第2話 バレルヘルムに花冠

 警笛が鳴り響く。長い槍を手にした衛兵が複数駆けて来る。

 それと同時に庭園周辺に居た者達も、何があったのかと野次馬根性を出して集まって来た。


「こ、こいつが急に!」


 中年男が指さして自分は悪くないと弁解しながら、暴力を振るおうとしたなどと言いふらす。

 最悪ですわ、またいつもの流れになりそ。


 衛兵が長槍を突きつけて「またか貴様! 何度乱暴を働けば気が済むのだ!」一方的な主張を受け入れてしまう。

 弁解の余地はあるが、そうすることが出来ない。城の窓からその様子を見ている者がいる、けれどもこの場を収めるために出てくることは無かった。

 

 投げ網が二重、三重に襲い掛かり、さしもの大男も動きを封じられる。


「大人しくしろ、でないとただでは済まんぞ!」


 衛兵が半ばドキドキしながら警告する。もし暴れられたら十人居ても押さえ込めるかどうか怪しい。

 大人しくしたら上手い事してくれるんですのよね。別にアボットが悪いわけでも無いのに、毎度良く言います事。


 両腕を降ろしてその場に座る。ほっとしたのはお互い様ではあるが、誰一人ヘルムの中の表情は解らない。


 こんなやり取りが数か月続く、話が通じない鎧男、シュノンワーズの七不思議と呼ばれるでさしてかかることは無かった。


 ある日、いつものように芝生に座って空を眺めていると、フリルが沢山ついたドレスを着た十歳前後の女の子が近づいてきた。

 輝く金髪に白い肌、大きな瞳に薄い唇。可愛らしいと同時に、きっと将来美人になることが約束されているだろう造形。

 っく、何なんですのこの産まれた時から勝ち組みたいな娘は。


「ねぇ、あなたどうしていつも独りで座っているのかしら?」


 今まで何度も繰り返された台詞、上手に返事が出来たことは一度も無い。近づけば必ず邪魔が入り、引き離されてしまうからだ。

 厳重注意を受けるが、アボットが実際に何かしらの被害を与えたことが無いので、最近はあまり酷い仕打ちを受けなくなっている。もちろんそう前置きするからには、前は結構非道なことをされていたわけだが。


「お、おで……」


 言葉が詰まる、精霊の加護を受ける身が相応の呪いを帯びるのが原因だ。何度も口に出そうとするが、途中で何を言おうとしていたかを忘れてしまう。精神的な病気だと思われて仕方ない。


「セシリア様! いけませぬ、そのような輩にお近づきになられては!」


 神官服を身に着けた老人が速足で茶色の歩道を横切りやって来る。すぐ後ろには、青いサーコートを着た青年が二人付き従っていた。

 聖堂騎士、神殿騎士、聖騎士、呼び方は色々とあるが半分は修道者で残る半分は騎士という者達。


「ブイトニー司教、何故なの?」


 無垢な少女は神官服の老人に面と向かって尋ねる、直球で。例によって野次馬がいたが、今回は近寄らずに遠巻きに見ていた。

 いけ好かないご老人ですこと。


「それはです、このアボット・シリルが人間のクズだからです。知性無き者は何も産み出しませんゆえ」


 要注意人物として覚えていた名前がすらすらと出てきた、最初の内はどこかの密偵かと疑っていたこともあったが、今は違う。精神異常者、端的な答えがこれだ。

 いつもフルプレート姿で庭園に腰を下ろして空を眺めている、普通ではない。

 それは違いますわ、知性が無いのではなくて、それを押さえ込まれているだけですわ。


「ねぇ、アボット、あなたってクズなの?」


 子供は時として残酷だ。それは大人が与えた環境で右にも左にも変化する感性であり、それこそ無知がなせる業でもある。真正面に立ってセシリアが腰を折って顔を近づけながら問う。

 どう返答して良いか、もしこれが普通の人間ならば怒りをあらわにしただろう。


「おでは……クズだ……」


 だがアボットは怒りもしなければ否定もしなかった。ブイト二ー司教が小さく声を出してあざ笑う。聖騎士であるはずの二人の従者も含み笑いをしていた。


「そう、アボットはクズなのね」にっこりとほほ笑んでセシリアがクズ認定を受け入れた、だが「でも私はアボットが良い。一緒に遊びましょう?」


 今までとは違う展開、いつもならば嘘・偽りに精霊の加護が反応した。けれどもその兆候は無い。

 あら、この娘本当にアボットが良いと思っているのね。


「お、おで……うでしい」


 両手を伸ばしてセシリアに触れようとした、それを二人の聖騎士が電光石火の動きで遮る。

 弾かれた両腕、突きつけられる剣、目を細めて一言も発さない。モノを見るかのような視線には、殺意も敵意も無く、ただただ動きだけを見据えている。


「どうして邪魔をするの?」


 口先を尖らせて抗議する、ブイトニー司教は努めて優しく「それがセシリア様の御為であるからです」慇懃無礼とはこれだろう、大仰に礼をして述べる。

 小さくとも主筋にあたる人物、態度に出るのは司教の未熟と言えた。

 珍しく感情を出しただけでも良しとするべきかしらね。それにしてもこの娘、可能性があるのかも知れませんわ。


 セシリアは足元に生えている草花を摘む。何をしているのかとその場の皆が見詰めた。ややもすると、花冠が一つ出来上がる。それを両手で持ってアボットの頭に載せようとした。


 左右に視線を向けられ、聖騎士が仕方なく場を退く。


「はい、私からの贈り物よ」


 バレルヘルムに花冠、似合わないことこの上ない。

 司教と二人の聖騎士を従えた少女、膝をついている鎧男。まるで騎士の叙勲かのように見えてしまう。


「おで……ありがどう……」


 手を振って城に戻って行くセシリアをずっとずっと見詰めていた。

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