2話 外れスキルと神獣の【呼び出し手】

「うっ、イテテ……」


「あ、よかった! 目が覚めたんだねー」


 体中の痛みで目が覚めた俺は、起き抜けのピントの合わない視点で目の前の女の子を見た。

 蜂蜜色の綺麗な長髪に、真っ白な肌、それにくりくりとした朱色の瞳が俺を映していた。


 ……俺はどうやら、この女の子に膝枕をされているらしい。

 それに気づいた俺は急いで起きようとしたが、女の子に止められた。


「あ、まだダメだよー。お兄ちゃん、怪我が多くてうまく動けないと思うから」


「そっか……じゃなくて、ダークコボルトは!? この近くに黒い狼みたいな奴ら、いなかったか?」


「大丈夫、わたしが皆まとめてやっつけてあげたから。えへへ」


 女の子が指差した先には、黒い体毛が焼けて倒れているダークコボルトの群れがいた。

 あまりに驚いた俺は、思わず声が上ずった。


「そんなに小さいのに、もしかして魔術師?」


 この世界には魔術師という、火や水、それに風なんかにまつわる不思議な力を扱う人たちがいる。

 それは当然【魔術師】スキルが必須な訳だけど……この子、見た目だと十一、十二歳くらいだけど実は十五歳だったのか。


「ううん、違う違うよ。わたし、魔術はつかわないよ?」


「なら、どうやって?」


 首を傾げた女の子に、俺は聞き返してしまった。

 すると女の子は俺を起こして木にもたれかからせ、それから立ち上がった。


「お兄ちゃんからは嫌な感じがしないし、いいよ。わたしの本当の姿、見せてあげるね」


「本当の姿?」


 次の瞬間、女の子の体がまばゆい光を放ち出した。

 魔術みたいな常識外れの力に精通していない俺にも、生き物としての本能で分かった。

 この子が発している力は……半端なものじゃない。

 それから光が収まってから、姿を変えた女の子は言った。


「ふふっ、どうかな? お兄ちゃん」


「ドラゴンって、嘘だろ……!?」


 女の子は、小屋よりも少し小さいくらいのドラゴンになっていた。

 鱗は透き通った蜂蜜色で、四肢を持ち、背からは翼が生えている。

 ついでに、人の言葉を話す竜といえば……。


「おとぎ話の、神獣!?」


「神獣?」


 聞き返してきた女の子……というかドラゴンに、俺は頷いた。


「小さい子供が読み聞かせてもらう神話を簡略化したおとぎ話に出てくる、伝説の魔物のこと。人の言葉を話したり、ドラゴンみたいに凄い力を持った魔物は大体神獣って言われるんだ」


「ふーん、そうなんだ」


 ドラゴンは興味なさげに言って、女の子の姿に戻って俺をもう一度膝枕した。


「お兄ちゃん、わたしのことはドラゴンとか神獣とかじゃなくてローアって呼んで?」


「おお、ローアって名前なんだ。俺はマグ。よろしく……って言いたいところだけど、早いところ俺から離れた方がいいと思う」


「どうして?」


 俺の頭にできたたんこぶをよしよしと撫でてくるローアに、俺は言った。


「俺、【デコイ】ってスキルのせいで常に魔物を引き寄せる体質になってるみたいで。いつまでも俺といると、ローアもさっきみたいな魔物に襲われるかもしれない」


「むうぅ、お兄ちゃんはドラゴンのわたしがあんなのに負けるって言いたいの?」


「いやいや、そういうことじゃなくて……」


 見た目通り年相応の女の子らしいぷんすかとした反応に、どうしようかと困った俺はローアの頭を撫でてみた。

 するとローアは機嫌を取り戻してくれたようで、微笑みながらなすがままになっていた。


「ともかく、俺といると魔物が何度も襲ってくる。助けてくれたことには本当に感謝しているから、ローアにはあまり迷惑をかけたくないんだ。だから遠くへ」


「それは嫌」


 ローアはせっかく機嫌がよくなったと思いきや、また機嫌が悪くなってしまった。

 ぷくーとむくれる姿は、なんとも可愛らしいんだけども。


「そもそも遠くへ行けって言われてもわたし、マグお兄ちゃんの声に呼ばれて来たんだから。せっかく来たのにすぐ帰るなんて、つまらないもん」


「呼ばれて来た? それってどういう?」


「さっきからお兄ちゃんが【デコイ】って呼んでるスキル。それでわたしを呼んだんじゃない」


「えっ? あ、たまたま近くにいたローアを【デコイ】が引き寄せたって思えばいいのか……?」


 【デコイ】は魔物を引き寄せるスキル。

 だったら魔物である神獣も引き寄せたって、そういうことか……?

 うーんと唸ってたら、ローアは首をブンブン横に振った。


「そういうことじゃ、なーい! お兄ちゃん、さっき『まだ終わってたまるか』『死んでたまるか』って言ってたじゃない。その言葉がお兄ちゃんのスキルを通してわたしに聞こえて来たから飛んできたの。……もしかして分かってない?」


「……ごめん、【デコイ】ってスキルは魔物を引き寄せるものとしか……」


 そう言うと、ローアは「しょうがないなぁ〜」と俺を起こした。

 それから俺の膝上にちょこんと座って、説明を始めた。


「まずそのお兄ちゃんが【デコイ】って呼んでるスキル、わたしたちは【呼び出し手】って呼んでるの」


「【呼び出し手】?」


「うん、【呼び出し手】。このスキルは、遠く離れたわたしたちに思いを伝えて呼ぶためのスキルよ。昔から人間とわたしたちが繋がるために必須のもので、時々人間に発現するスキル……って前におばあちゃんから聞いたわ」


 すらすらと俺の知らないことを教えてくれるローアは、とても得意げだった。


「でも、その【呼び出し手】がどうして周囲の魔物を引き寄せるんだ……?」


「それは当然、遠く離れたわたしたちにお兄ちゃんの声が聞こえるくらいになるスキルなんだから。もちろん他の魔物にも声くらい聞こえちゃうかなーって」


「そういうことだったのか……!」


 ローアの話は、どうにも納得できる内容だった。

 ドラゴンみたいな神獣に俺の言葉や思いを伝えられるほどのスキルなら、確かに他の周囲の魔物にも俺の声が筒抜けになって居場所がバレてもおかしくない。

 なるほど。

 神獣と話す【呼び出し手】ってスキルの副産物が、悪名高い【デコイ】の正体だったのか!


「でもそれなら、これまでの他の【デコイ】スキル持ちの人もこうやってローアみたいなドラゴンに助けられたってこと? でももしそうなら【デコイ】スキル持ちの人が短命なんて話は出回らないような」


「それはないよー」


 ローアはきっぱり言い切った。

 それから、ローアはため息をついた。


「お父さんとお母さん曰く、最近【呼び出し手】を持ってる人間も心が汚れているらしくって。あれが欲しいこれが欲しいとかあいつらのせいでこうなったとか、そんな心の声ばっかりみたいだから。ドラゴンはそういう人間は助けないもの。あ、でも……」


 ローアは俺にすり寄って、胸に顔をうずめた。


「お兄ちゃんはその点合格かなーって」


「そうなのか?」


 そう聞くと、ローアは輝くような笑みを浮かべた。


「うん! だってこれからも生きていたいって、純粋に思っていたから。精一杯生きていたいって強い気持ち、わたしにもよく伝わって来たよ。だから、わたしが力を貸してあげる。わたし、お兄ちゃんみたいな嘘のないまっすぐな心の人間は好きだから!」


 ローアはぎゅっと俺に抱きつき、くりくりとした瞳で俺を見つめてきた。

 その瞳は生き生きと輝いていて、とても綺麗だと思った。

 俺はローアを抱きしめ返し、言った。


「そうだな。俺はまだ、こんなところで終われない。だからローア、これから力を貸して欲しい!」


「うん、お兄ちゃん。わたしに任せて!」


 ローアは俺の腕の中で、ぴょんぴょんと跳ねた。

 こうして俺は、ローアと共に新しい人生を歩むことになったのだった。

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