第3話 まだ神様とは認めていません

 なぎなたの稽古は、毎週土曜日朝九時からだ。つまり、今日が稽古日だった。


 あの人、何で今日が稽古だって知ってたんだろう……怪しい。


 支度を終え、なぎなたと防具を担いで玄関を出ようとしたけど、ふと雫さんの下駄を思い出し…スニーカーを手に取った。


「じゃあ、いってきます」


 ガレージに停めてある自転車に荷物を乗せるとお社へ向かう。


「雫さん」

「はーい」


 女の子の姿のままで、お社の前に座っていた。わたしの姿を見つけると嬉しそうに手を振る。


「本当に稽古に付いてくるつもり?」

「もちろん」

「この女の子の姿で?」

「もちろん」


 わたしの質問に、ニコニコと頷く。


「じゃあ……はい、これ」


 手にしていたスニーカーを差し出した。


「わたしの靴だけど履いてみて」

「ありがとう、おりんちゃん。やっぱり優しいなあ」


 ウキウキした様子で、スニーカーに眺めている雫さんを改めて観察する。


 腰まで長い髪はさらさらの黒髪。長いまつ毛に縁取られた切れ長の目。星が瞬くような夜空色の瞳。ほっそりした長い手足と、卵のような形の小さな頭。


 どこから見ても女の子。しかも美少女ときた。


 自称神様が現れたり、男の人から美少女に変身したり……目の前で起きているこの事実を、どう受け止めていいのかわからない。


 わかっているのは、雫さんがただの不審者ではなく、とんでもない不審者だということ。うちの屋敷神様だと認めたわけではない。


「うん、大きさもちょうどいい。下駄より歩きやすいな」


 幸い雫さんの足にぴったりだったようだ。


「似合う?」

「はいはい。似合っています」

「ありがとう。おりんちゃんも、その服よく似合ってるね。可愛いよ」

「……アリガトウゴザイマス」


 美少女の雫さんに褒められてもなあ……。

 どうせ稽古着に着替えるのだから、服なんてなんでもいいと思っていた。

 けれど、遠に少しは女の子だと思われるよう、今日はオレンジ色のワンピースを着てみた。


 お母さんが買ってはくれたけど、いつもパンツスタイルが多いので、似合うのか自信がない。着なれない服を着るのは恥ずかしいので、去年からタンスに眠っていたものだった。


 せっかくおしゃれをしても……きっとこのワンピースも、雫さんが着たほうが似合うに決まっている。


「うんうん、恋する乙女はこういう風にどんどんきれいになっていくんだね」

「……お世辞はいいです」


 恥ずかしい台詞を真顔で言わないで欲しい。


「お世辞じゃないんだけどな」


 雫さんはへらりと笑う。


「よし、では気を取り直して……いざゆかん、おりんちゃんの稽古場へ!」

「はいはい」

「返事は一回にしましょう」

「……わかった」


 やれやれ、雫さんはお母さんみたいに口うるさい。


「じゃあ雫さん、後ろに乗って」


 自転車にまたがると、このワンピースだと乗りにくいことに気が付いた。

 ワンピースの裾を太ももまで上げると、雫さんが「わわっ!?」とおかしな声を上げた。


「どうしたの?」

「おりんちゃん! その乗り物から降りて!」


 これまでにない強い口調に驚いて、言われるがままに自転車から降りる。

 すると雫さんは慌てたようにワンピースの裾を直すと、わたしの手から自転車のハンドルをうばい取った。


「ボクが乗るから、おりんちゃんは後ろ」

「雫さん、自転車乗れるの?」

「任せなさい。神様は万能です」


 自信ありげに胸を叩く。

 さっきは「神様は万能じゃない」って言っていたくせに。ずいぶんとご都合主義な神様だ。


 自転車の荷台にまたがろうとしたら、すかさず「おりんちゃんはスカートだから横座りだよ」と言われてしまった。


「スカートって面倒」

「制服はスカートでしょ?」

「自転車乗る時は、下にジャージ履いてるし。今だってレギンス履いてるよ」

「ダメダメ。下に何か履いていても、この雫さんが許しません」

「お母さんより口うるさい……」

「はい、出発~!」


 雫さんが自転車を漕ぎ始めた。

 初めて乗るわりには、しかも前かごには重たい防具が入っているのに、なかなか上手だ。


「おりんちゃーん、道案内よろしくね」

「うん、まずはこの道をひたすら真っ直ぐ」

「了解!」

「あと、雫さん。その『おりんちゃん』は皆の前ではやめて」

「え?! どうして?」

「なんか『おりんちゃん』って時代劇っぽい」

「そうかなあ……」

りんでいいから」

「ほんと? じゃあこれからは『りん』って呼んじゃうよ」

「うん」

「ええと、では失礼して……『りん』」


 なぜか緊張気味な様子に、くすっと笑ってしまう。


「うん、そうそう」

「……うーん、なんか照れちゃうなあ」

「どうして雫さんが照れるのよ」


 また冗談だと思って笑い飛ばした。雫さんも一緒になって笑っていたけれど、風になびいてのぞいた両方の耳が真っ赤になっていた。


 わ、ホントに照れていたんだ。

 雫さんへのなぞが、ますます深まってしまった。

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