第3話 ヒドゥンストーリー


 メインストーリー#1で手に入れた総コインは8900。これは序盤に入手できるコインとしてはかなりのものだ。

 まず、この小説―今は現実だが―の中でのコインの使い道は数パターン存在する。その代表的なのがコインを利用したステータスの上昇だ。


 小説の世界ではこのステータスというものが最重要視される。

 例えば筋力のステータスがLv10あれば拳で自動車を凹ませることが出来るとしよう。それだけの威力を持つ拳であっても体力のステータスがLv30の人を殴った場合ダメージを殆ど与えられない。それ程この世界ではステータスの差が勝敗に直結するのだ。


 ただ、仮にステータスが劣っていたとしても相手に勝る場合もある。それがスキルと特性、称号の存在だ。称号とスキルというのは後天的に獲得できるが特性というのは基本先天的なもので、例外はあるが今は関係ない。


 この特性というのはその人間がこれまでに積み上げてきた経験や才能などを評価されて物語開始時点に与えられるものだ。僕の場合【読者】(一般)【忍耐】(希少)【褪せた世界】(伝説)【???】(???)と四つも特性を持っている。一つは判読不明だが、四つも特性を持っているなんて異例も異例、かなり幸運だ。あの主人公でさえ初めての時は特性が三つしか無かったというのに。


【読者】(一般):物事を俯瞰的な視点から視ることが出来るようになる。また、“読む”という技能が向上する。

(普段から小説を読んでいたことなどから物事を俯瞰的に視る視点が養われたため発現しました)


【忍耐】(希少):物理的、精神的苦痛に対する忍耐力が上がる。【物理耐性Lv3】【精神耐性Lv3】の獲得。

(日頃から受けていた物理的、精神的苦痛に対して耐え続けていたため発現しました)


【褪せた世界】(伝説):合理的、冷静な判断が下せるようになる。思考速度が上昇する。世界を褪せた世界として認識する。

(世界からの興味を失い、褪せてしまったために発現しました。ただし、この特性は途上であり、世界が色付いた時初めて新の特性として開花します)


【???】(???):???

(特性を判別することが出来ません)


 このように特性にはそれぞれの効果が存在する。常時発動しているものが殆どだ。

 そして称号。これも特性に似たもので常時発動型のものが殆どだが、称号は特性と違い、後天的に獲得するものだ。何らかの条件を達成することで獲得することができる。


【勇者】(伝説):戦闘時に全ステータスLv2上昇。【精神耐性Lv5】獲得。善系統の神々から注目を浴びやすくなる。

(惑星地球で初めてモンスターを殺した勇敢な者に与えられる称号)


【命知らず】(希少):自分よりも強い相手との戦闘時全ステータスLv1上昇。自分よりも強い相手に勝利した時に得られる報酬アップ。

(本来ならば勝つことの出来ない強敵に勝利した者に与えられる称号)


 最後にスキル。フェイズ2に移行する際に特性と同じようにこれまでの経験から最初だけスキルを幾つか与えられるが、それ以降はステータス同様コインを支払うことでスキルを得るのが基本となる。


 コインの使い道にはステータスの上昇、スキルの獲得に加えてショップやマーケットでの買い物にも利用する。ショップはラビット達運営が用意したアイテムを彼等が定める定価で購入できるというものであり、マーケットは僕達アバターがアイテムを任意の価格設定で売買できるというものだ。


「まあするべきことはある程度決まってるんだけどな」


 思わずニヤリと笑みが零れた。

 楽しい、こんな感覚いつぶりだろう。何度も頭の中でもしも自分が“汝、世界を救うならば”の世界に入れたらと考えたことか。それが今現実となっている。


「こんなもんかな」


 名前:読売彰

 年齢:17

 保有コイン:400

 称号:【勇者】(伝説)【命知らず】(希少)【小鬼殺しゴブリンスレイヤー】(一般)


 守護神:【姿形見えぬ無名なる混沌】(仮契約)【神託預言せし角笛吹き】(仮契約)【獄炎を支配する狂帝】(仮契約)


 特性:【読者】(一般)【忍耐】(希少)【褪せた世界】(伝説)【???】(???)


 スキル:【適応力Lv4】【近接格闘Lv1】【記憶力Lv2】【速読Lv2】【物理耐性Lv3】【精神耐性Lv8】【第六感Lv1】


 ステータス:【体力Lv15】【筋力Lv15】【敏捷Lv15】【魔力Lv1】


 初心者パック・成長パック1・成長パック2適用中


 かなり大きな出費だが致し方ない。特にスキル【第六感】の5000コインがでかい。ただ、スキルの価格はストーリーが進むにつれて高騰していくので現時点の5000コインが最も安価なのだ。


「ラビット、そろそろ次のストーリーが始まるんじゃないか?」

「ええ、そうですね。の他のアバターの皆様への説明も終わりましたしね」


 先程のことをまだ根に持っているのか皮肉めいた口調でラビットはそう言うと、右手に持ったステッキで床をコツンと鳴らした。

 目下にウィンドウが広がる。


『サブストーリー “信頼”

 目標:信頼できる仲間を一人以上見つけろ

 難易度:F

 報酬:コイン500

 制限時間:1日

 失敗:ペナルティ』


「ははっ、本当に性格が悪い奴だな」

「はて、どうしてでしょうか?」


 ラビットは紳士的な笑みを浮かべると、ステッキを再び地面にコツンと打ち付ける。するとラビットの姿はピンク色の煙となって霧散してしまった。


 今生き残っている人間…アバターは、まず間違いなく生き延びるために二人の人間を殺した殺人犯だ。自分が生き延びるためならば人を二人殺すことも厭わない人間が側にいるというだけで疑心暗鬼に陥っているというのに、その上で信頼できる仲間を一人以上見つけろだと?


「性格が悪いにも程があるだろ」


 思わず苦笑が浮かんでしまった。

 小説の通り、やはりこの世界は相当に性格の悪い世界のようだ。

 だがまあ今の僕にはあまり関係がない。僕には信頼できる仲間を探すことよりも先にやらなければならないことがある。


「ここだな」


 交差点から少し離れた路地裏。そこを奥へと進んでいくと換気ダクトやゴミ箱が見えるだけのコンクリートの壁があり、行き止まりになっている。

 僕は迷いなくコンクリートの壁へと向かって進んだ。

 壁と鼻先が触れようという瞬間、僕の鼻先は壁にぶつかることなくすり抜けた。


『ヒドゥンストーリー“悪鬼の群れ”を発見しました』


『初めて惑星地球でヒドゥンストーリーを発見したため称号“探検家”(希少)を獲得しました』


『初めてヒドゥンストーリー“悪鬼の群れ”を発見したためコイン1000を獲得しました』


『ヒドゥンストーリーを迷いなく見つけた貴方に対して神々が驚いています』


『好奇心旺盛な神々が貴方のことを興味深そうな眼差しで観察しています』


 やっぱりここで合ってたか。

 小説の中で主人公がとあるハプニングに巻き込まれた際、ここのヒドゥンストーリーを見つけることになるのだ。


『ヒドゥンストーリー “悪鬼の群れ”

 目標:現れる全てのモンスターを撃退してください

 難易度:E

 報酬:コイン1000 ランダムなD~F級アイテム

 制限時間:なし

 失敗:死亡』


「さて、と」


 コンクリートの壁を通り抜けた先は広い立方体の空間だった。僕が一歩足を踏み入れると、壁際に複数の魔方陣が出現し赤色に発光する。

 発光した魔方陣からは小鬼ゴブリンの姿が現れた。


「キヒャウヒャヒャ」

「キヒャヒャヒャ!」

「早速ステータスの効果を試させてもらおうか」


 完全に顕現した小鬼ゴブリン達は一斉に僕目掛けて飛び掛かってくる。

 だが、遅い。


「キヒャ?」


 小鬼ゴブリン達が僕に飛び掛かった時には既に、一匹目の小鬼ゴブリンの首をへし折っていた。


「凄い……さっきまでとは全然違う」


 小鬼ゴブリンの動きがスローモーションみたいに遅く感じるし、蛇口を捻るみたいに簡単に小鬼ゴブリンの首が折れた。

 敏捷と筋力の上昇具合はこんなものか。それなら体力の方はどうだろう?


「キ、キヒャアアア!」


 小鬼ゴブリンが振りかぶる木製の棍棒を僕は避けることもせず右腿にもろに受ける。


「キヒャッ!」


 当たったことが嬉しいのか小鬼ゴブリンは口端を吊り上げるが違和感にすぐに気が付いたようだ。

 なんせ棍棒を受けた僕はダメージはおろか、何なら小鬼ゴブリンの持っている棍棒が――。


「キヒャッ!?」


 木製の棍棒はバキッと音をたてて折れ、使い物にならなくなってしまった。

 その様子を見ていた小鬼ゴブリン達は自分達の攻撃が僕に全く通じないということを理解したのが一斉に踵を返した。

 だがそんなことをしても無意味だ。


『ただいまヒドゥンストーリーの進行中は当該エリアへの入出は制限されております』


 無常にも現れるウィンドウの意味も分からず、小鬼ゴブリン達は僕から逃げようと必死に透明な壁を叩きつけるがこの部屋からは出られない。


「悪いな、僕も必死なんだ。だから――」


 そう、この世界はもう今までの世界とは違うのだ。いつ死んでもおかしくない、いつ殺されてもおかしくない世界に変わってしまった。

 僕が持っているのはこの世界の知識という大きなアドバンテージ。

 この知識を活かして、この世界でこそ“主人公”になるんだ。

 そしてあの気に入らない結末を僕の手で変えて見せる。


「――僕のために死んでくれ」

「キャ――」


 ♢


 どれくらいの小鬼ゴブリンを殺しただろうか?

 五十匹目を越えた辺りから数えるのを辞めてしまったが。かなり大量の小鬼ゴブリンを殺したおかげで、“小鬼殺しゴブリンスレイヤー”(一般)という新たな称号も手に入れることが出来た。


「ようやくお出ましか」


 部屋の中央、これまでの小鬼ゴブリンが現れていた魔方陣とは大きさが一際違う巨大な魔方陣が出現した。

 魔方陣は次第に発光を始めるとともに、中から緑色の肌をしたモンスターが徐々に姿を現した。


 小鬼ゴブリンに似ているが非なる存在、緑鬼ハイ・ゴブリン小鬼ゴブリンに比べて身長が高く、全身の筋肉量も多い。

 それに加えて緑鬼ハイ・ゴブリン小鬼ゴブリンよりも知能が高い、こちらの戦略を見破ってこようとするし、頭を使った戦い方をしてくる厄介なモンスターだ。


『ボスモンスターの出現に“姿形見えぬ無名なる混沌”が笑みを浮かべています。300コインをドネートしました』


『ボスモンスターの出現に“獄炎を支配する狂帝”が興奮しています。200コインをドネートしました』


『貴方に興味を持つ複数の神々が貴方の行動に注目しています』


 神々達からの注目も集められてるみたいだな。

 それじゃあメインといくか。


「キヒヒッ!」

「お前で最後ラストだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る