梶田敦也(5)

 次の日は里香の提案で、買い物デートに出掛けた。店で買える服はマイルームの初期装備とは違うので、個性的な物や掘り出し物を探す楽しみもある。


『まだ少し季節が早いけど、どうかな、この服? 似合う?』


 里香は黒のジャケットに白いTシャツ、ロールアップしたデニムのコーディネイトで、敦也に感想を聞いた。


『良く似合ってる。可愛いよ』

『もう、褒めてくれるのは嬉しいけど同じ感想ばかりで参考にならないよ』


 そう言われても、敦也には上手に女の子の服装を褒めるスキルなどなく、言葉が出なくなる。


『服は一アイテム、月3点までに決まっているから迷うのよね』


 里香はそう言ってしばらく迷っていた。


『よし! これに決めた。じゃあ次は敦也君の番ね』

『えっ、俺も?』

『そう、私がかっこいいの選んであげる』


 二人はお互い各三点ずつ服を選び、その場で装着した。選んだばかりの服を着て、次はアクセサリーやインテリアなど見て回った。


『今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかったよ』


 一通り買い物が終わり、カフェに入ると里香は敦也に礼を言った。


『昔から夢だったんだ。こうして男の子と買い物に行くの』

『俺も女の子と買い物なんて、初めてだったけど楽しかったよ』


 里香の事が好きだ。


 敦也ははっきりとそう思う。


『私達現実世界で出会っていても、今みたいに仲良くなれたかな』

『絶対なれたよ』


 敦也は間髪入れずに応えた。


『俺と付き合ってください』

『えっ?』

『まだ知り合って間もないけれど、ずっと里香さんの事ばかり考えている。好きです。付き合ってください』


 敦也は自分でも信じられないくらいスラスラと言葉が出てきた。


『ありがとう。すごく嬉しいよ。私も敦也君の彼女になりたい』


 天にも昇る気持ちとはこの事だろう。バーチャル世界だけのつながりだけど、里香はちゃんと意思を持った人間の彼女だ。妄想なんかじゃない、自分にも初めて彼女が出来たんだ、と敦也の心は踊った。


 里香とのデートが終わりログアウトすると、敦也はいても立ってもいられず、意味も無くシャワーを浴びたり、窓の外に向って叫んでみたり、狭い閉じ込められた空間だが、ここに来て本当に良かったと思った。


 その後も二人は頻繁にデートを重ね、敦也はますます里香の事を好きになっていった。



『こんにちは、出ていますか?』


 敦也はそう挨拶して、卓郎と和人が座っている横のパチンコ台に座った。


『お、今日はデートじゃないのか?』

『ええ、三日に一日は休みを入れているんですよ。毎日だと彼女も疲れるだろうから』

『いやー、リア充は言う事がちがうねえ、彼女はさぞかし可愛いんやろな』


 まだ、卓郎も和人も里香と会った事がない。里香が会う事を拒んでいるのだ。


『本当は卓郎さん達に彼女を紹介したいんですが』

『まあ、気にすんな。ここの住人は心のどこかに傷を持っているものだ。人に会いたくないのにも訳があるんだろう』


 本人は恥ずかしいからと言っていたが、敦也は何か事情があると感じていた。だがそれを無理に聞こうとは思わなかった。卓郎の言う通り、何か心の傷が関係しているのかと思ったからだ。


 そう言った意味で「真実の世界」では、無理強いしない事が暗黙のルールとなっている。敦也にも触れられたくない過去があり、このルールが成り立っている事が十分理解出来ていた。


 明日で里香と付き合いだして1ヶ月が経つ。もっと年月が経てば、お互い心の傷を打ち明けあい、癒しあえる日々が来ると敦也は信じていた。


『明日から泊まりで北海道に旅行に行くんです。もっと親しくなって、何でも話せるようになったら、二人にも紹介出来るかなって思っています』


 旅行と言っても行くのは一瞬だし、泊まりと言っても、ログアウトせずに一緒に過ごすだけだ。だが、敦也にとって泊まりの旅行と言う言葉は特別で、今以上に親密になれるチャンスと考えていた。


『ほう、やるね。報告が楽しみだ』

『となると敦ちゃんもいよいよDDTか』

『なんですか? DDTって』

『脱童貞に決まってるやん! 焦らずゆっくり、慎重にするんやで』

『そ、そんな事考えてませんよ。仮想現実なんだし』

『いや、心が通じ合えば仮想もリアルも関係ないぜ』

『そうですかね……』

『実際そう言う場面になったら、ちゃんとそれなりの事が出来る仕様になっているから。がんばりや』


 本当は里香から旅行の提案があった時に、敦也は真っ先にその事を考えた。だが現実の経験がない敦也は、仮想世界で上手く体験が出来るか心配だった。とにかく今以上に親しくなれれば良い、余り余計な事は考えないでいようと敦也は思った。



『昔から一度来て見たかったんだ、ここ』


 二人で小樽運河のほとりを散歩していると、里香が弾んだ声でそう言った。


『そうなんだ、すごく落ち着いて良い感じの場所だね』


 二人はそう言った他愛のない話をしながら、のんびりと歩いた。


『これ可愛い! 良いのが一杯あって、どれにするか迷うな』


 里香はオルゴール堂で目を輝かせながら、どれにするか迷っていた。一人一個だけアイテムとして購入出来るのだ。


『俺の分もあげるから、二個選びなよ』

『ホントに! ありがとう。じゃあ敦也君の分は、私に似合うのを選んで欲しいな……実は今選んでいるのは敦也君の分なんだ』


 そう言って笑う里香は本当に可愛く、自分の彼女だと思うと嬉しくて抱きしめたくなる。


『分かった。凄く可愛いのを選ぶよ』 


 その後もノーザンホースパークや札幌TV塔や富良野など観光地を見て回った。移動時間がない分一日でもかなりの観光地を見て回れる。そして最後は函館山の展望台でベンチに座り夜景を見た。


『綺麗……』

『そうだね』


 夜景はフルCGだったが、それ故に現実より綺麗だったのかもしれない。ヘッドギアの内側に貼られたディスプレイに映る夜景は、本当にリアルで綺麗だった。だが敦也は夜景よりも、里香の横顔を眺めている時間の方が長かった。里香も度々こちらを見て、目と目が合う。二人とも言葉が少なかったが、幸せな時間が過ぎていった。

どういう制御になっているのか、夜景を見だしてから、画面の端に手や唇や肩など、まるでアダルトゲームのように、さまざまなアイコンが浮かんでくる。


 敦也はアイコンに気が付いていたが、タッチする勇気は無かった。だが、時間が進むにつれ、我慢が出来なくなる。


 まず、手の形をしたアイコン「手を繋ぐ」をタッチする。


『えっ……』


 敦也が手を握ると、里香が小さく声を上げた。すぐに手のアイコンが赤くなる。

これは相手も握り返して来た合図だ。里香も嫌がっていない。


 次は肩を抱き寄せた。また赤くなる。画面の里香の顔はもう目の前だ。

キスをタッチ。


 里香の顔が近付いてくる。唇が重なる一歩手前で動きが止まる。


 動きが止まった瞬間、敦也の胸は激しく高鳴った。ここから先は相手の意思確認待ちなのだ。拒否される恐怖と受け入れられる期待とで敦也の顔は真っ赤に染まる。


 ほんの数秒だったが、敦也には気が遠くなるような時間が過ぎ、里香の顔が近づいてきた。とうとう二人はキスをした。


 敦也は幸せな気分に浸る。部屋には一人だったが孤独ではなかった。


『そろそろホテルに行こうか』


 しばらく余韻を味わった後、敦也からそう切り出した。


『うん』


 里香も笑顔で応えた。

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