第7話 アリス(5)

06

 目が覚め、顔をあげるとすっかり世界はオレンジ色に染まっていた。

 授業が終わってからずいぶんと時間が過ぎているようで、教室に残っているのは俺だけのようだ。

 寝ぼけた頭を必死に働かせて記憶を遡れば、本日最後の授業を受けた記憶は残っているので、どうやら授業が終わるのと同時に寝落ちしてしまったらしい。

 机に突っ伏すように眠っていたため、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをするとカサリと音を立てて何かが机に落ちる。

 手にとって見れば、可愛らしい文字でいくら本が好きでも眠らないのはダメだよなどとアリスからの小言が書かれたメモだった。

 家に帰って眠るべきだろうと起こそうとしたらしいが、思いの外俺の眠りが深かったために起こすのは諦めたのだそうだ。

 申し訳ないというか何と言うか……

 黒板の上に掛けられた時計に目をやると5時にもなっていないので、図書室に寄るぐらいの時間はあるだろう。

 さすがに家に帰ったら食事を取ってすぐに眠るつもりだが、明日の休み時間に読む本は借りておきたい。


「おい!」


 カバンを手にとって席を立ったところで後ろから声を掛けられた。

 俺以外誰も教室に残っていないと思っていたので驚きつつ、振り返る。

 視線の先にいたのは、不機嫌そうな表情を隠そうともしていない二人の男子生徒だった。

 尻乗せともう一人、アリスを口説こうとしている二人だな。


「お前、どういうつもりだ?」

「どう?」


 尻乗せ男が詰め寄ってくるが意味がわからない。

 授業中に眠っていたわけではないし、まだ完全下校時刻というわけでもないので放課後に教室で居眠りしていたことを責められるような謂れもない。


「アリスは俺が狙ってるんだ。お前みたいな根暗男は引っ込んでろ!」

「ふざけるな! アリスは俺のものだ! お前も引っ込んでろ!」

「何だと!?」


 あぁ、なるほど。と納得するよりも早く二人が仲間割れを始めてしまったんだが、俺はどうすればいいんだろうか?

 まぁ、つまるところ二人は自分たちがアリスを口説こうとしているのに、俺がアリスと本の貸し借りをしたことが気に食わないわけだ。

 デートに誘っても苦笑いを浮かべられ、甘い言葉を囁いても芳しい反応が返ってくることはない。

 お世辞にもうまくことが進んでいるとはいえない――と言うか正直な話、完全に脈がない二人と比べれば、本の貸し借りをしている俺のほうが関係ははるかに進んでいると言えるだろう。

 まぁ、アリスを攻略しようとしているわけでもないので、どうでもいいが。


「お前のことは前から気に入らなかったんだ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 俺のことをそっちのけで殴り合いにでも発展しそうな二人をどうすればいいんだろう?

 とりあえず、放置して図書館に行っていいのか?

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