第4話 父王の決断

 あちこちで目が良い者が開門を察知して声を上げた。それまで隣人と談笑していた者達も一斉に三階層にあるバルコニーへと視線を向ける。

 城の尖塔には四種類の旗がなびいている。一つはグラン・ダルジャン王国旗、白地に円形の紋様、十二の小さな円が時計の様に形を作り中心に盾の柄が染め抜かれている。

 二つ目は横線が三本、上下が黄色で中央が白、シュノンワーズ市の旗。三つめは白地に黄色の十字架、国教であるマリーベル教の旗。最後はグラン・ダルジャンのどこを探しても他に無い、即ち王旗。王国旗の盾に王冠が載っているものだ。


「グラン・ダルジャン王国、国王陛下御出座!」


 向かって右手に煌びやかな大臣服の老人、左手には軍服の老人が姿を現す。それぞれ五名を率いてバルコニーの左右に並ぶ。

 中央を白と黄色の外套に身を包んだ中年男性がゆっくりと歩む。その頭上には、王旗に描かれている物と相違ない王冠が載っていた。

 王の姿を目にした民衆が湧き上がると、王は軽く片手を上げて応える。

 そのやや後ろには、白いドレスを纏った若い女性が見える。王女であるセシリアが付き添っていた。

 や、やっぱり超美人確定じゃありませんの。


 王女も手を上げて国民の声に応える。しかし手を振りながらも、目は多くの群衆から誰かを探すように忙しそうに動いていた。


「グラン・ダルジャン王国の優しき民よ!」


 王が声を張り上げて演説を行う。その場に立つ者の声を増幅する魔法が影響してか、広場の隅にまで直接聞こえていた。

 私語を慎み王の御言葉に集中する、一言一句聞き漏らすまいと。


「余は長らく王の地位にあり、昨今の争いを収めることが出来なかった。これは全て余の不明である。マリオット王国と事を構え徒に民の血を流すのをよしとは出来ぬ」


 本来ならば戦争になる前に外交でこれを退けるべきだった、それは真理である。

 右手の大臣らがやや俯き加減になり恥じた。王は君臨すれども統治せず、臣下の力不足の責任を王が引き受けた。

 あら殊勝な王様ね。でも残念だわ、そういう王様に限って長生きできないのよね。


「セシリア様ぁ……」


 握っていた拳を開いて遠慮がちに手を振ってみた。そんなことをしても何にもならないと解っていてもだ。

 するとそれに合わせてバルコニー上の彼女が手を振り返す。

 そんなわけないじゃないですか、これだけの群衆がいるんですのよ?


 手を降ろして見つめる、バレルヘルムの格子の先に見える可憐な姿が眩しい。

 セシリアが両手を自身の頭に添える動きをして、胸の前に持ってくる。そして今度は腕を前にと突き出した。

 何をしているのかしらね?


「セ、セシリア様ぁ……」


 そんなはずは無い、見えているはず等ないと知りつつも、アボットは全身鎧を鳴らして両手を前にと出す。そして胸の前に引き寄せ、自分の頭にと載せる振りをする。

 彼女はにっこりと笑って頷き、もう一度手を振った。

 じょ、冗談ですわよね?


「お、おで……うでしい……」


 まともに喋ることも出来ずに、多くの者に馬鹿にされてきた。折角の巨体があるというのに、働くことも出来ずに蔑まれてきた。あわよくば利用してやろうと、数えきれないほど騙されそうになった。

 それなのに何年も話すことも、会うことも出来なかったセシリアが、アボットとの唯一の会話を覚えていてくれた。胸が張り裂けそうで涙が溢れる。

 だというのに自分には何も出来ない。そう、何一つ彼女の役に立つことが出来ないのだ。

 情けなくて、悲しくて、辛くて、悔しくてどうにかなってしまいそうになる。

 アボット、あなた……。



「ハ、ハイデルベルクが落ちたぞ!」


 シュノンワーズの東を南北に流れる河、それを挟むように東西に発展していったハイデルベルクは商業の街だ。

 マリオット王国軍がここを押さえようとするのは戦略の為ではなく、自国の経済の為。特権商人は身柄を拘束され、一部の裏切り者に利権を奪われてしまう。

 市街地では壮絶な略奪戦が繰り広げられ、そのお陰で進軍の足が鈍る。


 関われなかった軍と傭兵の半数が、河の北側を迂回してシュノンワーズに駒を進めた。

 ことここに至れば敗戦はもはや必至、その責任は国王が負うべきに他ならない。


 ひっきりなしに早馬が王城に駆け込み、慌ただしく人員が動き回る。最早これまでと覚悟を決めると王女を呼び出し、その手に自身の王冠を渡す。


「余は全てを引き受けねばならぬ。セシリアよ、落ち延びれ」


 ここに残れば死ぬよりも悲惨な未来が待っていると、有無を言わさずに命じた。大臣らも今さら逃げ出すつもりは無く、王の御前に在って落ち着き払っている。

 

「お父様、私もここに残りますわ」


 白のドレスに白の手袋、国家色の白と黄色をあしらったストール、セシリアはやや下がっている目じりを頑張ってあげて意志を示す。

 皆を見捨てて逃げのびてどうなるものでもない、父王と共に国に殉じる想いで。


 それも一つの道行きではある、出来れば父王も娘の意志を採ってやりたかった。だが父である前に彼はグラン・ダルジャン王国の国王として義務を全うする使命があった。


「許さん。マリオット王国の統治が行き届き、ダルジャンの存在が不要になればセシリアの好きにすることも良かろうが、たった一人でも国民が王家を必要とするならば、それを蔑ろにしてはいかぬ」


「では父上も一緒にお逃げ下さい!」


 王は目を瞑り息を吐く。娘が何を想い目の前で必死になっているのかが手に取るように解るからだ。

 妃を亡くして暫く、最近いよいよ若かりし頃の姿に似て来たと思えば気性までそっくりで苦笑するしかない。


 玉座を立ち一歩二歩と彼女に歩み寄り、両手を取ると瞳を覗き込む。

 こうして話すことなど何時ぶりだったか。


「父まで逃げては誰が敗戦の責任を受けるのか。飛ばずにすむ首に幾つも迷惑が掛かる、さりとて国民の希望を潰えさせてもならぬ。賢い我が娘ならば解るはずだ、どうすればよいかがな」


 全てを悟ったすっきりとした微笑み、セシリアとて気づいていてごねているのだ。

 だからと父親を諦めるのを簡単に出来るわけが無い。


「……」

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