第四話 里の仲間

 朝起きると、立珂は大きな目をきらきら輝かせて天藍から貰った服を並べていた。どれを着ようか数十分は悩んでいる。


「俺はこの青いのが似合うと思うぞ」

「じゃあ耳飾りは銀色がいい! あ、でも一個しかないからお揃いできない……」

「片方ずつ着けるか? 右は立珂で左は俺」

「それがいい! お揃いになるよ!」

「お揃いだな。じゃあ今日は青い立珂だ!」

「これは瑠璃色っていうんだよ」

「え? 青じゃないのか?」

「青にも色々あるの。こっちのは白藍」

「凄いな。そんな難しい事も覚えたのか」

「だって色は分かってないと駄目だもの!」


 立珂は弾けるように笑った。その笑顔はとても華やかで、まるで立珂から花が生まれてくるようだった。

 立珂はいそいそと着替えると、背中を見ようと体を捻じっている。そんなに動いては汗をかくのに、それも忘れているようだ。

 十六年間でこんな立珂は初めてだった。


(もっとお洒落させてやりたい。余ってる服か布貰えないかな)


 立珂の笑顔にたまらず頬ずりすると、邪魔するように慶都の声が聴こえてきた。ここへ来る時に獣化をしていないのは珍しい。

 慶都は入室を告げる事もせず飛び込んで来て、一直線に立珂へ飛びつき抱きしめた。


「やったぞ! やったやった!」

「う? どしたの?」

「落ち着けよ慶都。何がったんだ?」

「長老様が二人も里で暮らして良いって! 今日から里の仲間だぞ!」

「「え?」」


 突然降ってきた情報に呆然としていると、追うように慶都の母もやって来た。倒れるのではないかと不安になるくらい大きく肩で呼吸をしていて、その後ろには孔雀と天藍、金剛までいる。

 慶都の母は着かない息子の首根っこを引っ張り立珂から引きはがすと、安心したように微笑み薄珂と立珂を抱きしめてくれる。 


「長老様のお許しが出たわ。二人共うちにいらっしゃい!」


 慶都の母は息子と同じことを言って微笑んだ。それはとても有難い言葉だったが、あまりにも突然のことで現実味が無い。

 薄珂と立珂は顔を見合わせて首を傾げた。


「何でそうなったの? 随分急だけど」

「二人が兎獣人を助けてくれたからよ。なら仲間も同然だって」

「天藍の事? 俺は籠引っ張っただけだよ」

「それが無ければ落ちて死んでたかもしれないわ。ねえ、天藍さん」

「ああ。お前達は命の恩人だ。証拠もある」


 天藍は一枚の服を差し出した。怪我をした天藍に貸した服で、血がしみ込んでいる。

 何故か慶都が持ち去ってしまった服だ。


「慶都、このために持ってったのか?」

「へへん! これなら皆も納得すんだろ!」


 自慢げに語る慶都の気持ちは嬉しくて、有難い話ではあるが妙な気もした。


(兎獣人といっても天藍は部外者だ。里数十人の命を天秤にかけるか? 俺ならしない)


 長老にとって、里の住人は薄珂にとっての立珂だろう。それをこんな程度のことで覆すのは違和感がある。


「本当に長老様が良いって言ったの? ちょっと雑だと思うんだけど」

「口実が欲しかったのよ。本当に嫌なら小屋だって使わせてくれないわ」

「でも僕きっと迷惑かけるよ。本当に何もできないの。薄珂がいないと動けないの……」

「あら。立珂ちゃんには一番大変な仕事をやってもらうわよ」

「う? お仕事?」


 立珂は不安そうに首を傾げた。だが慶都の母はにっこりと微笑み、息子を抱き上げ立珂の膝に座らせた。


「暇だとすぐ獣化するの。退屈しないよう遊んでやって」

「立珂が遊んでくれなきゃ飛んでくぞ!」

「重大任務よ。いっぱい遊べるかしら?」

「……本当にいいの?」

「もちろんよ。息子が増えて嬉しいわ」

「水浴びも着替えも俺がやってやる! いっぱい遊ぼう!」


 慶都は立珂をぎゅうぎゅうと抱きしめた。そのはしゃぎぶりはどれほど立珂との生活を望んでくれていたか見て取れた。

 立珂も笑顔で涙を流し始め、泣きじゃくる立珂を慶都の母が抱きしめてくれる。金剛も孔雀も嬉しそうに微笑んでくれていたが、天藍だけは愉快そうに笑った。


「鷹が有翼人を愛するとは新時代の幕開けだな」

「は!? 愛する!? 何言ってんのさ!」

「そうだろ」

「違う! 駄目だ! 絶対に駄目!」

「何でだよ。まさか一生兄弟だけで生きていけるなんて思ってないだろうな」

「立珂は俺が守る! 立珂は俺の立珂だ!」


 この場面なら立珂と抱き合うのは薄珂のはずだ。今までならそうだっただろう。

 けれど立珂は信頼する相手を見付け、新たな世界へ一歩踏み出したのだ。それが喜ばしいことだと分かってはいても、薄珂はたった一人の弟が取られて複雑だ。


「寂しいならお前も相手を見つければいい」

「そんなのいない。俺は立珂が一番大事だ」

「今現在は、だろ」


 天藍は少しだけ腰を曲げて、薄珂の顔を覗くように見るとぐっと顔を近づけてきた。

 そして、尖っていた薄珂の唇に自分の唇をちょんとくっつけた。


「愛情はもっとも利用価値のある鎖だ。覚えとけよ」


 何が起きたかすぐには理解できず、分かったのは天藍の赤い瞳が目の前にある事だけだった。数秒だけ固まると、薄珂はどんっと天藍を突き飛ばし後ずさる。


「何!? 何すんの!」

「しばらく先生の所にいるから遊びに来い」

「行かないよ! じゃなくて何なの!」

「教えてほしけりゃ会いに来い」


 天藍はひらひらと手を振り、ほくそ笑んで出て行った。天藍の後ろ姿から目を逸らせなくて、慶都への嫉妬は吹き飛んでいた。


 薄珂と立珂は慶都の家で生活を始めた。

 里の住民からは怪訝な顔をされることも覚悟していたが、思いの外歓迎してくれた。

 よくぞ同胞を助けてくれたと感謝されると心苦しいが、子供をそんな危険な状態に置いてすまなかったと詫びてくれる者もいた。立珂がどれほど不自由なのかを初めて知り、放置した自分を責める者もいるようだった。

 賑やかな一日をすごした翌朝、起きぬけに薄珂は大声を上げた。


「それどうしたんだ! 可愛いぞ立珂!」

「ふふ~ん! 凄いでしょ!」


 薄珂は胸を張る立珂をじっと見つめた。

 立珂は寝台に腰かけているが、既に天藍から貰った服に着替え終わっている。一人では着替えができない立珂がだ。


「上は釦だから分かるけど下は? 履き替えるなんてできないだろ」

「できちゃうの! これすごいの!」


 立珂は足を床と並行にするように延ばして服の全貌を見せてくれた。そしてここから立珂のお洒落快進撃が始まった。

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