第2話 野良ネクロマンサー②
どうにも目の前の少年が分からない。
24時間営業のファミレスへと連れ込まれたヒカリは、対面に座り注文したチョコレートパフェを貪る少年を見てそう思った。
刺激的なファーストコンタクトの後、この少年は有無を言わさぬ勢いで付き従えた少女にヒカリを抱えさせここへ入店した。日の出前という時間帯もあって客は少ない。彼は最奥の座席を陣取りそこにヒカリも座らせた。
「んむ、美味い。値段に見合うかはさておき、この手の物ってのはどうしてか時折食べたくなるものよな」
「……そうですか」
しかし本当に美味しそうに食べる少年だ。甘いものをあまり好まないヒカリであったが、彼の姿には思わず腹の虫が刺激された。実際にきゅるるぅ、と小さく音を立てる腹部。
それを見た少年が怪訝な顔をする。
「何か頼まないのか?」
そう言って黒い板状のものを差しだしてくる。
「私も注文を頼みたいのですが、店員が来ないではないですか。お冷やすら来ません」
反射的にそれを受け取りながらヒカリはそう答えた。
「……あー」
「なんですか」
「今時はそれで注文するんだよ」
やや呆れたような顔をした彼は、手に持ったスプーンで先ほど渡してきた板状のものを指し示してきた。
見やると、液晶の画面にはファミレスが提供している様々なメニューが、色鮮やかな装飾と共に映し出されていた。
「……機械類は嫌いです」
「……ああ、機械音痴か」
ヒカリから板状のもの――注文受付用のタブレット端末を奪うと少年はそれを手際よく操作した。
「適当に頼んだから好きに食え。金は俺が出しておく」
「……ありがとうございます」
なんだか釈然としないものを胸中に抱きながら礼を言う。
そもそも、何故ヒカリがここにいるのかというと、ひとえに神秘使いのスカウトのためである。
彼女は上司たる男の命を受け、『影森町連続部位欠損事件』の犯人、かつ神秘使いだと思われる目の前の少年を確保すべく動いていた。
幸運にも、調査初日の夜に神秘の行使を確認できたため、彼の居場所の特定は容易であった。
ヒカリは早急に自らの仕事を終えるべく、すぐさま接触を図った。
その際、すれ違いざまに偶然を装ってぶつかり、発信器のような目印替わりとなる呪印を少年に刻もうとした。
それ自体は成功した。今も彼の体にはヒカリのみに認識できる呪印が刻まれており、空気に溶け込むように独特の神秘の波を放っている。
問題はその後だ。
どういう訳だかヒカリは彼の関心を引いたようで、少年の背後にいた少女に組み伏せられ、確保されてしまった。
(おかしいですね……一般的な人間として自然な対応であったと思うのですけど。呪印に気付いた様子はありませんし、そちらが原因とも考えにくいのですが……)
隠匿された人物に対して常識的な対応をした、すなわち神秘による欺瞞を無視していたことが落ち度であることに彼女は気付かない。
ちらり、と少年の隣に目線を移すと、そこには先ほどヒカリの頭部を手荒に扱った張本人の姿。愛らしい顔立ちだがどこを見ているのか、何を考えているのか分からない虚ろな表情の少女。
先ほどの腕力、それに彼女から感じる違和感からして、ごく普通の少女ではないことは確実だろう。
少年がヒカリを自由にしたままパフェなんぞを食らっているのは、彼女の存在があってこそだろう。逃げ出そうとしたならば、飛び掛かってくるに違いない。
(尤も、抵抗すれば逃れることは容易なのですけどね。私は加減が不得手ですからしませんけど)
彼らに負傷を負わせたならば、叱責が待っているに違いない。
ヒカリにとってこれは、持ちうる手札の多くを禁じられているに等しい。
暴力を用いずに行う手段に対してヒカリは疎かった。
交渉ごとには向かないと自他共に認める性分である。
しかしながら、自らの気質はどうしようもない。一朝一夕で変わるものでもないだろう。恨むべきは自らの所属する集団の人手不足とこんな仕事を与えてきた上役だ。
諦めのため息と共に、目の前の難題へと向き直ることにした。
「……そうですね。まずは自己紹介でもどうでしょうか」
「ん?」
目の前の少年が怪訝そうな表情を浮かべる。
ヒカリは言葉を続けた。
「自己紹介です。私達はお互いのことを名前すら知りません。円滑なコミュニケーションのためには必要では?」
実際のところ、ヒカリは目の前の少年の名前は知っていた。知ってはいたが、逆に言うとそれくらいしか知らない。
上からの報告には『影森町連続部位欠損事件』についてと、犯人と思われる少年の名前と写真のみ。そしてヒカリ自身が彼について調査を始めたのが昨日の夕暮れ、接触したのがつい先ほど。圧倒的に情報と時間が足りない。
今のヒカリに必要なのは一も二もなく情報だった。
そういうわけで、対話である。人類が行う最も普遍的なコミュニケーションである。
「……確かに、キャラクターの把握は大切か」
カラリ、とグラスにスプーンがぶつかる音が響いた。
――――
鬼道カゲルは自身を天才であると疑わない。
人並み以下の体格と、肉体相応以下の身体能力。学力は平均以上を自負しているが、飛びぬけて秀でた才覚があるわけではない。
一般的な感覚としては、鬼道カゲルは天才でも秀才でも鬼才でもなく凡夫だろう。
彼が彼自身を天才と定める所以は、ひとえにその異能である。
何故異能が使えるのか。どのように力を行使しているのか。それはカゲル本人にすら分かっていない。無意識に呼吸を行えるように、体を動かす際に筋肉の動きを意識せずとも動けるように。彼はその力を行使することが出来た。
幼少期から使えたその力が世間では神秘と呼ばれているということを、同じく神秘を扱う者から聞き及んだのは10歳の冬頃であったか。
本来なら才のあるものが知識を蓄え修練を積むことで扱えるようになるはずの神秘。しかしカゲルはそれを天賦の才のみで扱う。
神秘に関して自分より優秀な者など星の数ほどいるだろう。しかし、それは自身が天才であることを否定する材料足り得ない。
扱うことが出来る。それ自体が才能の証左なのだ。
そんなカゲルにはライフワークとも呼べる趣味が2つ存在する。
1つは素材集めも兼ねた『悪魔』としての活動。
願いの成就を対価として、生活の糧となる資金と糧食の確保が主な目的だ。しかし、不心得な相手を対象として神秘の行使に際し必要となる素材を狩ることも珍しくない。
そしてもう1つが――
「人生を読みたい、ですか」
「ああ」
自身を竜宮院ヒカリと名乗った女がカゲルの言葉を復唱した。
「……どういう意味でしょうか、カゲル。端的に言って、説明不足です。言葉足らずです。意味不明です。理解できません」
無表情のまま小首を傾げるヒカリ。
「最初に言っておくが、俺は天才だ」
「でしょうね」
「……そのリアクションは想定外だな」
自分の言葉を肯定されるとは思っていなかったカゲルは少々面食らった。呆れられるか不審がられると想定していた。
「いや、話が早いのは助かるか……」
ヒカリからすると、カゲルの才に疑いの余地などない。
独学独力で神秘を操る時点でその才覚を疑う意味はない。そもそも才無き者相手にこうして接触することもない。
当然カゲルにそのことは分かるはずもない。
だがこの前提を飲み込んでくれるのは都合が良い。
少年は楽天家だった。
「天才にとって日常ってのは退屈でな。どうにも暇を持て余す。運動だろうが勉強だろうが、常識の範疇であれば神秘でどうとでもなる。かといって神秘を使わずに真面目に生きられるほど俺は利口じゃなくてな」
「当然です。人間は一度味を占めた利便さに依存する生き物ですから」
「よく分かってるじゃないか。そうだ、高度に発達した文明社会からそう易々と逃れられないように、俺は神秘の快適さに囚われた」
だがな、ある時気付いたんだよ。
カゲルはそう言って笑みを深める。
「世界が退屈だと感じるのは刺激が少ないからだ。だったらよ、より刺激的で魅力ある毎日を送れば退屈しないで済むわけだ」
つまり――
「人生こそ最高のエンターテイメントだ。フィクションなんかよりももっとずっと刺激的な、な」
「つまり、要は退屈しのぎですか」
心底つまらなさそうにヒカリは呟く。
それとほとんど同じタイミングで注文していた料理が運ばれてきた。
「…………じゅるり」
視覚と嗅覚からの刺激を受けてか、飢餓感に苛まれたらしいヒカリ。手を合わせることもなくすぐさま食事へと意識を向けた。
どうやら彼女は食前に挨拶する文化を持たないらしい。
早速正面に置かれたハンバーグプレートを一口大に切り分け口へ運んだ。
ぱくぱく、むしゃむしゃ。
無言でひたすら食べる。食べる。食べる。
(……よく食うなこいつ。どれだけ飢えていたんだ)
思わずカゲルも苦笑が漏れた。
生物が根源的な欲求に抗うことは困難である。それは目の前の女も例外ではないらしい。丁寧な所作ではあるものの、それなりに早いペースで料理を平らげていく。
彼女が食べるのはどういう訳か、肉、肉、肉。彼女の身体は牛豚鶏魚問わず、動物性蛋白質の摂取を求めているらしい。付け合わせ程度であれば野菜も食すが、サラダ等には一切目を向けない。
残すのも如何なものか。しかし自身も野菜は好かぬ。
仕方がないのでカゲルはサラダを自身の隣に無言で座る少女の前へと押しやった。
「……むみむみ」
少女はもそもそとした動作で野菜を食み始める。
肉食のヒカリと草食の少女。2人の対照的な食事音だけが物静かな店内に響く。
そしてしばらく。
「もぐもぐ……ふぅ。つまり、私はそのエンターテイメントのヒロイン、ということですか」
テーブル上の肉料理を絶滅させたプレデターは、捕食を終えると同時にそう口を開いた。
俺の物語のヒロインに相応しい。カゲルがそう言ったことを彼女は覚えていたらしい。
「自由だなお前……ああ、そうだ」
「やめておいた方が良いと思います。私はカゲルに好意的な感情を持っていませんし、今後もおそらく持つことはないでしょう」
「直球だなおい。俺が傷ついたらどうしてくれる」
「物語に詳しくはありませんが、ヒロインにはその手の感情が必要なのでは。私はカゲルに恋をしませんよ」
グラスに入ったお冷やを一口。ヒカリは顔色を変えずに告げてきた。
ボーイミーツガールが基本形の一つであることからも、物語にとってその手の感情――恋愛は重要な要素だ。
それがなくとも面白いストーリーは成り立つだろう。しかし、男女の色恋はカゲルにとって刺激的で魅力的な要素である。
「はふぅ……」
グラスから口を離し、ヒカリは息をついた。動作の一つ一つが絵になる女だ。愛嬌や愛想こそないが、確かに彼女は物語の主役に相応しい魅力を持っている。
やはりヒロインはこいつだ。こいつしかいない。
「ふは、だが問題ないさ。お前は俺に惚れる必要などない」
「……? どういうことでしょうか」
自身への好意を否定されたにも関わらず、カゲルに悲しむような様子はない。むしろ不敵な笑みを浮かべていた。
「俺が欲しているのは刺激的な物語だ、あくまで俺は読み手なんだ。自分が主役なんて御免だね。主人公の行動が予測できる物語なんて退屈で仕方ない。予想外こそが刺激にとっては重要だ」
そう、つまりは――
「ヒーローは俺じゃない、ということだ」
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