我が家の屋敷神様は。

小林左右也

第1章 屋敷神様あらわる

第1話 困った時の神だのみ

 紺色の袴姿はかますがたのクラスメイトは、普段とは違う人みたいだった。

 身長よりも長いなぎなたを構えて、真っ直ぐ見据える横顔はびっくりするほどカッコよかった。

 その日からわたしは、ずっと恋をしている。


* * * *


 生まれてこのかた十五年。彼氏は一度もできたことはない。けれど、ずっと片思いをしている相手はいる。

 小学三年生の時からの初恋の相手、武藤遠むとうとおるは、なぎなた一筋で恋愛には興味がないと思っていた。

 でも、遠はわたしのお姉ちゃんが好きみたいで、わたしは女の子と思われていないらしい。


「……神様」


 困った時の神頼みなんて、心のどこかでバカにしていた。神様にお願いする暇があったら、自分で頑張るしかないって。

 でも今はわかる。どんなに頑張っても、どうにも出来ないことだってあることを。


屋敷神様やしきがみさま


 由緒正しい神社は近くにもあるけれど、わたしがすがったのは我が家の屋敷神様だった。

 自宅の敷地内にひっそり建つ小さなお社にポテトチップスとキャラメルポップコーンに冷えたラムネ……とっておきのお供え物を用意して、わたしは早朝こっそりお社に手を合わせた。


「どうかお願いします」


 もう夏も近い朝は少し肌寒い。生垣いけがきに囲まれ薄暗い中、目を閉じてそっと手を合わせる。


「どうか……とおるが、わたしを女の子として見てくれますように」


 神様だけに聞こえるようにつぶやいた。


 この六年間、とおるとはずっと友達でライバルだった。なぎなた教室で年が近いのはわたしだけだったからだと思う。

 会話が共有できるのは、なぎなただけだったから、週に一回だけの稽古けいこをものすごく頑張った。試合ではまだ負けてしまうけれど、型稽古かたげいこだったら互角ごかくだったはず。


 試合に負けたり、型が上手くできない時は、うちの庭先で一緒に練習したりもした。

 だからこのまま二人で頑張っていたら、いつかわたしのことを好きになってくれるかなって思っていた。


 でも、とおるが好きになったのは、いつも応援にきていた、わたしのお姉ちゃんだった。


とおるがわたしを好きになってくれますように」


 しんとした庭の片隅で、わたしの声だけが響く。

 自分がものすごく恥ずかしいことを言っている自覚はあった。もし誰かに聞かれていたら恥ずかしい。

 今日はこれくらいでいいかな。また明日、お掃除の後にお参りでもしよう。

 閉じていた瞼を開くと、目の前に整った顔があった。

 紺色の瞳が、わたしをじいっと見つめている。


「ひゃあっ!」


 驚きのあまり飛びのいてしまう。当然、どすんと尻もちをついてしまった。


「大丈夫かい? 花宮家の娘さん」


 いつの間にいたのだろう。

 男の人が、わたしと目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。しかもその距離は三十センチもない。

 もう一度目が合うと、男の人はにっこりと笑った。


「はじめまして。ボクはしずく。花宮家の屋敷神やしきがみです」


 その人はゆっくりと立ち上がった。


 背が高い。年は大学生くらい? 白いTシャツとジーパン姿は普通だ。

 でも腰まで伸びた長い髪と、足に履いた下駄箱はちょっと変わっている。

 そして何より目立つのは、恐ろしいくらい整った顔立ち……つまりイケメンだった。


「花宮家の娘さん。君の名前は?」

「は、花宮はなみやりんです」


 怪しいと思っているのに、無意識に答えていた。


「………りん」


 その人は驚いたように目を瞬く。


「そうか、『おりんちゃん』か」


 自称神様は、嬉しそうに笑った。

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