幕間 徘徊

「........................。」


タタン、タタン、タタン

足音が響く。もうすぐ夜が明ける。

私の朝は誰よりも早い.........らしい?


いつも通りに生活しているだけなのだがな。


だが、そのお陰で私はこの森の徘徊係を任されているのである。


空が白みだす直前に起床し、私は始めに身支度をする。


自身の身の汚れを流すため、神聖なる我らの水で体を清める。


気持ちがいい。


毎朝のこの自己に課した習慣ルーティーンが、私の仕事の出来を左右するといっても過言ではない。

それぐらい大切なことなのだ。


体を清めきったあと、私はこの森を徘徊し始める。


この森は異様なほど広く、それぞれの担当の場所を熟知していなければ、ここに住む私たちでさえ迷ってしまう。


私が担当する場所は、この森を全体から見て東側、そのほとんどである。


ほかの者達に比べればはるかに広い範囲であるため、一日で、ましてや迷いやすいこの森を徘徊することなど不可能。そう思うかもしれない。


だが、あまり私をなめないでもらいたい。

長年鍛え続けてきたこの自慢の足と五感が、この不可能だと思われるこの内容を可能にするのだ。


「今日も朝から冷え込む。」


この森の朝は寒い。

並みの者たちでは到底耐えることのできない寒さ、我らのみが耐え抜ける。


タタン、タタン、タタン。


森を駆け抜ける。

その際真っ直ぐではなく蛇行し進むのが鉄則。

もし強者に遭遇しても逃げられるよう、また、遭遇しないようにするためである。戦闘をするための役割ではないからな。


あくまで私は巡回の役割を全うするだけ。


そうやって森のなかを走るうちに、私は素晴らしいものを見つけた。


「おや、これは林檎ではないか!?」


この森に林檎が実った。

たったそれだけでも奇跡である。

この森はわけあって果実の実る木が少ない。毎年殆んど取れず皆腹を空かせている。他の魔物で代用しているが、数自体は少ない。しかし、ないよりかはましだ。

だが今回は運がよかった。


「驚いた.........群生している。いったいどれだけの林檎が実っているのだ?」


そこには、数えきれないほどに実る林檎があった。


「...........普段ならこんなことはしないが、今回は緊急だから仕方ないであろう。」


そう言っているが、これはただの言い訳にすぎない。我らはもう何週間も食べ物を口にしていないのだ。


この森の水のせいでだ。


本当は、村長に報告すべきだが、己の欲には私とて敵わなかった。


「“斬撃の猛風ウィンドスラッシュ”」


林檎を枝から切り落とすため、魔法を使い、風の斬撃を生み出す。

その斬撃は、見事狙い通りの場所へ行き、

林檎を一つ落とした。


「さて、食べてみるか...........シャクッ.......っ!?」


うまい!みずみずしい果汁があふれでてくる。少ししっとりとした食感がたまらない。

林檎とは到底思えない甘さが口に広がる。


「なんてうまいんだ!」


これはすぐに報告しなければ!

これほど美味しく、しかも量も例年より多い。

これなら皆も喜ぶに違いな...................


ヤロー!


ヤロー!.....


ヤロー!..........


!?

これは..

何かの声が森中に響く。

何故だ。今、この時間は寒すぎるため魔物どもは活動していないはず。


しかもヤローというはっきりした言語のようにも聞こえた。

まさか......いやそんなはずは....。


「人間が、この森に入り込んできたのか?」


ありえない!この森には結界が張ってあるはず。ただの人間が入れるわけがない。

また、奴らもこの森を忌み嫌っており来ることなどないはず。


まさか、人間ではないのか?


「.........探ってみるか。」


私は感覚を限界まで研ぎ澄ませる。


「“気配察知”!」


この森全体の情報が頭に流れ込んでくる。

気配察知からは何者も隠れることができない。


人間はこれを全能の目と呼んでいたか........

小さいネズミ、ミミズまであらゆる小さな気配をも逃さない。

ここから遠いのか?少し範囲を広げるか。


「っ!?」


見つけた。

そこには、周りを見渡している人間の気配があった。.....人間であるな。


やはり信じられん。


だが、反応があるという事は真実なのであろう。

.

..........もし我らに危害を加える輩ならば、容赦はできんな。近づいて様子を見てみるか。


私は人間の様子を見るため、接近を試みる。


タタン、タタン、タタン、タタン。


木々の間を駆け抜けると、少しして、私は彼を見つけた。


「ん?どうしたんだ?」


しかし、彼の様子はおかしかった。


「なんで落ちてきたのにまた地面があるんだ?」


何?落ちてきた?どういう事だ?彼には明確な敵意がなかった。それどころか不安を抱いているように思える。


彼は、


「彼は、迷ったのか!?」


叫び出しそうになるのを堪える。


結界を越える事はできない。だが、だからといって空からだとは........


「報告.....せねばな。」


私は、危険性の少ない彼のことを、村長に包み隠さず報告しようと、そう決心した。





心配なのは、ここを徘徊する魔物を彼は倒すことが出来るのか、ということ。


様子を見にまた戻るとするか。

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