第3話 謎

「ねえ、どうして私なの?」

 帰りの車で私は母に聞いた。


「え?」


 母はハンドルを握ったまま、前を向きつつ聞き返す。


 時刻は午後18時を過ぎていた。けど夏のこの時間帯はまだ明るく、スーパー帰りの主婦やランニングをしている人がちらほら見られる。


「だから、どうして私が選ばれたの? 他の子はいなかったの?」

「いなかったの」


 母は即答した。あまりにも即答なので少し怪しい。


「本当に? 野球じゃなくてもソフトボールやってる子や運動が得意な子に救援頼めば良かったんじゃない?」


 わざわざちょっと投げれるからって言っても私はほぼ初心者だし。それなら運動できる子を選ぶべきなはず。


「いなかったのよねー」


 さっきと同じ答えだ。怪しい。


「もしかしてピッチャー以外の子もいないとか?」

「へ?」

「私以外にも軟式野球やらされる子いるの?」

「いないわよ」


 んん? ならどうして自分に?


「そういえば、軟式野球とお母さんはどういう関係?」


 母から軟式野球の話なんて今まで聞いたことない。せいぜい母の友人の旦那が野球ラボを経営しているとか、その程度のはず。


「たまたま、つい最近、軟式野球に関係してね」

「どういうこと?」

「まあ大人の事情的な」

「何それ?」


 しかし、母は答えません。

 私は息を吐き、外を見ます。


「ちょっとスーパー寄るわよ」


 母はハンドルを切り、車をスーパーへと向かわせます。


  ◯


 着いたスーパーはフラッシュファインという名前で桜山町唯一のスーパーです。


「何食べたい?」

 母がエンジンを切って私に聞きます。


「えー?」

「なんでもいいから」


 私はその質問が嫌いです。何が食べたいと答えても反対されることがあるからです。


「じゃあステーキ」

「この前、食べたじゃないの」


 なんでもいいって言ったくせに。


「グラタン」

「夏に?」

「この前、鍋食べたじゃん」


 そう。「私が暑いのに鍋なの?」と言うと母は「暑いならクーラー点ければ良いじゃない」なんて言った。


「冷しゃぶで良い?」

 母が急に提案します。


「私、冷しゃぶ好きじゃないって言ったよね」

「でも食べれるでしょ」


 食べれる食べれないとか、そういう問題じゃない。


「今から作ると時間がかかるじゃない」


 結局それなのね。


「冷しゃぶで決定ね」

「ええ!?」


 私は反対の声を出しますが母は無視して車を出ます。


  ◯


 帰りのことです。


 スーパー・フラッシュファインを出ると外はもう真っ暗でした。


 母は駅前の図書返却ポストに用があるとかで駅前に向かっていた時です。


「わっ! 驚いた」


 急ブレーキこそはありませんでしたけど、減速の振動がシート越しに伝わります。

 信号なしの十字路でいきなり横から車が現れたのです。一応こちら側が優先なので問題はないのですが。


「ここ本当に危ないわね。急に出てくるんだもん」

「びっくりだよね」


 問題は横からの車が近くに来るまで見えないこと、そして近づくまで十字路に見えないということです。


「信号付けるべきなのよ」

「どうしてないの?」

「馬鹿市長のせいよ。後先考えずこうれば良いとかで進めるからよ」


 母が忌々しく愚痴ります。


「そのくせ梅原にだけ……」


 その梅原とは隣町のことです。今向かっている駅前が梅原町です。


「あの道、なんて言われてるか知ってる?」

「知らない」

「魔の十字路よ」


  ◯


 夕食を食べ終えた後で母から、


「家トレした?」

「何?」

「ミノ君からプリントを渡されてたでしょ?」


 そういえばプリントを渡されていた。家でも出来るトレーニングが書いてあるとか。


「お風呂に入る前にはやっておきなさいよ」

「ええ! 今日は筋肉痛だから無理。それにあれってラボに行かない日にやるやつだよ」


 たぶん。


「そうだった?」

「そうだよ」


 たぶん。


 信じてくれなかったのか。母はミノさんに連絡を取り確かめる。


 そして──。


「そうみたいね。今日はきちんと休むようにって言ってたわ」

「うんうん」


 良かった。


  ◯


 学校のホームルームで先生がアンケートを取ると言ってプリントを配布する。


 アンケートという言葉でクラスは少しざわついた。


いたた!」


 前の席の子からプリントの束を受け取った時、腕に筋肉痛が走った。


「玲、どうしたの?」

 前の席の友達が驚いて聞く。


「……き、筋肉痛」


 プリントの束から一枚を抜き取って答える。


「なんで?」

「親の手伝いで少々」


 野球の練習とは言えない。


「頑張ってるのね」

 と後ろの方から声をかけられた。


 振り向くと、声の主は斜め後ろ席の逢沢由香里だった。


 彼女はクールで成績も優秀であまり喋ったことがない。そんな彼女が急に話しかけて来たので私も友達もびっくり。


「ま、まあね」


 アハハと私は乾いた笑みを返す。そしてプリントを後ろの席の子に渡す。


 プリントはヤングケアラーについてのアンケートだった。


  ◯


 家に帰ると母から新品のトレーニングウェアを渡された。


「買ったの?」

「安かったしね」

「ふーん。でも、ダサい。可愛くない」


 白いだけのトレーニングウェア。


「トレーニング用なんだから、どうでもいいでしょ?」


 モチベ上がんない。


「とりあへずサイズ合ってるか確かめるため一度着なさい」

「ええー」


 しぶしぶ私はトレーニングウェアに着替えました。


「これでいい?」


 母は私を見回して、

「うん。ピッタシね。良かった良かった」

「じゃあ……」


 私はトレーニングウェアを脱ごうとしたら、


「ダメダメ。今から練習なんだから」

「え? 無理だよ。筋肉痛なんだから」

「それは腕でしょ? 足は平気なんでしょ?」


 母がにやりと笑う。


 すっごく嫌な予感。


  ◯


 しんどい。


 腕が無理なら脚を鍛えろって、意味わかんない。


 そもそも私、ピッチャー役だよね。

 投げるのと脚って何か関係ある?


 私は今、国営公園のを走ってます。


 なぜ外周なのかというと国営公園の隣りには山あり谷ありのアップダウンの激しい道があるのです。

 どうしてそんなアップダウンの激しい道があるのかというと、なんでも土地開発に失敗して坂が多くなったとか。ですので、よくランナーが練習で使っています。


 そして今は平日の15時ですのでランナーはとても少ないです。


「きっつい。何よこの馬鹿みたいな坂は」


 誰もいないからつい愚痴が出ます。


 もう走る気力もなく、私は坂を歩いています。

 先に述べましたが、本当に坂が多いのです。しかも一つ一つの坂の傾斜がきつく、そして長い。これはもう坂ではなく丘を登ると言っても過言はありません。


 そして私はやっとこさ登り切りました。でも、頂きの向こうには下り坂が。そして坂下の向こうにはのぼり坂が見える。


「登るんだったら、いちいち下り坂作るなよー」

 私は膝に手を置いて、言います。


 上がっては下がるを繰り返すなんて本当におかしすぎでしょ。


「何をわめいているの?」

「ひぃやふ!」


 いきなり横から声をかけられて、変な声を出してしまいました。


「あ、逢沢?」


 横から声をかけてきたのは黒のトレーニングウェアを着た逢沢でした。


「何よ。そんなにびっくりする?」

「するに決まってるでしょ! 普通いきなり声をかける?」

「名前呼んだよ。何度も。並走というか隣りを歩いてたけど気付かないなんて。ひどいわ」

「そうだったの? ごめん。坂がキツくて」

「ここはキツイよね。馬鹿みたいに坂が多いんだもん。でもその分、良い練習になるわね」


 なぜ逢沢は笑顔で答えるのか。


「逢沢はどうしてランニングを? 趣味? ダイエット?」

「? トレーニングよ。じゃあね」

 と言い、逢沢は走り出しました。


 下り坂をするする進み、私が歩き始めた頃には上り坂を駆け足で進んでいる。


 あいつ、あんなに体力あったの?

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