第2話 のこりの5分


「犯人は不動産屋の不動 明王さんに間違いないわ」


「それはどうして?」


「被害者の家に雨に濡れた傘が残っていて、それが犯人の手がかりだと言っていたわね。それが不動さんのものなの」


「事件の日は一日中雨だったんだし、他の容疑者のものかもしれないよ?」


「あなたが言っていたんでしょう? そのシャッター商店街は『アーケード商店街』、しかも『』って。同じ商店街の靴屋の久津井さんや、雑貨屋の大磯さんはアーケードの中を行き来するだけだから、たとえ雨が降っていても傘は必要ないわ。駅まで遊びに行っていた大磯さんもね。必要なのは駅よりも遠くから来た人、それなら隣の駅から来た不動さんに決まりよ」


「不動さんの家には雨に濡れた傘があったはずだよ」


「そりゃそうでしょ、被害者の家に傘を忘れているんだから、商店街の近くの駅までは濡れずに済むけど、隣の駅から家までの間に濡れちゃうじゃない。きっと途中で傘をもう一本買ったってことよ」


 唯一の手がかりである傘。指紋が残っているかとかは関係がない。雨に濡れている傘を被害者宅に忘れることが出来るのは、不動さんしかいない、というわけだ。


「分かった。今日の学校帰りに警察に行って確認してくるよ」

 僕が犯人を知っている訳では無いので、今日ここで正解か不正解かの判定はできない。明日の自由時間までに僕が調べてくる必要があった。

 今回は前回の『遺体無き連続ダイイングメッセージ事件』よりも確認作業は簡単そうだ。

 それにしても、またしてもたったの5分で解いてしまった。

 また明日の分の事件の謎を調べないと。

 僕は大きな欠伸あくびをした。

「ちょっと、私の推理、しっかり聞いていたんでしょうね?」

「あぁ、ごめん。しっかりバッチリ聞いていたよ。調査は任せてくれ」

「それならいいけど」




 翌日。

 あの後学校帰りに隣町の警察署に行き、アイリーンの推理を話した。アイリーンの推理通り、犯人は不動 明王さんで間違いなさそうだ。傘を購入したところを隣駅で目撃されていたらしい。

 その確認をしたところで、疲れて家に帰り眠ってしまった。

 どうしよう。

 僕は今日の分の事件の謎を用意してきていなかった。

 これでは探偵助手失格だ。


「おはよう。どうだった? 私の推理通りだったでしょう?」

「あぁ、また隣町の警察署長に、愛理にいつもありがとうって伝えてくださいって言われたよ」

「アイリーンって呼んで。ちゃんと警察署長にもそう言って」

「うん、そう伝えたよ」

 彼女は頑なにアイリーンと呼ばれたがる。

 アイリーンは、かの有名なシャーロック・ホームズに登場する頭が良くて美しい女性の名前だ。おそらく愛理はアイリーンに憧れているのだろう。

 僕もワトソンに憧れている。ホームズと肩を並べていくつもの事件を解決した、名探偵の助手に相応しいのがワトソンだ。僕はアイリーンに〝ワトソン〟と呼ばれたい。彼女の助手として相応ふさわしいと認められたいのだから。


「やっぱりね、私の推理が正しかったわね」


 アイリーンはドヤ顔をした。自信に満ちたきらきらと眩しい笑顔。僕は彼女のこの顔が好きだった。


「あぁ、さすがだったよ。殺人事件をあっという間に解くなんてね」

「私にかかればどんな問題も解決してみせるわ。さ、今日の事件はなぁに?」

「あぁ、いや……、その。ふわぁあああああ」


 自由時間は10分しか無いのに、たっぷり15秒は使った大きい欠伸あくびをしてしまった。

 事件も謎も、何も用意していない。彼女にがっかりされてしまう。とっさに思いついたことをそのまま口にした。



「事件が起きたシャッター商店街って、閉店したお店ばっかりで、お客さんが来なくて大変そうなんだ。どうやったらお客さんを呼び戻すことができるかな……なんて」


 一瞬、時間が止まった気がした。


「ふうん、それが今日の依頼というわけね。いつもと違って探偵って感じじゃないけど、そういうのも面白そうね」

「そ、そうだろう?」


 よかった。とっさに考えた依頼だと気付かれないで済みそうだ。そう思ったのもつか


「まさか、眠くて事件の調査ができなかったから、適当なことを言ったわけじゃないでしょうね?」


 ぎくっ

 彼女に嘘をつくことなんか出来るはずもない。

 睡眠不足で、何も言い訳が考えつかない。気が遠くなる思いだった。


「その依頼を解決するのはあと5分じゃ難しそうね。あなたはあなたでものすごーく眠そうだから、学業に支障が出そうだし、今月はもう事件の下調べはしなくていいわ」


 え?

 それは、僕は探偵助手をクビ、ということだろうか。


「ま、待ってくれ、アイリーン!」


「シャッター商店街のことは私が何とかするから、任せときなさい」


 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが自由時間の終わりを告げる。あっという間に10分が経ってしまったようだ。


 先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。

 僕は探偵助手としての仕事から解放された。どこにも寄り道せずに家に帰る。


 アイリーンに言われて、やらされていた仕事ではなく、僕から進んで始めたことだった。

 アイリーンが推理を組み立てる時、僕の集めたバラバラだった情報が、真実としてキレイに構築されるのが、素直にすごいと思った。

 アイリーンが推理を楽しんでくれている。それと同じくらい、いやそれ以上に僕自身もとても楽しかったんだ。

 

 家に帰るとすぐにベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。


 その翌日以降、自由時間にアイリーンと話すことは無くなった。彼女はノートにたくさん何かを書いていて、話しかけることすらできなかった。下調べをおこたった探偵助手は、彼女の邪魔をするわけにはいかなかった。

 

 

 

 

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