子供用の竹刀

「ねぇ、どうしてあんなことをしたの?」

 目の前の愛娘まなむすめ涼花すずかは何も答えない。ただ、地面を見つめているだけだ。

 事の発端は、一時間ほど前。涼花は、私の中学生からの親友の娘さんを子供用の竹刀で繰り返し殴ったのだ。いつも通り仲よく遊んでいたのに、突然人が変わったかのように。

 愛娘の凶行に私は、落胆するしかなかった。

 子供用の竹刀で殴る。その行動は、私がかつてイジメていたとある男の子にやっていた行動と全く同じだったから。軽くて繰り返し殴るのに疲れなかったから、という理由で竹刀を使った暴行を繰り返していたあの頃の。あの消してしまいたい、後悔してもしきれない過去の。

 子供が剣道の練習する目的で作られた少し短いが、確かに硬い子供用の竹刀。涼花がそれを欲しいと言った時、正直昔のことを思い出してしまって躊躇ちゅうちょしたが、涼花にイジメっ子だった過去を知られるわけにもいかない。なので、精一杯の作った笑顔で竹刀を買ってあげた。涼花が剣道を習いたいと言った時と同じ様に、無理をした作り笑顔だったと思う。

 竹刀を買う時に私は、自分に言い聞かせていた。涼花が私のような酷すぎる行動をしないように、私が見てあげればいいんだ、と。そう思っていたのに、起きてしまった。

 涼花が殴った子は、「怖かった」と震えていた。それを見て、私のしてきたことの重大さを思い知らされた。

 だからこそ、ここで道を間違えないようにしなければならない。

 私は、イジメの加害者という重い罪を背負ってきた。それは、涼花が今日殴った女の子の母親もそうだ。私達は、誓い合ったんだ。

 こんな罪を子供に背負わせるものか。

 依然としてうつむいたままの涼花の目線に合わせるように、かがんで話しかける。

「ねぇ、涼花。あの子、すごく怖かったって言ってたよ。だから、きちんと謝らなきゃ。怖がらせて、泣かせてごめんなさいって。大丈夫、きっと許してくれるよ」

「……そんなことないよ」

「それでも、謝らなきゃ。きっと後悔しちゃうよ」

「お母さんみたいに?」

 その言葉に、言葉が詰まる。まるで過去のことを見透かされたような気がしたから。

 でも、そんなことはない。あれほど隠してきた過去なのだから。

 涼花は、地面を見たまま話し続ける。

「お母さんも、謝れば許してもらえると思っているの? 甘いよ、世の中にはどれだけ謝っても許されないことは、あるんだよ」

 涼花は、顔を上げる。その目は、ドロドロににごってた。

「なんで、あんなことをしたのかって? 簡単だよ、俺がされてきたことをしてやっただけだ」

「す……ずか……?」

「俺は、そんな名前じゃないよ。かおるって言うんだよ」

 その名前は、中学生の時、私達のイジメで自殺した男の子の名前で。

 涼花ではない、ナニカの手に握られているのは。

 私がイジメに使っていた。

 少し短いけれど、確かに硬い。

 子供用の竹刀。

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