3話 秋

 七つまでは神のうち、って分かります?

 あ、これ映画のタイトルか。見てないけど。

 正確には、、ですね。ことわざ。

 数え年七歳より下の子どもはまだ人間じゃなくて神様に属するので、まあ多少のめちゃくちゃは許してあげましょう、みたいな意味でしたかね。


 ところで市岡さんは、幾つからその能力を手に入れたんです? 死んだ人間を見たり、悪いものを祓ったり。あ、プライバシーに踏み込もうっていうんじゃないんです。この話を続けるに差し当たって、参考までにと思って。仰りたくないなら別に……。

 小学生の頃。なるほど。きっかけとかってあったんですか? あ、これも言い難いならいいです。あ。え。妹さん。妹さんがいらっしゃったんですか?


 は。そうなんですね。市岡家の、狐憑きの能力は本来男性には引き継がれない。それが妹さんが夭折したことで、なぜか市岡さん……稟市さんの身に能力が降りてきてしまった。はーあ。あるんですねえそういうこと。ありがとうございます、話していただいて。これで秋も続けやすくなりました。


 市岡さんや市岡さんのご家族は、狐を遣って何をしていますか? お祓い? 成仏できなくて迷子になっている魂をそれなりの場所に? なるほど。それって、人助けですよね。秋はそう思います。たぶん、能力の正しい使い方です。


 正しさってなんでしょう。正義ってなんでしょう。こういう話題になると秋はいつも迷ってしまうんですね。誰かの正しさの裏では誰かが憎しみを募らせている。ひとつの魂を救ったあとには他の魂が地獄に落ちている。そんな風に考えたことはありませんか?


 果樹園の話です。果樹園は蠱毒の壺、と先ほど申し上げましたね。そのまんまの意味です。

 数えで七つに満たない子どもほど、市岡さんや市岡さんのご家族が持っているような特殊な力が顕現しやすいという説があります。ただの噂、都市伝説と言ってしまえばそれまでですが、今回は実際そうだということでこの話を聞いてください。


 この世のものではないものを見たり、そういう存在と戯れる子ども──幼児。どう思います? 可愛いですか? 子どもが好きな方ならあまり気にならないかもしれませんね。秋は子どもが苦手なので、目の前でそんな訳の分からないものと親しげにされたらちょっと……困ってしまうかもしれないけど。ああ、わたしの話はいいんです。

 それでね。これまた不思議な話なんですけど、そういう能力を持って生まれてくる子って、たいていなんです。あ。怖い目。素敵ですね。正義の味方ヒーローの目だ。そう。その通り。この世とあの世の狭間で怪異と戯れる我が子を、気味悪がって放置するような連中が親。親と呼んでいいのかどうかすら秋には分からない。ともあれ。果樹園のあるじは常にそういう家庭を探し歩き、そこから子どもを買い上げるんです。


 我が子を愛さず持て余している連中ですからね。端金で売りますよ。


 そうして果樹園のあるじは買い集めた100を壺……本物の壺じゃあないですよ。壺と呼ばれている空間に詰め込んで、いちばん力の強い子どもを見極めるんです。90までは案外あっさり減ると聞いたことがあります。10人から最後のひとりまでが長いとか。どうしてもね。精鋭が残ってしまうわけですからね。


 神になるのは最後のひとりです。そうです。首を刎ねられるんです。


 神になった子ども以外はどうなるのかって? 良い質問ですね。喰い合いに負けて壺から出された子どもたちは、とはいえ果樹園に買われてきた存在なので帰る場所なんてありません。ある程度の年齢までは果樹園のあるじと共に過ごす、らしいです。でもま、タダで衣食住を保証されたりはしませんよね。最後のひとり以外の99人もまた能力を所持しているわけですから、。腕一本とかね。脚片方、膝から下だけとかね。指一本ってケースもあるそうで。将来的にそれどうしたのってデリカシーのない問いを受けても、子どもの頃の事故でこんなになっちゃってますって言えるような感じで。


 これは秋の想像ですけど、おそらく、人質として奪われている面もあると思うんですよ。その、体の一部をね。切り取ることでにして、果樹園に逆らうことができないようにするんです。だって、子どもとはいえ能力を持つ者が100人ですから。叛乱でも起こされたら堪らないでしょうよ。


 ある程度の年齢になった神になれなかった子どもたちは、果樹園を出て外の世界で暮らし始めます。幾つぐらいからかなぁ……いちばん若い子で中学に行ったことがある子がいると聞いたことがありますけど、でもね、これ市岡さんすごく嫌がると思うんですけど、死ぬんです。


 なぜか? 答えは時限爆弾です。ミステリ小説なんかに出てくるアレ。


 果樹園のあるじは子どもたちから体の一部を奪うことで、能力の一部を抑え込むんですね。それで、必要となった時──たとえばある人間がある人間を殺したいと思っていて、でもその殺したい相手は周囲をボディガードでがちがちに堅めている、んー……たとえば政治家で、物理的に殺すのは無理。じゃあどうしましょう。ハイ正解は呪いです。果樹園で研ぎ澄まされた呪いがそこで爆発する。首? 首はそんなチンケな仕事には使われません。もっとでかい。もっとこう──この世の何かを左右するような、そんな案件にしか出されない。だいたい100人の子どもを集めるのだって楽じゃないですからね。果樹園が首を完成させたのは、2回、ぐらいしかないんじゃなかったかな。


 市岡さんは、亡くなったヤタベという若者の体をご覧になりましたか? 見てない。そうですか。見れば分かるはずです。彼も体のどこかが欠けているはず。果樹園の子どもです。何が目的で岩角遼に近付いていたのかは分かりませんが……目的は果たせなかったのではないかな。秋はそう思います。だって結局、噛み跡まみれになって死んだのでしょう? 返り討ちにでも遭ったかな。可能性としてはありますね。


 首だけ発見されたという大阪のマルヤマという青年。では彼が果樹園が完成させた神かといえば、それも違うと秋は思います。市岡さん。市岡さんのご実家が祀っているという狐の首は今いったいどういう状態ですか? 江戸の時代に四辻から掘り出したのち、器に入れて祀られている。うつわの中を覗いたことは? ない。ですよね。そういうものなのです。神になるために刎ねられた首というのは。決して触れてはならない。その存在こそが呪い。狐を完成させる際にも何人か亡くなったのではないですか? 今度ご実家に戻る機会があったら、文献などを紐解いてみると良いかもしれませんね。

 少なくとも首は、斬り口に土がべったりと付いた状態で、放置されて良いものではない。

 マルヤマという青年は、試しに首を刎ねられたのでしょう。神になれるかどうかチャレンジです。テッテレー。そして失敗した。失敗したけれど、自力で自宅に戻れるぐらいの能力は残っていた。だから家にいた。あ、そういえばヤタベ青年もマルヤマ青年も覚醒剤を死ぬほど打たれていたんですっけ? それじゃそのブーストもあるかもしれないな。分からないけど。罰当たりな話です。


 この事件を起こしているのは果樹園です。もしくは果樹園に深い縁を持つ誰か。人間の首で神を作るなんて狂った真似をするのは、果樹園しかいませんからね。


 なぜ秋が果樹園についてこんなにも詳しいかって?


 ああ。嫌だなぁ。市岡さんに嫌われてしまう。

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