第六話

 来たる聖堂への襲撃の日。私たちは早朝の四時から出ることとなった。その時間に合わせて城から派遣された馬車が待機している。徐々に空は明るくなるのだが、ここは森の中なのでまだまだ暗い。

 私たち、と言ったがパスカルは連れていかないことにした。戦力にならない上に死んでしまう可能性もあるので投入する訳にはいかず、パスカルも反対意見を言わず留守番となった。

 王都から派遣された馬車で山の麓の町に付いて、そこからは歩き、というか登山だ。朝に出て聖堂に着いたのはもう日が傾いてきた頃になり、岩がむき出す厳しい自然の山の中で頑として佇む聖堂には年季と畏怖を感じた。


 聖堂には国からライセンスを貰ったという証明書を持ってきているため普通に入れた。渡されたユスト教団の衣装を着て聖堂内部の各所を歩く。

 ただ歩いているのではない。アレクシオスは部族会議の魔道士たちから発火魔法の術式が書かれた紙を大量に貰って隠し持ち、聖堂の至る所に気付かれないように配置していた。アレクセイの提案した作戦だった。


「俺の母さんはな、俺たちの目の前でユスト教団の奴らに焼かれて死んだんだ。この聖堂もあいつらも同じ目に遭うと思うとワクワクするよな」


 作戦を切り出しながらそう言ったアレクセイの笑顔は恍惚としていた。

 合図をしたら聖堂を丸ごと逃げ場なく炎で包む術式たちを起動させるのは、日が完全に落ちて行われる祈りの儀式の最中、儀式の間に教団の重要人物が一堂に会する時に決めた。


 そろそろ儀式が始まる頃。私たちは最後の仕上げとして全ての窓を閉じて出られないように塞ぐ。それも完了し、儀式の間にゾロゾロと人が集まる時に私たちは逆行して聖堂の出入口に着いた。

 出入口の開いた扉と閉じられた窓から月明かりがかすかに侵入し私たちを照らす。実際、私もこの大きい聖堂がどんな風に火だるまになるかが気になって楽しみになってきた。大量に人が死ぬというのに。


「やれ、アレクシオス」


 アレクセイの合図でアレクシオスが全ての術式の紙を起動させた。そして私たちはすぐさま扉の外側に出て扉を閉じる。

 狙い通り、聖堂はまるで抱かれるように燃えていった。離れていた私にも殺意の篭った熱気と悲鳴を上げているような火の匂いがとめどなく襲ってくる。耳をすませば本当の悲鳴も聞こえるのだろうがやめといた。

 残酷な処刑場と化した聖堂内部では今頃どんな地獄が広がっているのだろうか、と大量に吐き出されるどす黒い煙が闇夜と同化する様を見ながら疑問に思ったが考えようとは思えなかった。

 隣を見ればアレクシオスが冷静に、アレクシスが若干眉をしかめ、アレクセイが薄く笑っていた。


「うえぇ……。惨いな」とアレクシスが言う。

「当然の報いだろ。母さんを殺った罰だ」とアレクセイ。

「意外とあっけなかったね」とアレクシオス。

「そうだね。まあ準備もしてきたし」私がそう答える。


 ガサッ。

 その時、私の後ろの岩陰から足音がした。防衛本能から慌てて振り返る。その動きでアレクセイたちも、岩陰から出てきた後ろの人影に気付いたようだ。五メートル離れたその人影は暗闇に紛れたローブを羽織っていて、そして手のひらを上向きに地面と平行にして胸の前に持ってきていた。

 さらにその手のひらの上には黄色く輝く光の球がある。


「奇遇だね。諸共もろともくたばれ」

「ユリス―――」


 その人影は間違いなくユリスだった。

 ユリスの手のひらにある光の球が急速に膨張していく。この技には聞き覚えがあった。実物は初めて見るが、アレクシオスの話だと膨張して周囲一帯を包む爆発に似た魔術らしい。数秒の詠唱が必要だが、私たちが聖堂の惨劇に見とれている間に終わらせたのだろう。

 ユリスの自信ある表情からおそらく私たちは範囲内に入っている。私は頭で考えるよりも先にユリスに飛びかかった。


「おわっ!」


 ユリスが驚いて声を上げる。そのまま私は膨張していく光ごとユリスを押していって――――――。





 爆発が終わって倒れ込むユリスの上に、鬼の形相のアレクセイが馬乗りになった。


「てめえ! 死ぬ気はあんだろうな!」


 アレクセイはそう言いながらズボンの横に携えていたダガーを手に取った。喉元を狙うように振り上げる。


「待って、やめて!」


 そう言いながら走ってくる影があった。声や背丈や走る姿は間違いなくパスカルだった。アレクセイたちは目を見開く。


「なっ、お、おい! なんでお前がここにいるんだよ!?」

「ゆ……ユリスに頼んだんだよ、僕が」

「そういうこと。話くらいは聞いていくか?」

「てめえが決めんな!」


 アレクセイが空いた手でユリスの喉を掴む。ユリスは反射的にそのアレクセイの手首を抑えるように掴む。


 なぜ私はこの状況を分かっているのだろうか。全身の肉が暴れるように痛むがむしろ生きてる証左なのでありがたい。

 爆発の衝撃で投げ出された自分の身体の節々を見れば、衝撃で消し飛んだために露わになった肌には至るところに大きな傷が生まれていて、右腕は関節まで、左腕は手首まで、右脚は足首までが消失していた。流れ出る血が私のすぐ下に染みを作る。

 なぜ私はまだ生きているのだろうか。灰の匂いが私を包む。

 私の意識の中に入り込んでくるものがあった。恨み、復讐心、生への執着、その念はドロドロと心を侵食していく。


「何を吹き込んだんだ! パスカルによ!」アレクセイが詰め寄る。

「吹き込んだって人聞きが悪いね。僕はパスカルの気持ちを聞き取っただけだよ」

「はぁ? パスカルが俺たちを殺すように頼んだのか?」とアレクシスが言うとパスカルが慌てて割り込んだ。

「違うよ! 僕はただ……その……」


 しどろもどろになるパスカルだが、言うしかない状況だと理解したのだろう、意を決して言った。


「本当は嫌だったんだ。僕が王になるなんて……」

「どういうことだよ、パスカル」とアレクセイが聞く。

「嫌だったんだよ、本当は。セリーヌも、みんなも、王になれって言うけど僕はそんなこと……。みんな出ていった後に屋敷にユリスが来て、解放してくれるって言ったんだ」

「いや……そ、それでセリーヌを殺したの?」とアレクシオス。

「違うんだよ! ユリスがなんとかするって言うから、こうするなんて聞いてなかったんだ!」

「そう言ってるがどうなんだ、え!? ユリス!」アレクセイが首を絞める手の力をさらに強めた。

「たっ、確かにパスカルを騙すみたいな真似したけど、こほっ、パスカルの人生のためだ。パスカルが解放されるためには、かはっ、あんたらを―――」


 ユリスは喉を抑えられて話しづらいながらも言葉を発した。アレクセイは何かを言い返したかもしれないが私はそれを聞くどころではなかった。


 やはり嫌だったのか―――不思議と驚かなかった。

 内心分かっていた。パスカルは王になるよりあのまま屋敷で暮らすことの方を望んでいたことに。

 だけどダメなんだ。アンリ王に私は託されたんだ。それに何よりパスカルには王座に就いて欲しい。

 私は右の手で地面を触ると上半身を右腕全体の力で押し上げる。無くなっていた右腕は灰の匂いが強い真っ黒な物体に代わって再度生えていた。

 右腕だけではない。左腕も、右脚も、身体の欠けた部分、全身の傷の全てを真っ黒な物体が修復していた。私の残った素肌は全体の三十パーセントほどだろうか。

 音と共に私に気付いた全員の驚愕と恐怖の視線を受けながら、私は元に戻ったと言うには禍々しい五体満足の身体でよろよろと立ち上がった。よく見ると、その真っ黒な部位からは瘴気のような煙が薄く上がっている。

 しかし一度立ったはいいものの私は意識を上手く保てずにまた倒れてしまった。その場にいる皆は固まってしまったようだ。


「セリーヌ、なんだよそれ……」


 アレクセイが恐る恐る言った。するとアレクセイが私の方を見て気を取られているのを利用してユリスが突き飛ばす。アレクセイはあっさりと倒れ、ユリスが起きるのを許してしまう。さらに頭の整理が追いついていないのか反応が遅れてしまった。


「おわっ! て、てめえ!」


 ユリスはまだ私の状況を掴めず戸惑うパスカルに向かって走りながら口笛を吹いた。するとどこからともなく岩を踏み鳴らして馬がユリスに走ってきた。きっと近くで待機していたのだろう。ユリスもパスカルの手を引っ張って馬に近づいていき、そして合流した。

 混乱するアレクセイと放心状態のアレクシオス、なんとか立ち上がったアレクシスが「待て、逃がすか!」と馬の方へ走っていく。


「乗って! 早く!」

「う、うん」とユリスに押される形でパスカルが頷く。


 アレクシスが追いつくまでに二人は乗馬に間に合ったようだ。アレクシスはもうすぐで追いつくというところだったが、走り出した馬はぐんぐんとアレクシスとの距離を開いていく。

 行かないでくれ!

 私がそう想う度に力がみなぎって来る感覚がした。それに合わせてより一層侵食する念の波が強くなっていく。しかし私の想いの方が強い、強いに決まっている。

 もう一度立ち上がることを試してみたら案外楽に立てた。

 アレクシオスがそんな私の姿をひきつる顔で見てボソッと呟いた。


「け、煙が…………」


 言われて気付いたが、燃える聖堂からの煙が私に吸い寄せられるように集まってきていた。集まれば集まるほど力が高まっていった。

 私は困惑するアレクセイとアレクシオスを置いてパスカルが乗った馬の方へ走っていく。アレクシスよりも、あの馬よりも早く走れた。

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