高橋和人(3)

 次の日の朝。和人がパソコンを立ち上げると、敦也からメールが入っていた。


(お二人の邪魔になると悪いので、俺は遠慮します。玲奈さんと仲良く楽しんで来て下さい)


「えっ……アホな」


 変に気を回しやがって。そんな仲と違うっちゅうのに。

遊園地に行く理由はなくなったが、玲奈が悲しむと思うと、和人はキャンセルする気にはなれなかった。



『えっ、敦也君来られなくなったの?』

『どうしてもしたい事があるって言うとったわ』


 和人は変に意識されるのが嫌で、敦也が遠慮して来ないとは言わなかった。


『じゃあ、今日は和ちゃんとデートだね!』


 無駄やったか……。


 和人は諦めて玲奈と一緒に遊園地に入った。



『まずは、これ乗ろうよ、これ。遊園地に来たらやっぱりこれでしょ』


 マップ画面で、玲奈を先頭に二人が移動した先は、絶叫マシンのジェットコースターだった。


『最初からこんなん乗るんか?』


 和人はこう言った絶叫系の乗り物が苦手だったので、腰が引けている。


『あー、もしかして、こう言うの苦手なんだ?』


 からかうような調子で玲奈が言う。


『ア、アホか、全然苦手ちゃうわ』

『じゃあ、決定。乗ろうよ』


 強がったものの、コースターに乗った途端、和人は後悔した。ヘッドギアに映る映像はリアルで迫力があり、元々苦手な和人は、酷い車酔い状態になってしまった。


『楽しかったね』

『悪い、ちょっと気分が悪くなった。休憩するわ』

『酔ったの? 大丈夫?』


 心配そうに近付く玲奈に返事も返さず、和人はヘッドギアを外した。布団から立ち上がるとシャワー室に飛び込み、洗面台で何度も何度も顔を洗う。少し酔いが収まったので顔を拭き、布団に戻って寝転んだ。


 和人はもう、このまま寝てしまおうかと考えた。「真実の世界」に戻るのが凄く億劫だった。



 玲奈の目の前には魂の抜けた和人が立っている。和人はログアウトせずに休憩しているから、笑顔で立ったままなのだ。玲奈もヘッドギアを外して休憩すれば良いのだが、和人がいつ戻るか分からないので、そのまま待っていた。


 十分経ち、三十分経ち、やがて待ち始めてから一時間経過した。


 もう、和ちゃんは戻って来ないのかな。


 何もする事が無く、一人で待っていると、外での嫌な記憶が甦る。一生懸命尽くしても、報われなかった嫌な記憶。


『悪い、待たせたな。やっと気分が治ったわ』

『和ちゃん!』


 魂が抜けていた和人が急に話し出したので、玲奈は驚いた。


 和人は寝転んでいても、玲奈の悲しそうな顔が頭に浮かび、結局戻って来たのだ。


『もう、絶叫マシンには乗らへんで』

『うん』


 玲奈は嬉しそうな声で返事をした。



 お化け屋敷に入る。臨場感たっぷりに作られた映像は、現実社会のものより怖い。


『キャー!』


 玲奈が何度も悲鳴を上げ、和人はその度に驚きが倍増した。回り終えた二人は、笑顔でその恐怖を語り合った。


 玲奈がメリーゴーラウンドに乗ろうと誘う。和人は照れくさくて嫌がったが、誰も見ている人はいないんだし、と言う玲奈の言葉にしぶしぶ付き合う事になる。


『イヤッホー!』


 意味の分からない歓声を上げ、子供のようにはしゃぐ玲奈を見ている内に、和人も合わせて歓声を上げてしまう。 


 その後も二人は園内のさまざまな遊戯施設を回り、最後の仕上げとして観覧車に乗ることにした。


『思っていたより楽しかったね』

『ほんまや。こんなにリアルに作られているとは思わんかったわ』


 観覧車に乗っているのに、玲奈は外の景色を見ず、和人の顔ばかり見ている。


『私、遊園地って憧れの場所なんだ。家族そろって朝早くからお弁当作ったりして、笑顔が溢れる場所ってイメージがあるの』

『遊園地に来た事ないんか?』

『元旦那は、こう言う場所は恥ずかしいって行ってくれなかったんだ。子供でもいれば良かったかもしれないけど……』


 玲奈は笑顔のままだったが、口調は寂しそうだった。


『あ、でもあんな酷い男と私みたいなブスでがさつな女との子供なんていなくて幸いだよね』


 玲奈は自分の事を、ブスでがさつだと言う。


 リアルの玲奈はその通りなのだろうと和人は思う。


『そんな事ないわ。元旦那はどうか知らんが、怜奈はきっと良いお母さんになれるよ』


 和人は心からそう思った。


 男運さえ悪くなければ、怜奈はきっと幸せな家庭を築けた筈や。優しい旦那と沢山の子供達に囲まれて、笑顔一杯で遊園地に来ていた筈や。


 和人は胸がつまった。


『今日はありがとう』

『えっ?』

『一人でも来てくれたし、気分が悪くても戻って来てくれた。今日は本当に楽しかったよ。施設に入って、今日が一番楽しかった』


 ゆっくりと感情を込めて話す口調から、怜奈の本心が和人に伝わる。


『約束したからな。これぐらいで良いならいつでも付き合ってやるよ』

『和ちゃんは優しいね。きっとモテたんだろうね』

『なんで過去形やねん。今でもモテモテや』


 二人は笑顔で見つめあった。



『さあ、まだこんな時間だし、パチンコ行こうか!』


 観覧車から降りると、玲奈がパチンコに誘う。


『お前パチンコが憎いんとちゃうんか? 自分でやって分かったやろ。パチンコするのに家族犠牲にする奴なんてクズって事が』

『パチンコは憎いけど、どうしてもこれでしか貰えない景品があるのよ。それに元旦那はクズだけど和ちゃんはクズじゃないよ』

『俺はクズの中のクズや』

『違う! 和ちゃんは人の気持ちを考えられるじゃん。私は人を見る目があるから、絶対和ちゃんはクズじゃない!』

『あほな……』


 和人は、人を見る目がないからクズの旦那に引っ掛かったんちゃうんか、と言おうとして止めた。


『しゃあない、行くか……』


 結局玲奈に丸め込まれてしまう和人であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る