Fairy Tales : Sky Hariti 2019.3.24

森本 有樹

第1話


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pixie:(笑顔)

sword・one:(笑顔)

pixie:よかった。無事だった。

sword・one:ピクシーさんが生きていてうれしい。

pixie:(笑顔)

sword・one:(笑顔)

pixie:こっちは大きな被害はないけど、関東は大変そうだね。

sword・one:(無返答)

sword・one:ピクシー?

pixie:これだけは言える。

pixie:これは私のエゴだ。

pixie:たとえこれから何が起こっても……。

pixie:私は君を守る。

sword・one:ピクシー?

pixie:だから、決して何があっても大丈夫だ。安心しろ。私は落ちない。私は負けない。

pixie:だから、約束してほしい。

pixie:また話が出来るまで、生きていてくれ。

sword・one:ご武運を。

pixie:戦いが始まるなんて誰も行ってないぞ。

pixie:でも、ありがとう。


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2019.3.25 07:00 大韓民国 済州島・静石空軍基地

大混乱は目の前にあった。

イ・ジョンミン(伊・政珉)という名前のパイロットはその中で何も出来ずに苛立ちを増やしていく。

(ここに来て3日目か……。)

いや、2日だったか、そんな始まりかけた精密精査を頭から書き消す。

「釜山からさらに通信量増大。」

「連邦を僭称する傀儡軍の機体です。」

「市ヶ谷との連絡は取れたか。直接が駄目なら千歳と三沢に問い合わせろ。」

「福岡に上陸した傀儡政権の救助隊と現地警察が交戦。」

「政府は相互防衛条約により傀儡政権の船舶に対して臨検及び撃沈を……」

おおよそ軍事用として作られたわけではない仮初の司令室から声が漏れてくる。少しの間それを聞いていたジョンミンは、やがて興味を失うと缶コーヒーを買ってごくごくと飲み始めた。政珉は缶コーヒーを一飲みすると、何もかもが変わり果ててしまったこの世界の空を眺めて、はあ、というため息を悪態代わりに天に向かって放つ。

 彼はフィリピンへの入植戦争、つまりは台湾人と朝鮮人合同での「俺たちの代わりにお前らが割りを喰らえ。」とばかりの財力に物を言わせた入植戦争から一時的に離れて要重整備の機体を工場に置いて休暇が待つ「最後の韓国領土」たるこの島へ長期休暇のために戻る。その筈だった。

 機体を本来置いていくはずの日本の基地へ着陸しようとアプローチに入ったその時、完成が悲鳴を上げて消滅、明かりの消えた日本列島に着陸するところはなく、かろうじて残っていた燃料でどうにかこの島に降りることができた。




「フィー……フィーヤじゃないか。」

 自分以外の誰かを呼ぶ声、振り返るとそこには北朝鮮の将官がいた。名前は趙 鉉濬(チョウ ヒョンジュン)という。振り返る。そして自然な流れで敬礼する。向こうも気づいて、会釈する。それから、彼は「フィーヤ」と呼ばれたパイロットの方に視線を戻す。

「畏まるらなくていい。君まで畏まったら、息が詰まってしまうんじゃないか。」

そうだな、とパイロットスーツを着た女エルフは笑って返す。趙も笑い返す。それから、目の前の二人は歩き始める。

 政珉は後を追う。目指すのはおそらく格納庫、まあ、将官にて現役のエースパイロットがパイロットスーツを着て歩き始めたのだ。何か起こる、そんな予感が湧き出るのは当たり前だった。四年前に半島が南北揃って中国の軍事侵攻で滅んで以来、無理やりな拡張を続けた飛行場、その奥からはKF-16が2機編隊を組んで上っていく。

「まあ、見ての通り、大国に挟まれた中小国は悲惨なものだ。ポーランドにベルギー、そして、我々と……。」

 本当に小さいって惨めだな、と妖精は力なく笑う。無理矢理でも笑わないといけないという雰囲気が見て取れる。おそらく彼らも精神的に参っているんだろうというのは見て取れた。いや、疲れていない奴なんてこの飛行場にはいないだろうというのは、彼も良く判っている。

「我々とこの国。そしてついに川に落ちた犬となったイルボンも悪辣なゲームの犠牲になった。」

「復讐は叶った。だが、共に笑うもの無しとな。」

「そんなものさ。天はいつも酷い事ばかりする。」

 ここに降りて以来の談笑を挟むと、妖精は趙に情報を求める。今何が起こっている。何が起こるんだ。政珉も耳を傾ける。

「簡単に言うと、昨日の異様に素早い「災害支援船」はやはり民兵の輸送船だった。今彼らは九州で無差別に襲っている。」趙は後悔の混じった声で語った。

「彼らは船の墓場、スクラップヤードという名目で大量の廃船を半島に集結させた。そして、少数民族や反政府活動家はそのまま大量の民兵に早変わり。収容所国家「朝鮮連邦」は予想どおり。対日侵攻のための道具だったよ。」

「今更当たり外れはいい……問題は……」

「これが中国が再び動き始めた。という意味を持つことだね。」

 あの傀儡国家の後ろにはアメリカ滅亡により、世界最大の超大国となった中国がいる。それが意味することは、即ち中国の対日開戦プランが実質発動したということである。

 最も、実際今起きているのは半島駐留軍の愛国心を言い訳にした若き軍人たちの野心と若さの暴走なのだが、これは彼らが知らない話だ。

「あの尖兵となった民兵たちの役割は、口実づくりさ。人民解放軍を動かすための。橋頭堡を確保してどこかのタイミングで治安維持のために「救助隊」が人民解放軍に助けを求める。おそらく、自衛隊や現地警察との対立が激化したらね。」

 なるほどな、と政珉は納得した。台湾と半島を飲み込んだ中国はとうとうその磨いていた牙を「川に落ちた犬」に差し向けたのか。それも昨日報告があった正体不明の赤十字を掲げた廃船の群れで。

  侵攻作戦はたしかに前から噂されていた。ロシアがクリミアで「礼儀正しい人」を送った時の用に何らかの人道危機への対処を間接的に利用した何らかの方法を取るのではないかというレポートで読んだことがある。それには驚かない。ただ、中国がどの程度介入しようとしているか、分からない。九州の一部に中国軍管理区域を生み出したいのか、それとも九州全体を頂くのか、それ以上か。

 果たして、と政珉が思索を巡らそうとして、止める。考えても仕方ない。今は飛ぶときに出来るだけ良いコンディションを保つように心がけよう。と意識を再度空想の地獄から現実に戻す。

 その時だった。ブブブ、とバイブレーターが鳴り響いた。妖精のスマートフォンだ。

すまない。と謝った妖精。妖精はスマートフォンを持って格納庫の端を目指す。

趙と共に政珉の目線はその妖精を自然と追う。

どうやらSNSかメールのようで、妖精はキーパットに何かを打っている。

知らない相手、知らない内容。だが、その返信を打つ妖精の顔は、先程までのくたびれた戦士の顔ではなく、まるで戦争など知らない町娘のような、そんな柔和な表情に変わっていた。

 笑顔が、ほころぶ。

 政珉には途轍もなく不気味な笑顔に思えた。

 そこにいるのは、エルフで、年齢と耳以外、人類との差は大きくない。だが、先程まではそこにいるのはまるで顔だけが人間の姿をした化け物で、そんな得体のしれないものが今人間の顔で笑っている事にとてつもない違和感を感じるのだ。

(なんだ、これは。)

 思考中止、余計なことは考えない。彼女は日本の超巨大公営企業「J-フォース」に雇われた傭兵だ。自分とは関係ない。そう言い聞かせて思考のクールダウンのためにほんの少し思考をそらして、さて、相手は誰なんだろうな、と思ったとき、基地の内線電話が鳴った。下士官が、趙を呼んでいる。どうみても20代にしか見えない百歳の将校は呼ばれてその電話を受け取る。話す。随分と長いようで短い時間電話して、そして、フィーヤ、と呼ばれるパイロットの元に戻ってくる。

「済んだか。」と聞くとああ。と返ってくる。

「どことの連絡だね。」

 趙が妖精に聞く。はてさて、どういった回答が帰って来るのかと政珉……おそらく趙も……は期待したが。戻ってきたのは「私用」の一言のみであった。

「エリアによって通信が繋がるらしいな。東北エリアは繋がるらしい。そちらの親戚さんは繋がったかい。」

 無事が確認できた。と答え、そんなことより仕事だ。と、緊急のブリーフィングを準備を始める。政珉ももちろん参加する。

 ブリーフィングの間、政珉は「フィーヤ」と呼ばれたパイロットが文字を打ち返した相手が何故か気になってしょうがなかった。

 何故かは知らない。ただ、ふと、道端に落ちていたレシートが何故か気になってしまう。そんな随分と志が低い好奇心、そんなものが頭をもたげた。




 攻撃隊第一波には自分と共にあの「フィーヤ」というTACネームの女が選ばれた。軽く挨拶。それから先行して接敵する趙司令に挨拶した。そして、挨拶の後、政珉はこう切り出した。

「彼女は、何者ですか。」

答えはこう、返ってきた。

「「妖精」の都市伝説は知っているね。まあ、アレのいくつかはあの女だ。」

 妖精、その都市伝説は聞いたことがある。

 戦争が終わりかけた時、停滞した時、とてつもないイレギュラーなパイロットによりゲームが盤ごとひっくりかえされるとかなんとか。いわゆる冷戦後、世界に解き放たれた航空傭兵たちの「ワイルドハントの時代」に囁かれていたという都市伝説だ。じゃあ、例はなにかと問われると、アフリカや中東の小さな話がいくつか出てくる。それでも語られるのはそういう激烈な恐怖を戦場に刻んだエース達がいたのだろう。

「それにしては、随分と普通の人ですね。」

「ここ最近の話だ。」

 趙はそう言うとさっきだれかとSNSかなにかで通話していただろう、あれが原因だ。と語った後、政珉と同じく期待していた回答が返って来なかったことに微小な失望をしたという話をした。

 果たして、通信の相手は誰だったのだろうな。そんな言葉を挟んで趙は少し遠い過去、彼の感覚であれば「ちょっと前」の話をし始めた。

 4年前、祖国北朝鮮が滅ぶ時の戦いで見せたあの光の無い穴のような目とは違う。疲れ果ててニヒルを構える余裕すら時々失う生きている死体だった彼女はもう何処にもいない。その変化の始まりはまさに彼女が私用でスマートフォンを利用する頻度が目立つようになるのと同時だった。それと戦場の直ぐ側までゲーミングPCを持ち込み、許す限りの時間「誰か」とフライトシムをしている。

「たしかに彼女が配属されたのは三桁目が7で始まる。名目上は実験任務主体の航空隊がつけるナンバーで、なにやら次世代装備用のAI用のためのデータをシュミレーターで定期的に渡しているらしいというのは聞いている。シミュレーターのデータをそれなりの値段で買い取っているとも聞く。だが、彼女が仕事のためのデータ提供を昼夜問わず行う企業戦士になったというわけではないようだ。」

「ありがちな、話ですね。」

「そう、ありきたりな話。彼女に変化を起こした人物、あるいは人物たち、付き合いのある傭兵たちは本人のいないところでその推測上の人物を「妖精の従者」と呼んでいる。」

 随分ファンタジーな話だ、と政珉は笑った。心の枯れた傭兵が少女なり少年なりに心を癒やす存在に出会って涙を流すようになった。部下がよく口にする京都のアニメ屋が作りそうな話だ。

「君の言う通り、出来すぎたファンタジーだ。」

 と趙もそれに同意する。だが、同時に「その人物」に感謝していると趙は語った。孤独に死ぬことばかり考えていた生きた屍を、再び生の世界に戻した。それは冷戦の終わりから長く続いた航空傭兵達の時代を味方として、時には敵として戦ってきた彼なりの敬意だった。

 政珉は過去を聞こうとした。が、そこで趙は会話を締め切った。長話が過ぎたね。仕事だ、と。見れば、いつの間にか政珉のスラムイーグルにはペイブウェイ誘導爆弾の装着が完了しようとしていた。

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