第3話、間違っても、傲慢我が儘を曝け出さないように




「……ジャスポース? 何だいそれは? いや、どこなのかなって聞くべきなのか」



これは夢だって思っていたオレが。

この世界にて初めに発した台詞がそれだった。


何せ夢だし、いかにも異世界から召喚されましたって言うオレの状況も、知ってるようで知らない女の子たちが、親しげに微笑んでくれているのも、あまり驚かなかった。


何せ夢だし? あ、でも驚いたって言えば驚いたよね。

だって二人とも、すっごくかわいいし。

オレの夢、実は結構優秀じゃん! とか、思ったりしていて。


「『せんとじゃすぽーす』は、あゆたちの通ってるがっこのことだよ、俊(しゅん)お兄ちゃんっ」


オレの言葉に答えたのは。

桜色の髪の、お人形さんみたいなちっちゃな女の子。

楽しそうにオレの口調を真似てくるりと一回転すると、青紺のチェックに、ピンクのラインの入ったスカートがふわりと舞う。

そんな動き一つとっても、可愛いって表現がぴったりで。

そう言えばこの制服ってうちの高校の制服と同じだよなって思い出す。

ま、夢なんだから当然なんだろうけど。


でも、それよりもさ、気になることが一つ。



「シュン?」


オレは、考えるままに呟く。

そう言えばアニキもオレのことそんな呼び方をしていたっけ。

それが、この物語(ゲーム)におけるオレの名前なのだろうか。


いや、まぁ。分からなくもないんだけどもね。

オレの本名を考えるとそう読めなくもないし。

ただ問題というか、びっくりしちゃうのは、彼女がオレのことをお兄ちゃん呼びしたことだろう。


「なに? 俊兄?へへっ、ぼくが俊兄を呼ぶのも初めてだけど、俊兄がぼくのこと呼ぶのも、初めてだよね?」


シュンなる人物を探して呼んだわけではないのだけど。

何故だか嬉しそうにはにかんで、空色の髪の女の子がそう答えてくれる。

ってか、ぼくって言う女の子に、初めて会ったかもしれない。

物語の中ではありがちではあるんだろうけれど。


彼女を呼んだわけではないと。

オレのこの世界での立ち位置を確認する意味も含めて、オレは続き声を上げる。


「ち、ちょっと待って欲しい。そもそもがオレの名前は、きみと同じ『シュン』だったりするのかな」

「あっ!……そ、そうだったよぅ」

「へへ、ごめんね? 間違えちゃった」


返ってくる言葉に疑問符が浮かぶオレとは裏腹に、二人の女の子は何かに納得して、何かを誤魔化しつつも互いに頷いていた。

んん? この世界でのオレは『シュン』じゃぁないのだろうか。

誰かと勘違いしていると言うよりも、誰かの中に入り込んでしまっているプレイヤーであるオレのことを分かっている?

いやでも、まさかこっちからプレイヤーですけど何か、なんて言う訳にもいかないしなぁ。


思ったよりも焦った様子でまごまごしているふたり。

これは聞かなかったことにした方がいいのだろう。

なんて思いつつ、オレは改めて名乗りを上げることにした。


「うん。それじゃぁまず自己紹介だね。……オレは『俊』。どうやら同じ呼びみたいだし、好きに呼んでくれて構わないから。君はシュンちゃん、だったかな」


そして、とりあえず年長だろう空色の髪の女の子を促す。


「ぼく? 俊兄のいうとおりシュンだよっ、シュン・ヴァーレスト。改めてよろしくね!」


さっきと何ら変わっていない呼び方に見えるけど、そのあたりは脳内補完ってやつでカバーしといて欲しい。

実に嬉しそうな顔でそう言ってくるシュンちゃんの自己紹介には、何でカタカナの名前なんだ、とか、だから俺には弟はいても妹はいないんだけど、とか、突っ込み所満載な感じがしたが、そもそもオレはツッコミ担当ができるほど賢くもないので、得意の愛想笑いでそのまま今度は桜色の髪の少女に視線を向ける。



「つぎ、あゆ?……んとね、あゆは、亜柚って言うの。あんまり使わないけど、みょうじはタチバナなのよ」


亜柚と名乗った少女は、シュンちゃんにも負けないくらいに表情に色をつけ、楽しそうにそう言ってくる。


「シュンちゃんに、亜柚ちゃんね。よし、覚えた」


オレは反芻し、頷き返す。

さっき、亜柚ちゃんのことを人形のようだって思ったけど、訂正しないといけないな。

いくらなんでもこんなに表情豊かなお人形さんはいないだろうし。

んで、まあ……二人が嬉しそうなのはとってもよろしい事なんだけれども、そこにはまだ何も分かってないオレがいるわけでして。


分からなかったらまず訊こう! がモットーなオレは、とりあえず最初に思い浮かんだ疑問を二人に投げかけることにした。



「それで、ええと。こうやって初対面の挨拶をしているけれど、オレのことを兄と呼ぶのは何故なのかな」


まあ、アニキなら『考えるな、無条件で従えッ!』って言いそうなシチュではあるけど。


「そんなのかんたんだよぅ。お兄ちゃんがいない子はね、お兄ちゃんっぽい人のことを、『お兄ちゃん』って呼んでいいんだよ~」

「ふ、ふーん」


何だか得意げな様子でそう断言する亜柚ちゃん。

何かむちゃくちゃだが、妙に説得力があるのは何故だろう?

そう言うものなのかなと思っていたら、今度はシュンちゃんが。


「ホントは、本当の兄妹みたいなものなんだけどなー。ま、ひょっとしたら、ぼくのほうがお姉ちゃんかもしれないけど」


なんて呟いている。

何かちょっとすねてるような感じだった。


「本当のって……つまり、ここではそう言う設定ってこと?」


あんまりこういう言い方はしたくないけど、その態度が本気っぽかったので、オレは思わずそう訊いた。


「え? あ、ううん。こっちの話。それよりさ、俊兄、むこうの世界には、ぼくたちはいるの? ぼく達に似た人と、知り合いとかにいない?」


おそらく、シュンちゃんからすれば、独り言だったのだろう。

それに言葉を返されて、ちょっと慌てたように話題を変えた。


「むこうの世界の、似た人?」


オレは鸚鵡返しの言葉を返す。

むこうの世界って言うのは、現実の世界の事を指すんだろうか。


それならば、さっきも考えていたけど。

シュンちゃんは、オレの理想像って感じだし、亜柚ちゃんはあの人に似ている。

いったんそう思ったら、ますます似ているような気がして。

オレは俯いて視線を外すと。



「そうだね、オレが会ったことのある、知り合いに似てるかもしれないね」


そんな事を言った。

口から出たっていっても間違いじゃない。

だって彼女達は、何も悪くないのだから。

嘘を言ってるわけじゃなし、話を合わせるくらいいいだろうって思ったんだ。



「そっかぁ、何か嬉しいよね」

「うんっ、嬉しいよ~」


二人はそんな事を考えてたオレに気づいた風もなく、再び二人にしか分からない話題で何だか喜んでいる。

何が嬉しいのかなって、俺が首をひねっていると、改めて二人は向き直って。


「それじゃあ、あらためて、聖ジャスポースにようこそ! だねっ」

「今回俊お兄ちゃんを、ここによんだのはね、俊お兄ちゃんの願いや、悩みをあゆたちの魔法で叶えてあげたり、解決してあげるため、なのよ」

「え? そうなの?」


訊きたい事はたくさんあったけれど、返った言葉はそれだった。

言うほどゲームをやったことのなかったオレには、正直そんなサービス? をしてもらえる意味が分からなかったんだ。


「俊兄には、かなえたい夢とか悩んでる事とか、あるでしょ?」

「そういうことじゃなくて。シュンちゃんや亜柚ちゃんが、どうしてそんなことをしてくれるのかな」


不覚にも夢やら悩みやらのところで無意識にも反応してしまったらしく。

ついてでた台詞が強かったかもしれない。


そんなオレを。

二人は戸惑ったように見上げつつも顔を見合わせていて……。



   (第4話につづく)






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