思い出の唐揚げ定食
定食屋しろねこ。
日本の田舎にある小さな食堂である。
昼時には、地元で働く人々の胃袋を満たしている。
現在、店を切り盛りするのは、3代目の若い男性である。
元々、店のアルバイトだったが、その料理のセンスを認められて、先代の高齢化により店を継ぐことになった。
さて、そんな定食屋しろねこの朝は、早い。
と言っても、開店して朝から営業しているわけではない。人気のカレーライスやラーメンのスープを準備するのに、比較的時間がかかるのだ。
もちろん専門店ほど
だが、その日は違った。
朝から突然の来客があった。
カラカラと店の入口ドアの開く音がする。
もうすでに今日の食品の仕入は終わっているので、来るとしたら営業時間を勘違いしている客だろう。
「あー、すいません。営業は、11時から――」
3代目が台所から顔を出して、声をかけて、固まる。
「ふふ、元気かい?」
「おばあちゃん⁉ 出歩いて大丈夫なの⁉」
おばあちゃんと、3代目が呼ぶのは先代の店主。つまり2代目だ。
この店のあれこれを教えてくれた恩人でもある。
今は、高齢化による衰弱により家にこもりっきりのはずだ。
「なに、ちよっと調子がよくってね。できれば何か食べたいんだけど、いいかい?」
「ええ、かまいませんよ」
本当は仕込みが忙しいのだが、わざわざ来てくれた恩人を突っぱねるほど、鬼ではない。
「それでは、ご注文は?」
「唐揚げ定食をお願いできるかい?」
唐揚げ定食。それは、3代目が初めて2代目に教えてもらったメニューだった。
10分ほどで調理が終了して、2代目に提供する。
「おお、美味しそうだねぇ」
「ありがとうございます。申し訳ないですが、まだ仕込みがあるので厨房に戻りますね」
「大丈夫だよ。ありがとう」
そうして、仕込みに戻って30分ほどたっただろうか。
さすがにもう食べ終わっただろうと思い、2代目のもとに行こうとしたところ、電話がかかってきた。
「はい、定食屋しろねこです」
「もしもし、今大丈夫?」
声の主は、2代目の孫娘だった。彼女の接客担当として、3代目と一緒に働いている。
「……朝、おばあちゃんが起きてこないから様子を見に行ったんだけど、息してなくて……。今、病院で亡くなったのが、確認されて」
3代目は、2代目の座っていた客席をみる。そこには、白飯に割りばしが突き立てられていた。
「……分かった。今から病院に行くよ。店、片付けるから少し遅くなる」
3代目は、客席にポツンと置かれた唐揚げ定食の前に立つ。
「ご来店、ありがとうございました!」
涙を流しながら、深々と頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます