ジオ異世界幻想伝

時亜 迅

??? 終わり/始まり

「...........変わったな...ここも。」


荒れ果てた土地に乾いた風が吹き荒れ、気温の低い夜なのもあって、肌に突き刺すような寒さを感じる。


「前はこんな砂漠地帯じゃなかったのにね。」

「彼女は本当にこんなところにいるの?」

「あいつは静寂を望む。うるさい場所を嫌う。【アイツ】を連れてくるためにってのもあるかもな。」


呆れたように言う赤髪の男が苦笑しながら言うが、その頬は緊張からかひきつっていた。


「でも、そんなことのためだけに人類と全面戦争なんて、馬鹿げてるがな。」

「それほど欲しがられてるんでしょ?」

「あいつの愛?は明らかに異常だ。あれは愛じゃなくただの狂気だ。」

「確かに、人一人のために自分の切り札を使ってきてるからな......」

「死体兵がざっと数えて三千万だぁ?馬鹿げてやがる。どれだけ殺してきたんだ?しかも悪魔が億超えって.....」

「それほど殺してきたという事実に絶句だよね。」

「あいつにゃ【奴】以外は全部塵以下の存在なんだろう。」

「普通ならそんなこと言われたらキレるけど、それが本当なんだよなぁ。」

「あいつのことをどう言っていようが、この戦いは終わらない。」

「そうだな....【アイツ】を連れ戻してこの戦いを終わらせる。この無益な戦いでこれ以上死人が出るのはごめんだ。」

「俺らこんな正義ぶったこと言ってるけど、今まで俺らがやってきたこともあいつと同じようなことばっかじゃなかったか?」

「皮肉だな.....」


深くフードを被る男の発言に全員が薄く笑った。


「さぁみんな.....いこう!」


辺り一体に砂嵐が巻き荒れる。誰もいないはずのこの砂漠には、

人ならざる者たちが、武装をした状態で隊列を組み、彼らの前に立ちはだかっていた。


一般人が見れば泣き叫び顔を恐怖で歪ませ逃げ去るような数の軍隊の前には、十の影があった。


彼らが誰なのかを知るものはこの場にはいない。


取り戻し、終わらせる。ただそれだけのために、十人は億をも超える敵を前に、今動き出す。


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ピチョン


ピチョン


一畳半の空間。石で囲まれたこの殺風景な部屋に、壁に背を預け座る人影があった。


ここはどこなのか、何のためにいるのか、なぜこうなってしまったのか。


それは本人にしかわからない。


ただ、一つだけ言える。


彼はもう............


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「“神速徒”!」


雷を彷彿とさせる白銀の軌跡が、砂漠の中を駆け巡る。

目に終えぬその姿に戸惑う人ならざる者達。 


だが、その軌跡が通り過ぎた後には、彼らの姿はなかった。

そこにはただ、跡形もなく切り刻まれ、噴き出した血の跡だけが残っていた。




「オラァァァァア!」


赤髪の男が力を込めた大剣の一撃により、彼を囲む数十の敵が吹き飛んだ。

しかし、その数は減ることなく、更に増えるばかり。


「キリがねぇな...............だったら!」


男は動きを止め、攻撃が止む。

その隙を逃すまいと、先ほどの倍以上の数の者達が上下左右全てを取り囲むように襲いかかる。


「“紅蓮獅子”‼︎」


男がそう唱える。すると、彼の体から熱が迸り、次の瞬間、彼を中心に起きた爆発により襲いかかった者達が吹き飛んでいく。


そして、周りの敵がいなくなり、砂煙が消えたそこには、獅子をかたどった炎が出現していた。


「“ハウンドバースト”‼︎」

[gyuoooooooooooooooooooo!!」


燃え盛る炎が存在を示すかのごとく、重く響く声をあげる。その余波が、戦地を激しく揺らした。


それはまさに王の咆哮。


そのようなものに人ならざるものたちは当然耐えられるはずもなく、恐怖で戦き、大きな隙を見せる。


「ここ!“ヘルダスト”!」


その隙を見逃さず、一人の少女が赤い粉塵を撒き散らす。


待機を漂う赤い粉。


風が吹き荒れるこの地でそれに当たらずにいられるものはいなかった。


その粉塵が敵に触れた瞬間、変化が始まる。


あるものは全身に広がっていく灼熱を錯覚させる痛みに叫び、あるものはゆっくりと肺が蝕まれる感覚に苦しみ、あるものは粉塵に触れた部分が焼き爛れるように溶け、またあるものはそれを吸った瞬間、瞬時に息絶えた。

阿鼻叫喚が戦場に響き渡る。


それはまさに地獄。


巻き込まれていようがなかろうが、それは人ならざるものたちに純粋な恐怖を刻み込む。


だが少女は止まらない。


「まだまだこれからだよ!“粉塵爆発”‼︎‼︎」


粉塵が撒きちった場所に火種が飛ぶ。

瞬間、信じられないほどの範囲で爆発が起きた。


大気を震わせ、地割れが起こる。爆発の起きた後には、地面が溶けたことによってできた溶岩のようなものだけだった。


この爆発で死んだものは、万を超えたことは、言うまでもない。


「おい!俺らまで巻き込む気か!」

「ごめんごめん。」

「派手にやってんなぁ。」


戦の中でのこの会話。人ならざるものたちはその隙を見逃さなかった。


一人の男に大群で襲い掛かる。この数で無傷ではいられまい。


だがそれも甘かった。


「“ネルジュ・ヴァルタール”」


男の周りには、木が生えた。そう、〈生えた〉のだ。


まるで生き物を彷彿とさせるようなその根は、術者の意思により敵を狙う。


地面からの攻撃に対処できるはずもなく串刺しになっていく同胞に、誰もが正気でいれるはずがない。


また、その根は敵の血肉をすすり脈動する。

黒く焦げた根からは深紅のごとき光が漏れ出、いっそう敵の恐怖を煽った。


逃げ出そうとする人ならざる者達。

だがそれを許すほど彼らも甘くはない。


「“トワイライト・イグニッション”‼︎」

「“ポイズンドレイク”」

「“鋼岩の波動”!」


十二の色の光剣が瞬き、不可視の毒が宙を舞い、荒れ狂う岩石の嵐に、成す術もなく兵達は殺されてゆく。


始めは億をも超えるほどいた人ならざる者たちも、たった数時間の戦いによって数千まで減ってしまった。


『異常』


彼らは異常なのだ。


国が建国できるほどの数を相手に、無傷かつ疲労も見せずに戦い続ける。


そんなの、勝てるわけないではないか。


兵達がそう思い出したその時に、彼らにとって希望が現れる。


「“遥か彼方の楽園、幸福に満ち溢れた花園、未来を繋ぐ一筋の光。今を生き行く命の蕾を護り、邪悪を滅する光の裁きを。.......ホワイトヘル”」


暗雲の空が割れ、天から白く輝く死の閃光が、十人の行手を阻む。


「こんな奴らを片付けられないなんて....所詮はゴミね。」


その言葉を聞いて吠える人ならざるものたちだが、次の瞬間、彼らはその異様な光景に絶句する。


彼らが彼女の声の方向を向くと、そこには同胞たちが山積みにされた光景が広がっていた。


死体は原型をとどめていないものが多く、口にするのも憚られるナニかが抉り出され、散らばっていた。


そして彼らは理解する。これは全てあの女がやったのだ、と。


彼女は自分達を救う一筋の光ではなかったのだ、と。


数千の兵たちが、彼女の行動によって数十にまで減少していた。


やってられるか。こんなところで死んでたまるか。


彼らは逃げようとした。自慢の足で、生き残るためだけに。


しかし、そんな彼らの行動も虚しく、次の瞬間には彼らは文字通り、細切れになっていた。


億をもいた軍勢は、今やもう跡形もない。


「はぁ、本当に使えない。使えないなら黙って死んでおけばよかったのに。」


気だるげに、そして心底どうでもいいようにため息まじりに言葉を発する黒髪の女。


「本当に慈悲がないな、お前。」

「あら、貴方たちにそんなことを言われる筋合いはないわ。」

「そんなことをして【アイツ】が喜ぶとでも─」

「【彼】は関係ない!」

「─うぉっと。」


女の放つ黒の何かが白銀の男の眼前まで迫る。


「彼との平穏な暮らしに貴方たちはいらないの!彼には私だけがいればいい。貴方たちのようなゴミはいらない!うるさいのよ!私の願いを邪魔しないで!」


先ほどまでの落ち着きはどこへ行ったのか、女は整えられたその長い黒髪を、頭をかきむしることで乱しながら発狂する。


「本当にイカれてやがるな....で?勝てる見込みはあるのか?」

「あるにはある。だが、長期戦になるぞ。」

「どんだけ俺らが戦ってきたと思ってんだ?何時間かかろうがやってやるよ。」

「あら?そんな無防備にしちゃってていいの?」

「そもそも俺らに無防備な瞬間なんてねぇよ!っと。」


女の放つ光線を軽々と避けていく十の影。

間髪入れず放たれ続けるそれの隙間をくぐり赤髪の男が肉薄する。


「オラァ!」

「貴方のように熱苦しい人間は1番嫌いなの!」

「そらどうも!」


瞬時に女ほ自身の細い腕の周りに光を纏わせ男の剣撃を受け止める。

その後ろから、長髪の女が飛び出す。


「これならどう?」

「目に見えなくても当たらないわよ?」


彼女が投げた瓶。

それは放物線を描きながら女の元に向かう。

だが、何かを入れていたであろうそれの蓋は見当たらず、中身も見えない。


女は男を腕を払っていなすと、その場を飛び退いて後ろへ下がる。


直後、その場は異様な音を立てながら煙を発し、地面は抉れるかのように溶けていた。


「か弱い乙女を毒殺だなんて、案外貴女もやることえげつないのね。」

「数千もの人たちを殺し、あまつさえ自分の味方だった悪魔まで自分の手で抹殺した。貴女には感謝する面もあるけど、........そんな貴女がか弱い乙女だなんていう資格は、ない。」

「だって、心底どうでもいいんだもの。」


冷めた声色で長髪の女の言葉に反応する。


「アイツ達は何の関係もなかっただろ、何なら近辺戦争が起こっていない一番安全な国だったんだぞ?」

「私が住みたいって言ったら来るなとか言って拒絶したのよ。交渉が円滑に進まないなら殺した方が手っ取り早いわ。」

「ただの一方的な脅しだろ?」

「あらご明察。」


男が当てた褒美と言わんばかりに攻撃の手を強めていく女。

思い通りに行かない腹立たしさが常に女を狂わせているはずだが、それでも一向に集中が削れない。


「おい、本当にこのままりゃあうまく行くんだよな!?」

「あぁ、今急ぎで【アイツ】を探しだしてる。」


十人の内二人はそんな戦況のなか冷静かつ迅速に事を進めていた。

このまま行けば長期戦になるのは変わらないが、確実に目的を達成できる。







そう、一筋の光が、この戦地を焼き払わなければ。






「なっ!?くうぅぅ....うおおぉぉ!」

突然の衝撃波に、その場にいた全員が反応できず、四方八方に散らばった。

巻き起こる砂塵が彼の視界を奪う。


「がはっかはっ、えっほ、お、おい!大丈夫.........か?」


一人の男が即座に起き上がり、視界の悪い中声を上げた。

大袈裟に息を吸ったため掠れていたが、仲間に届けるには十分な声の大きさだった。


だが、誰も返事をしない。


「おい、大丈夫かって............ は?」


砂煙がある程度治まり、周りが見えるようになったことで、それを見つけた。


一人の少女が、胴を失い虚ろな目で自分を見ていることに。


「あ、あああああああああああああ!!!」


その男は、少女、もとい己の肉親をたった一瞬で失ったのだ。


「何が、起きてるの?」


男が悲しむ中、女が声を上げる。


「くっ、お前じゃないのかぁぁぁ!」

「私な訳ないじゃない!こんな威力のものが使えれば既に使っているわよ。」

「じゃあ誰が............ っ!?」


女と話していると、男は更に先に仲間が倒れているのを発見する。

それを見るや否や、男は全力で走り彼のもとへ走る。


「ぐ....ぅ....すま....ね.........ぇ...」

「なに言ってんだ!..........腕が、いったいどうなってやがんだ。」


男が駆け寄った仲間は、先の出来事で左腕を、否、左半身を失い大量の血を流していた。


そして彼は謝罪の言葉を途切れながら紡ぐと共に、その生命の動きを止めた。

それに反して、彼の体からは今尚血が流れ続ける。


「くそっ、くそくそくそ!............他の奴らは!?」


二人の仲間の死を嘆くが、他の者達の存在を確認する。が、しかし周りには人の影は見当たらない。


ただそこには、自分達を吹き飛ばした原因の爪痕だけが残っていた。


もう、彼らが戦った砂漠は広がっていない。

端すら見えない巨大なクレーターだけが、彼の目の前に広がっていた。


「そ、そんな、じゃぁ、あ、アイツ達も.......」

「............絶望するなら、後にして。今は彼の元に行くのが最優先よ。」

「っ............あぁ、そうだな。俺は、俺たちはそのために来たんだ。」


先程まで敵同士であった二人は、当初の目的たる人物のもとへ行くことを決める。


「んで、結局【アイツ】は、どこにいんだよ。」

「私が今いる場所、あの城の地下よ。」

「じゃあ、そこまで走っていくか?」

「いえ、今は非常事態。四の五の言ってる場合じゃないわ。転移魔法の予備があるの、それですぐに行くわよ。」

「分かっ、た」


女は直ぐさま行動に移った。

懐から一つの結晶を取り出し、何かを小声で呟き、そしてそれは発動する。


「っ中々きついわね、ほら、貴方も来て。」

「............なぁ、○○○○。」

「何?今集中してるから聞こえないわよ!」

「一つだけ、【アイツ】に伝えてくれるか?」

「え?何を言って............ 」


女は男が直ぐ来ないことに違和感を抱き、振り返る。

そこには.........


「全員で、迎えに行けず............ すまね、ぇ、って。」


心臓を眩い光に貫かれ、口から大量の血を流しながら言葉を紡ぐ男がいた。


「っ、貴方...........!」

「これ、やっとの.....状態なんだ、ぜ。今、心臓辺りを、強化し、て、動きを、止めてる..........はやく、いげ!」

「っ............ 」


男が叫び、女の結晶が砕け散る。

次の瞬間、女は黒い霧に包まれその場から姿を消した。


「いった............ か、はは、すま.....ね、」


そして、男は支えを失いゆっくりとその場で崩れ落ちた。


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「.................死んだ.........か.....」


静寂の中、男は掠れた声で呟いた。

○○○○を封印され、四足を封じられた彼は誰か。


「俺は......こんな人生を...........望んでは...なかった」


誰もいない部屋で呟き続ける。


「どれだけ力があろうと......元が変わらなければ......弱者のままだ。」


彼は、もうこの世にいない彼らに向けて呟き続ける。


「俺には....あの○○を止める力はない......」


己の無力さを痛感しながら。


「この俺の......生は、もう.......長くは、無いだろう........~~~~~~。」


そして、彼は誰にも聞き取れない掠れつぶれた声で何かを唱える。


「もう....俺を.....終わらせてくれ.......この.....最低最悪の、生から....」


彼が唱えたことにより、彼の目の前に漆黒の剣が顕現する。

そしてその剣先は、彼の心臓にむけて..............................................










そして、、、










その日、国中に、女の悲鳴が響き渡ったと言う。



そうして、人類に向けられたという全面戦争なるものは、その悲鳴と、後の静寂と共に終わりを迎えた。



だが、後にその場を見たものは、何もなかった、と言った。



死者や被害が一つもなかったその戦争は、やがて時と共に忘れ去られていく。



だが、一部の人々はこの戦争を文献に残した。







人々はその戦争を....『断罪の戦争』と読んだ。



















………………………………………………………………………………………………



「...........................んぁ?んゲッホゲッホ、おぇ”」


一人の少年が目を覚ます。

口内の唾が気管に詰まったのか、酷く噎せていた。

その少年はごく一般の人間。

彼は誰もいない自身の部屋で、






「夢...............か。」













そう、一言、掠れつぶれた声で呟いた。




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