレベルの。

 いや、まだ全治してないんだけどな。終わってないけどな。 


 いまだに俺の身体にいるようだな。……随分とまあホラ、未練だなぁキミも。偏執的な愛すら感じる。重い。キミの愛、重いよ。まだ喉はスッキリしないし、ちょっと腫れてる。咳もでるしなァ。まったく君のしつこさには、感服する。辟易するのを超えて、感服。全くもって好き放題やってくれたよ。よくやった。よくもやってくれた。


 認めよう。認めなくてはならない。お前は強い。強敵だ。宿敵とさえ思っていた。菌なのかウィルスなのか知らないが――なんせ検査してないから――ともかく、俺は晴れてお前を、敵だと認める。光栄に思ってほしい。

 俺は特段、頑強なほうじゃない。平凡で怠惰な一男性、一市民だ。かといって、さほどの軟弱でもない。ともかくインフルでのたうち回った時。ノロでのたうち回った時。いずれも、お前ほどの苦しさを、俺の記憶に刻み込んではいない。お前は実にたいしたヤツだ。


 あの攻め方は、こう……アレか。

 家系か? 曾祖父か祖父か父親仕込みたいな、キミんとこの秘伝なのか?

 なんかこう……思うんだけどな。誇っていいスキルだと思うぞ。


 つまり、お前の血統に家系図とか無いだろうが、ナンカこう、つまりな。比較的近い分裂とか世代交代のというカンジの意味でだな? いわば、お家芸みたいなものなのか? 受け継がれた技か?

 素晴らしかったぞ。まず、たいして熱を出さなかったよな?

 高くて37.3℃ぐらいだったろう。絶妙だ。これは良い戦術だ。加減知らずに38℃オーバーなんて、出してみろよ。俺は早々に病院へ行くことになった。

 会社の手前とか、人には色々とあるんだ。職場の検温器にひっかかるし。出勤するなって言われたかも。うん、人間色々とあるんだ。結果としちゃあ、さっくりしっかり薬を出されて点滴されて、お前は実力を発揮しないまま封殺されたかもしれない。しかし、そうならなかった。


 ああ。コレ、すごく聞きたかったんだけど。宿主の苦しみというのはだな。うん、苦しいんだよ人間は。あれは実は、お前らにとっては喜びだったりとか……するのか? だとすると思うに、本ッ当にひでえ悪趣味だぞ。そう、鼻腔の粘膜とノドをひどく攻撃していただろう。鼻呼吸がもう、辛くて辛くて。かといって口開けると乾燥するしさ。ほら、どう頑張っても喉の腫れがひかないだろう。

 そして血の混じった痰が、のどに滞留するんだ。もうね、木札だしてやりたかったね。「気道の間 風邪御一行様 ご滞在中」って。満員御礼って。

 で、するとどうなるかというとだなァ。

 こう、立ってるときはな。実はどうという事ないんだ。意外と。問題は横になった時だよ。俺のカワイイカワイイ白血球たちがお前と戦い果てて、死骸になって、血の混じった鼻水や痰となってだな、俺の呼吸を邪魔すんだわ。ノドふさぐんだわ。畢竟、俺は目が覚める。グッスリ朝まで寝ることもできない。


 いいか。おまえは人間じゃないから教える。人間には、ただの快不快よりも、ただ希望を断たれるよりも、もっとされたくない事があるんだ。もっとつらいヒドイ仕打ちがあるんだ。

『どれを選んでもつらい思いしかしないが、続けなければならない』

 って状態だ。これは苦痛なんだ。呼吸しない訳にいかない。眠らない訳にいかない。お前はそれを邪魔してくる。だから相当参った。

 なあ、まったく想像もつかないが……なにかお前の本能とか、生命的意思がそこにあるとしたら。この症状に何らかの志向性が、介在しているとしたら。断言するが、お前はまさに邪悪そのものだ。

 いやま、人間の尺度のハナシだからな。俺が代表するのもおこがましいし。だから聞き流してくれていいんだけどな。


 そういえば俺は数年ぶりに鼻血を出すなんて経験をした。ちょっとだけ感謝しているんだぜ。ふふ、よく分からないだろう。そういう顔をしているよ。思うんだが、人間ってのは、お前らの目からは随分と画一的に見えるのだろうな。おおまかな仕組みは本当に長いこと、たいして変わっちゃいないよな。変わったのは主に技術の方でさ。攻略に苦労するの、大体そっちだろう。まったくキミたちは本当に人間を分かってない。断言する。だからこそ君達は人間を滅ぼすことが出来ない。

 

 だがもう、今回は終わりだ。おまえができるのはもう、しばらく俺にマスクをさせることぐらい。いうて俺が自主的にやってるだけ。他人への配慮だ。せいぜいそのくらい。さぁて? 

 すでに弱ったお前を、徹底的にイジメるのはとても簡単だ。たとえば今からでも病院に行ったっていい。俺にはそれができる。栄養注射ぶっこんでもらって、感冒薬や抗生物質を叩き込むことができる。繰り返そう。俺にはそれができる。とてもとても、気軽にできる。ただそれでは、俺の腹の虫がおさまらない。


 だから俺はお前に復讐をする。俺の尺度で思いつけるうちから、お前にとって最も屈辱的で残酷なことをする。よく聞け。

 いいか。俺はただ、ことにする。

 もうビタミン剤を飲まない。背中にカイロも貼らない。メシは好きなモノを食う。酒だって飲む。夜更かしだってする。クタクタになるまで残業した後、肌寒いジムで薄着で汗をかく。お前なんて存在しないみたいに、もう治ったみたいに、生の喜びを謳歌することにする。

  いまやそんな不真面目な俺にすら勝てずお前は消えるので、俺はその様子を只々見ていることにする。いまや敵視も警戒もされず敗北していく姿を、無感動に眺めていることにする。

 こんな隙だらけなのにな。どうだ、悔しくないか。屈辱じゃないか。冒涜されているように感じないか。なんだろうが、俺は悪くない気分だ。ふふ。

 

 俺の免疫機構は今まさに、お前に二度とやられまいと息巻いてる。根絶し二度と侵入させまいと決意している。どれだけの白血球やキラー細胞その他が、おまえのために死んだと思ってる? 彼らの怒りも当然さ。

 フム。そうだな。それは単なる仕組み、システムで、プログラムどおり動いているだけ……かもしれん。なかなかに人間臭いことをいう。でもそんな事はどうでもいい。彼らを働かせるために、俺はたっぷりとメシを食った。要はお前を倒すためにメシを食った。本来ならイイ思いをするために喰うんだぞ――味覚がないキミにはわからんだろうが――美味しい思いをするために喰うんだ。なんせ他の生命を喰うんだからな。お前にこの怒りは理解できんだろうなァ。おれは本来の姿に戻るわけだ。


 ちなみに、俺が食ったメシはな。俺が同じ人間から奪った金で買った。カネに限らんが。俺の職も生も衣食住すべても、元をたどれば、誰かから奪ったものだ。俺がやらなけりゃ誰かがやる。俺ではない誰かがこの職に就く。俺の代わりに稼いで買う。食って着て寝る。

 キミは異種に宿っては栄養を貪って増えて生きている訳だが……。どうも我々人間のほうが悪魔的にも思えてきた。どうなんだ。お前は何者なんだ。どこからきてどこへいく? イイ気分か? 自己増殖して自己改変して、イイ気分か? 効率的でゴキゲンか? つまらないヤツだ。


 今、窓の外を見ている。乾きそうな水溜まりがある。通行人はそんなものに目を留めない。ただ雨が上がったことを喜んでる。頭上の青空しか見てない。

 お前はあの路傍の水溜まりだ。


 わーいわーい。ざっまあみろ。

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