第18話 試合②

 4回裏、私がピッチャーマウンドに行くと、キャッチャーの伊吹がキャッチーマスクを上にずらして私のところまで駆けてきました。


 ム! やはり文句があるのでしょうか。


「マジでお前なんだな」

 けど、どこか仕方無いような言い方。


「私もびっくりよ。マジで謀られたわ。チアの時点で気付くべきだったわ」

「仕方無い。で、サインは知ってるか?」

「サイン?」


 私の返しに伊吹が額を押さえます。


「……マジか。……よし。いいか? 指1本は中。指2本は外だ。後は俺がサインを出して構えたところに投げろ」

「オッケー。1本は中、2本は外ね」

「まずは3球投球練習な」


 そう言って伊吹はキャッチャーマウンドに戻ります。

 そして軟式ボールを投げて来ました。


 バッターはまだボックスには立ちません。3回投球練習と言ってましたね。


 プールの時は投球フォームはしませんでしたから、きちんと投球フォームで投げるのは久々です。


 左肩を前に、右足はピッチャーマウンドのプレートに合わせるように平行に。ボールを人差し指と中指の先を線に当てるように持ちます。


 伊吹を見ると、こくりと頷いて構えています。

 さあ投げろということでしょう。

 私も頷き返します。


 左膝を上げ、そして爪先をホーム方面に下ろし始める。それと同時にボールを持つ右手は下げ、そして後ろへと伸ばして、腕を捻って肘を曲げ、上半身を捻り、右足はキャッチャーマウンドを後ろへと蹴り上げるように。右腕を大きく振り、右手首が曲がらないようボールを投げます。


 私の投げたボールは少し軌道が左下へ逸れますが、伊吹がキャッチャーミットでなんとか捕ります。


 緊張かな? 少し外れました。


 返球を受け取り、もう一度ボールを投げます。

 今度は上手く思っていたところにボールはキャッチャーミットに入りました。

 伊吹も「ナイピー」と言い、返球します。


 そして最後の一球を投げ終えて、試合が再開されました。


  ◯


 最初の1人を三振。2人目をフライに仕留めました。幸先の良い出だしです。


 そして3人目。バッターは峯岸愛菜。


 1球目を投げました。

 ダン!

 一塁線側のファールボール。


 初球打ちか。

 2球目。外角高めに伊吹が構えるので、私はきちんとボールを投げます。


 バン!

「ボール!」

 峯岸はバットを振らなかった。


 3球目は低めの球。これも峯岸は振らなかった。


 4球目は内角高め。

 ダン!

 高く上へと飛んだ球を伊吹がキャッチャーマスクを外して取ろうにもバックネット側に落ちてファールボールに。


 5球目の時、伊吹は指2本のサインを出します。そして外角低めから真ん中にミットを動かして構えます。


 これはどういうこと?

 ええと、確か最初に構えたとか言ってたから……それでいいのかな?


 私は外角低めの外に投げます。

 峯岸は真ん中と思ってたのでしょう。大きくバットを振ります。


 けど、私は投げたボールは外角低めの軌道です。

 これは空振りでしょう。


 しかし、峯岸はバランスを崩しながらも片手打ちでボールを打ちます。

 なんという執念か。

 だが、ボールはゴロでアウト。


「バッターアウト! チェンジ!」

 審判の声が響きます。


「やった!」

 私は拳を握ります。


 そしてベンチに戻る時、「ナイピー」とメンバー達から言われます。


 さらに応援席からも、「よくやった!」、「頑張ったな!」とかも言われました。


 つい頬が緩んじゃいます。


  ◯


 5回表の私達はサクラヤマ・ファイターズの攻撃は2番から始まりました。


「相手も疲れてるはずや。ここで点を取るで!」

『おー!』


 2番の子がバットを持ってバッターボックスへと向かい、3番の子がネクストバッターズサークルへ向かいます。


「ここで取らないと厳しいわね」

 由香里は険しい顔でいいます。


「どうして?」

「どうしてって、もう5回よ。次で終わりじゃないの」

「……ん? 9回でしょ?」

「学童野球は6回までよ」

「嘘!」

「本当よ。だからここで点を取らないと……って打ったわ!」


 2番の子がヒットを打ち一塁へ。


「行ってくるわ」

 由香里がバットを持ってネクストバッターズサークルへ向かいます。


「頑張ってねー」


 しかし、6回までだったとは。現在4点差だから大変じゃないの。


 その後、3番の子がヒットを打ち、走者一、二塁に。


「これは疲れて来たんじゃないのか?」

 伊吹がチャンスだと言います。


「打てー! 由香里ー!」


 バン!

 由香里はボールを打ちましたがゴロでショートが捕ります。


『ああ!』


 しかし、ショートが球を取りこぼすというエラーがあり、もたついた間にセーフに。


 ノーアウト満塁の大チャンス!


「純! いけー!」


 私達は応援しますが、残念ながら三振でアウト。


「ごめん。チャンスなのに」

 頭を下げて純は戻って来ました。


「気にするな。まだ満塁や。ほな行ってくるわ」


 伊吹は純の肩を叩き、バットを持ってネクストバッターボックスに向かいます。


 そう。まだワンナウト。


 6番の子はなんとか粘ってはいますが。

 ダン!

 私達は打ったボールを目で追います。


「駄目。フライだ」

 純が目を伏せます。


 センターフライ。


 犠牲フライには距離が少なく、これでツーアウト。


「なんでチャンスであんなに良い球投げれるのよ」

 そして7番伊吹の番です。


『いけー! 伊吹!』


 私達は大声援をかけます。

 伊吹は一度こちらに向き、ニヤリと笑いました。

 1球目、伊吹は大振りしたけど空振りに。


「当たってたらすごかったかも」

「でもなかなか当たらせくれないのよね」

 と純が溜め息交じりに言います。


 2球目はボールで3球目はファール。

 これでツーストライク。


 4球目、ボール。


「4球目のあの高めのボール。あれつい振っちゃうのよね」

「伊吹ー! 頑張れー!」


 すると私の声援に応えるかのように、

 ダン!

 伊吹は打ちました。


「高い!」

「いや、伸びるぞ!」


 監督の言葉通りにぐんぐんボールは遠くへと飛びます。

 そしてボールが落ち、私達は歓声を上げました。


「回れ! 回れ!」


 すでにツーアウトだったので伊吹がボールを吹っ飛ばした時にはランナーは走ってました。


 スリベースヒット!


 3点が入りました。

 5-6。1点差です。


「シャアァァァー!」

 伊吹が雄叫びを上げ、三塁で拳を高く上げています。


『やったーーー!』


 私達は喜び、跳ねたり、抱き合ったりしています。


 観客席からも、「良くやったー!」、「すごったぞ」、「まだ勝負わからんぞ!」、「あと1点!」と歓声が投げられます。


「ほら、準備しなさい」

 と監督に言われ、どういうことと首を傾げていると、


「9番は君だよ」

「え!? 私も!?」

「当然だ。由香里、バットを貸してあげな」


 私は由香里からバットを受け取り、ネクストバッターズサークルに向かいます。


 ダン!

 打球音に私は振り向きます。

 なんと8番の子も続いてヒットを打ち、同点に!


『同点だー!』、『やったー!』

 ベンチや観客席から大歓声が。


 6-6になりした。


 ……でも次は私です。


 同点で盛り上がってる中、私ですよ。


 ……いけますけね?


 ブン!

「ストラーイク!」


 ブン!

「ストラーイク!」


 もうツーストライク。


「玲! ちゃんと見ろー!」

 とベンチから言われました。


 よし。次はちゃんと見よう。


 バン!

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

「……」


 ボールをきちんと見た結果見逃し。


 ベンチに戻ると、

「自分、ピッチングは最高やけどバッティングは最悪やな」

 伊吹が呆れたように私を見ます。


「仕方ないでしょ。バッティングの練習なんてこれっぽっちもしていないんだから!」

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