驚異の子

「もういないから、出ておいで」


 適当な瓦礫に座り込み、グレイスは間遠に呼びかけた。だが風が吹きぬけるばかりで誰からの返事もない。舌打ちしながら、家屋の陰を指さしてやる。


「あんたの事だよ、そこのチビ」


 悪態に反応して窓の陰から茶色い頭が生えてきた。


「チビって、おいらのことかい? ずいぶんとご挨拶なこった」


「値踏みする目で見てただろ、用が無いならとっとと失せな」


 少年である。そばかす頬に八重歯がのぞく。見た感じだと十二歳とかそこらだろう。逃げ遅れの子供だろうか。


「いやはや見入っちまったよ、たった一人で機械兵アトルギアを倒しちまうんだ。まさか本職ガッチさん?」


「弾が当たればみんな痛いさ……本職ガッチだったら今頃あんたをしょっ引いてるよ」


「もっともだ。なにせ銃使いは珍しくてね」


 笑みを浮かべて身を出してきた少年に、グレイスは今しがたの推察を否定した。茶髪にかぶせた樹皮色キャスケット帽に、同色のマフラー……これらは人相を覆うため。上着は大人用のを加工した衣嚢ポケットだらけのレザージャケット、小柄な体を活かすための活動内着……。


 ここまで典型的なみてくれをした戦場いくさば泥棒も珍しい。


 少年の言う本職ガッチとはさしずめ正規軍の兵士だったり保安兵団の警戒査察隊員だったり、機械と戦うのを飯のタネにしている人種を示すのだろう。でなければ「本職ガッチ」なんて隠語を使って、こちらに接触してくるまい。置き去りの武器や食糧をついばみにくる連中は少なくない。


 まぁ、そんな捕り物に精出す方々は、異形の怪物どもに負けて町から逃げ出している。グレイスが町に入ったのは、人影が消えたのを見計らってからだ。言葉が通じる人間より、不気味な怪物を相手する方がよっぽど楽である。


「姉さんも仕事しに来たクチかい」


「そ、同業者ね。てか、じろじろ見すぎ」


「銃だよ、銃。軍人が使ってるやつとは違う」


 グレイスの手に引っ掛けているベディ・ガイの構造か。回転式六連銃で四十四ミリ口径。状況で撃ち分けられる改造カスタムを施してある。銃弾なんて消耗品、軍隊でなければ容易に入手できる代物ではない。それにしても豪胆なことだ。


「銃が怖くないのかい」


「もっと怖いものを見て来てるよ」


 なるほど。


 少年は薄水色の両目をくしゃりとゆがめて、両手を大仰に伸ばしておどける。鉄人形の物真似か。だがすぐに萎びた顔になって腹を押さえた。……貧しい音が鳴る。


「あんた、今日の収穫は?」


「……訳あってナシさ」


「…………」


 腰袋に手を突っ込んで、取れた物を放ってやる。


「えっ、姉さん、これ良いの?」


「腹すかしたガキに鹿十しかとこいても糞の切れが悪いんだよ。食べな」


「ひゃっほう! 姉さん神か」


「神は嫌いだ」


「へえ、虚無主義者かい」


「神は私が怖いんだとさ」


「神が唯一恐れたお姉さま、お恵みに感謝を」


「おおげさな。さっさと食え」


 グレイスが投げよこした烏の干し肉に少年は嬉しそうな顔してかじりつく。あらゆる点で拙さがあるものの、冗談を言う肚には慣れも見られる。干し肉をしゃぶる少年に問いかけてみる。


「ここの子供じゃなさそうだね」


「奴らの襲撃って噂を聞いて、十日前から滞在してるさ。姉さんは?」


「ご足労だね、私は今日来たばかり。景気はどうだい」


「へへへ、聞かれても教えないよ。ここは既においらのシマだ」 


 と言って胸を張る少年は、もう一回腹を鳴らした。


「愚問だったね」


「恩に着てるよ」


 と鼻をこすって少年は「って言うのもさ」と肩を落とす。


「賊が湧いちまってんだ。こないだからヤベえ奴らが居付いてる」


「賊ねえ」


 そういえば、散策していると町の中央から多数のエンジン音を耳にした。あれだけ騒げる事はすなわち自分を脅かす者がいないと誇示しているようなものだ。廃墟に残る物品が異様に少ないのはそのせいか。


武装集団テロルって呼ぶらしいぜ、あぁいう類の連中って」


 生き残る為に群れるのは真っ当な考えだと理解するが、その多くは生存よりも侵略を信条にしている。少年が言うヤバさとは、彼らの危険度を表すのだろう。グレイスはため息をつく。我が故郷はヤバい奴らの拠点になっているらしい。後ろ髪を掻く。


「仕事の邪魔だね」


「そう、そこでだっ」


 少年は指を鳴らしてニマリと八重歯をのぞかせる。


「おいらはマルトって言うんだ。肉のお礼さ、姉さんのバディになってやる」


「いらん」


「即答⁉」


 懐かれると面倒だ。踵を返して歩き出すと、マルトとか言う少年が回り込んできた。すばしっこい。焦った様子で見開かれた少年の目には女野盗の迷惑そうな顔が映りこんでいる。


すねに毛もねえガキにかまうほど暇じゃないよ」


「それはどうかな、姉さんより年上かもよ?」


 ほう、とグレイスは眉根を上げてマルト少年に視線を合わせた。今より更に顔を近づけてやる。


「いくつだい」


 マルトは首をびくっと竦めた。グレイスが彼の腰に手を回したのだ。


 あどけなさのある眼を白黒させる少年に加虐心をくすぐられるが、すぐにはいかない。グレイスはこの手の行為に熟れている。軍人、商人、木っ端野盗、あらゆるまぬけから物品を永久拝借するのに使う手段だ。


 自分の顔の価値は自覚している。少年は鼻息を荒くして拒めないまま、そばかす頬を赤くし精一杯に声を上ずらせた。


「十三だ」


 背中を抱いていた手でマルトを突き飛ばす。


「ガキじゃん」


「ガキじゃねえっ」


「クソガキ」


「むっ、そういう姉さんはいくつなんだ」


「女に年齢聞くなよガキンチョ」


 グレイスが立てた人差し指には、マルトの衣嚢ポケットからスリ取った巾着袋が振り回されていた。


「あーっ!」


「ヤベえ奴には気をつけな」


 一気に駆ける。瓦礫の山を飛び跳ねて、グレイスは町のさらに奥へと進んで行った。


 後ろの方で性悪女、年増ババアとかわめいている声がするけど、おそらく空耳だろう。

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