第一章6「強くなりたい」
明るい陽射しに、俺はやがて瞼を開けた。
「――知らない天井だ」
言ってみたかった台詞ランキング第二位ぐらいにありそうな台詞だが、実際体験してみるとマジでそれぐらいしか感想が出ない。因みに一位は『俺の事は置いて、先に行け』だ。こちらは生憎と使う機会は無さそうだが。
左側にある窓から夏の爽やかな風が入り込む。窓の外の景色は壮大であり、大きな山々が連なっている。ここは、一体どこなのだろうか……?
服もいつの間にか変わっている。T-シャツから病院服みたいなものに変わっている。
あれ……という事は、俺、助かった……のか?
まだ頭がふわふわする……まるで長い夢でも見ていた感じだ。
あれ、ここ現実? それとも夢?
その時、僅かに感じる右手のぬくもりに、俺は視線を下にする。
そこにいたのは、ユキだった。彼女は俺の手を握りしめながら、すやすやと眠っていた。
「なんだ……夢じゃ無くて
どうやら俺はいつの間にか成仏していたらしい。
まあ普通に死にかけだったので、そんなに驚きは無い。
それよりも何だこの生き物可愛すぎるだろ。
もう全てがどうでも良くなってきたわ。
「――いや、良くないだろ」
左手で頬をつまむ。うん、ちゃんと痛い。
と、いう事は……。
「夢じゃない?」
「――あ、起きましたか?」
その時、むくりと起き上がったユキは俺に視線を向けた。
白髪の一本一本が、日に照らされ煌めいた。
そんな光の中で、彼女は、優しく微笑んだ。
――あぁ、良かった。彼女が無事でいて。
本当に、そう思った。きっとゼロンが何とかしてくれたのだ。
俺はゼロンに感謝を述べる。しかしちゃんとゼロンに伝わっているのだろうか……。
今度、またあの世界に来た時にもう一度言おう。
「――どうやら起きたようだね」
扉が開かれ中から表れたのはグリアさんだった。
「おはよう、アサガミ・ユウ君。三日ぶりの朝はどうだい?」
その後俺はグリアさんに事の顛末を聞かされる事になる――。
==
あの後、共に倒れた俺とユキはその後グリアさんに回収されて、あの白装束の奴らから逃走。王都の外門にいる王族直立の騎士隊に駆け込み、事なきを得たらしい。
因みにあの戦いでこちら側の負傷者はいなかったらしい。強いていれば俺とユキであり、だからこそ――。
「ここは私の屋敷。身元が確認出来ない君たちは公共の病院に預けられないからね。ユキ君の方は軽傷だし君も目立った外傷は無かったから――勝手で悪いが、こちらの方である程度の治療をさせて貰ったよ」
「は、はぁ……。何やら何まで、本当にありがとうございます」
「別に構わないさ。だけど――今度こそ聞かせて貰おうか?」
その後、俺はグリアさんに連れられて応接間の方に来た。
というか、ここまで来るのに結構時間掛かったな……。
御屋敷と聞いて、きっと広いんだろうなとは思っていたけど、想像以上に広かった。
客室らしき部屋が幾つもあり、中は見せてもらえなかったけど、俺のいた部屋も客室だそうだから、きっと一部屋の面積も広いのだろう。
「初代からこの屋敷はあってね。元は旅館を見立てて造ったそうだ。だから温泉は無いけど大浴場はある。気が向いたら行ってみると良い」
「は、はぁ……そうですか」
グリアさんは気軽にそう言うが、こっちは先ほどから冷汗で一杯だ。
出来るなら、本当に大浴場に行きたい。だけどまずはやらなければならない事がある。
「俺は……本当に、記憶が無いんです。どうやってここに来たのかも全て」
ふかふかのソファに体重を預けながら、俺はハッキリとそう言った。
命の恩人に嘘を吐く事に関しては、若干心が痛むが仕方がない。
唯一覚えているのは、家族関係の事と、自分が『ニホン』という国出身という事だけ。出身に関しては、以前にぽろっとユキに零していた為、嘘の整合性を取るためにやむ得ず言った。
グリアさんは僅かに眉を潜めながら、顎に手を乗せる。
「ニホンと言う国は私も知らないな……小国か、それとも……」
うぅ……やっぱり疑うよな。
その時、ふわりと優しい匂いが辺りを包み込んだ。
後ろにある扉が開けられ、中から表れたのは――一人のメイドさんだった。
肩まで切り揃えられた紫色の髪、紫色の瞳。
華やかさが際立つ、ヴィクトリアンメイドに近いメイド服を着ているその様は可憐の一言であり、つまるところ、俺はその人を凝視してしまった。
「彼女の名はミネ。ミネ・ヴィクトリア。この館の家事全般を一任している私の秘書兼メイドだ」
かちゃりと俺とグリアさんの間にある足の低いテーブルに二つのティーカップを乗せてから、ミネさんはこくりと俺の前で頭を下げ、すたすたと扉から出て行ってしまった。出て行く際もこちらに向かって礼をして、だけどその視線をこちらに合わせる事は無かった。
「不愛想ですまないね。後で彼女にも言っておく」
「あぁ……いえ、別に大丈夫です」
「このお茶はリラックスする作用がある。味は保証するよ」
目の前に出された黄色いお茶。
匂い的に、ハーブティーに似た様なものだろう。
グリアさんが飲んでいるのを見て、俺も一口カップに口を近づける。
「美味しい……」
「それは良かった。このお茶は私のお気に入りでね……王族直属の騎士団も利用するお茶なんだ」
「へぇ……」
確かに、上品な匂いに味。どれも一級品で素人な俺でも高いものだと分かる品物だ。
それを飲み終えると同時に、グリアさんは俺にとある事を訊いてきた。
「グリフォン……を知っているかい?」
「グリフォン……? 何ですか、それ?」
「…………。そうか、それなら、良いんだ。……すまないが、君の出身国は?」
「えと、さっきも言った通り日本です」
「そこは、自然豊かな国かい?」
「それは……分かりません。そういう所もあるし、けど、自然豊かでは無いです」
東京とか、そういう都心部分は自然豊かではないな。
けど地方とかに行くとそういう部分もあるよな……。
あれ、結局どっちなんだ?
「いや、それなら良いんだ。すまなかったね」
一体何だったのだろう……? グリアさんは俺の目を見ると、その表情を和らげる。
目の前に、御茶菓子が出された。丁度何か食べたかったので、ありがたく頂戴する。
クッキーみたいな焼き菓子で、意外にも美味しい。意外にもというのは、その色が中々にエキセントリックだからだ。
「――アサガミ・ユウ君。君にお願いがある」
「はい……?」
あれ……なんでだろう、少しだけ気分が良い。
きっとお茶の効能が効いているのかな、多分。
グリアさんの真剣な表情に、背筋を正す。
「恐らく、奴らの目的はユキ。そして君だ」
「…………」
「私たちも今全力で捜索しているが……何せ、まだ手がかりが無い。奴らの戦力は未確定だが、少なくともBランク冒険者以上はあるだろう」
この世界における強さの基準は分からないけど、Bと言うのは、そこそこ手練れの冒険者の意味だろう。確かに、そんな連中に命を狙われるのは怖い。
もし夜道で出会ってしまったら――俺の命は無い。
「新手の過激派組織なのか、実害が出ていない現状、騎士団も動いてはくれないだろう。奴らは恐ろしい程狡猾だ。――もし被害が出れば、それは甚大なものになるだろう」
確かに、それに奴らは覆面をしていた。
それはつまり――奴らはすぐ傍にいるかもしれない。
そんな事を抱えたまま、俺は果たして安全に生きて行けるのだろうか。
折角異世界に来たというのに、初っ端から命を狙われるってどんな不運だよ!
俺、何かやっちゃいましたか?
……色々とやらかしたな、多分。
「うーわ……これからどうすれば良いんだ……!?」
土地勘も無い。力も無い。金も無ければ人脈も無い。
お先真っ暗じゃねぇか!!
うわぁ……どうしよう、こうなれば本格的にゼロンに頼るしか無くなる。
そう頭を悩ます俺の前に、だからと、グリアさんは続けて言った。
その言葉は正に青天の霹靂で、俺はついは? と聞き返してしまった。
「――君、冒険者にならないか?」
その言葉に、俺は――。
「……………え?」
未だに状況が飲み込めないでいた。
==
「俺が……冒険者に?」
「あぁ。見たところ、ある程度の素質はあると思っている。あの奴らにここまで逃げられた事も、そして君のその頭脳も、私は高く評価している」
お、おぉ……まさかそんな過大評価されていたとは。
こそばゆいな。
「いえいえ、俺は別にそんな……」
「君はあの時最適解を出した。君がユキ君を守らなければ、私は危うく自分で掲げた誓いを破らざるを得なかった」
「…………。俺は彼女を、ユキを助けられたのでしょうか。俺は彼女の笑顔の一役に、なれたでしょうか」
つい、そんな事を言ってしまう。
結果は見えているはずなのに、知っているはずなのに。
けど、ユキを助けたのは俺では無い、ゼロンだ。
俺は結局のところ、口先だけで、なんにもやっていない。
別に良いじゃないか。ユキは無事だし、グリアさん達も無事なら。
それで、良いじゃないか。
……それで、良いはずなのに。
「誇っていい。あの時誰も動けなかった中で、それでも君だけは動いた。体を張った」
グリアさんはそう言いながら、目の前に手を差し伸べる。
その色は――まるで全てを焼き尽くさんとする炎の色。
グリアさんの瞳は、炎の様に真っ赤で、綺麗な瞳をしている。
そうしてグリアさんは立ち上がると、俺の前に手を差し出して、改めて言った。
「力が欲しいのだろう――? ならば私たちと共に来い、アサガミ・ユウ。君はもっと強くなれる」
その時になって、ようやく気づいた。
あぁ、そうだ。俺は悔しいんだ。
アイツらに散々苦しめられて、いきなり命を狙われて。
ユキを傷つけて、幸せになるはずだった未来を奪った。
俺も命を狙われて、実際、死にかけた。
あの時俺は願ったんだ、乞うたんだ。
――この世界に来て一つ、分かった事がある。
ここは圧倒的な弱肉強食の世界。現代日本ではない。気を抜けば一瞬で死んでしまうような……生きるためには『力』が必要だ。
強くなって、そしていつかアイツらと出会っても負けないぐらい強くなってやる。
「ようこそ『灯火』へ。アサガミ・ユウ君」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
交わされたのは、固い握手。
もう後戻りは出来ない。
覚悟を決めろ。
俺は――この世界で生きていくんだ。
こうして俺は、『灯火』に入団することとなった。
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