セリーヌ・アラン

あばら🦴

セリーヌ・アラン

第一話

 王城への夜襲が王の実弟の仕業だと分かったのは、襲撃から逃げ延びて全てが終わってからだった。

 当時十七歳だった私は、女性でありながら男性のような恵まれた体格と類まれな身体能力を持ち、男性に混じって兵隊として城に仕えていた。いつしか私のセリーヌという名は広まり、ありがたいことにアンリ王の耳にも噂が入られて名前を覚えて下さった。

 夜襲で慌ただしくなる城内。まだ騒ぎを聞きつけていないアンリ王に私が真っ先に伝えに行った。アンリ王の自室の扉を勢いに開ける。中で休んでいた王と王妃は目を丸くして私を見た。


「アンリ王! 大変です! 城に敵兵が攻めてきました!」

「何!?」

「現在城にるもの全員で対処に当たっています! ですがかなり数が多く、押し切られるのも時間の問題です!」

「そうか……。計画的に思えるな、内通者がいたのか?」


 アンリ王は首を傾げた。何故なら城の構造は敵に攻め込まれにくいように設計された厳重なもので、敵兵が大量に攻め込むなど考えられなかったからだ。

 これも後に知ったことだが、アンリ王の実弟、現ローベル王は秘密裏に勢力を拡大させていたユスト教団と密かに手を組み計画を立てていた。ローベルは王の座に就くため、ユスト教団は表立った活動をするために利害が一致した。政界にいた何人かがローベル王に手を貸したのも大きい。

 アンリ王にも敵兵の足音が聞こえてきたらしい。ドタドタと階段を駆ける音がすると悔しさと焦りに眉をしかめさせた。


「早くお逃げください! 敵兵は眼前に迫っています!」

「いや……。ここまで、かもしれないな。奴らの目的は私で間違いない。この城に攻め込む計画を立てられた奴らだ、私を逃がさない計画はもっと緻密だろう」

「ど、どういう意味ですか! 時間が無いんです! 早く逃げる準備を!」


 その時のアンリ王の諦め切った微笑みを今でも忘れられない。私に王を守る力が無かったと、私が無力だと悟った瞬間だった。


「逃げ場が無いって話だ。息切らして死ぬよりはここで大人しくするよ。……お前も付き合ってくれるか?」


 最後の言葉は王妃に向けられていた。王妃はただ静かに、何も言わずに首を縦に振るのみだった。これから死ぬ二人よりも私の方が落ち着きを失っていた。


「本当にそれでよろしいのですか!? 貴方たちがいなくなってしまわれたら………!」

「いいんだ、私達は。どうしても死ぬのなら仕方が無い。だがセリーヌ、パスカルの事を託したいんだ。私達の代わりに育てて、出来ることなら王座を取り返して就かせてやって欲しい」


 アンリ王の一人息子、パスカル王子。当時はまだ六歳。私は噂伝いに王に気に入られ、よくパスカルの世話係を任されていた。


「パスカルなら自分の部屋にいる。時間が無いんだろ? 早く連れて行ってくれ」

「ですが―――」

「早く! 命令だぞ!」


 その発言の気迫は凄まじかった。ただ私の足が震えていたのはそのためでは無く、目の前におられるお世話になりっぱなしだった王と王妃を見捨てなければならない状況によってだ。

 衝動に身を任せればお二人を無理にでも連れ出していただろう。あの時の私を冷静にしたのはなんだったか、今では思い出せない。

 何も言わずドアを閉めた。情に駆られないように目を逸らしていたのでその時のお二人の表情は分からなかった。


 既に城内の王家の生活空間にも夜襲の戦闘音が聞こえてくる。私は勝手知ったるというほどでもない通路を走り抜けてパスカルの部屋の前に着いた。

 扉を開けると中にいたパスカルは驚いて「ひぃ!」と巣穴が見つかったウサギのような声を挙げる。しかし部屋に来たのが私だと分かると洗い流されたように表情から不安が抜け落ちた。まだへばりつく不安ものも残っていたが、頼りになる存在が来た安心感が笑顔を作っていた。


「セリーヌ!」


 私の名が呼ばれる。パスカルにとってどういう存在のつもりで呼んだのかは直感的に分かっていた。パスカルが駆け寄って小さい背のまま私の腰あたりに抱きついた。


「助けに来たよ」

「よ、よかったぁ! 怖かった! ね、ねえ、パパとママは……?」


 両親を心配した純粋な瞳で聞いてくるパスカル。

 今この状況で答えたくは無かった。パスカルの精神面はもちろんのこと説明する時間も惜しい。パスカルの部屋の窓から外をチラリと見ると、戦況的には夜襲を仕掛けた方の兵がまばらにいた。そこに味方の兵は無く、ただ味方兵の鎧が死体を覆う形で転がっていた。

 私はパスカルの肩に手を置いて押して身体から優しく離す。そして膝を折って屈み込み、パスカルと顔の高さを揃えてから言った。


「君にはこれから、辛いこと、悲しいこと、苦しいことが待ってる。だけど……目を瞑っていなさい。いいね? 大丈夫、ずっとじゃないから」


「えっ?」と困惑するパスカルを抱き寄せる。そしてパスカルの耳元に「ほら、目を瞑ってて」と囁いた。

 言う通りにキュッとまぶたに力を込めるパスカルを片手で抱いて、もう片方の手に剣を握りしめて部屋の窓から飛び降りた。


 ガラス片と共に降り立った私に周囲の敵兵らは動揺した。どよっと沸き立つ中、私の鎧と腕にいるパスカルを見た一人が言った。


「セリーヌだ! 皆の者構え―――」


 その言葉が最後まで言い切られるのを待たずに私はそいつの首を剣で掻っ切った。

 私の速さと力強さに周囲の敵は恐怖におののいてしまう。その時間が命取りだと知るのは死ぬ間際だっただろう。私自身、片腕にパスカルを抱えながら何故あそこまで速く力強く動けたのか分かっていない。

 長くなったが、つまりは目に映る敵を全員殺しながらパスカルを連れて逃げ出した。



 静けさの横たわる、山の木々の間。

 岩場をちょろちょろと流れる水を哀しげに見つめる青年がいた。岩に腰掛けるその青年に私は近づいた。

 足音に気づいて私を見たパスカル。城から逃げ出した十年前のあの日から考えれば、年相応の肌艶と金色に輝く髪からみなぎり溢れる活力を感じるが、私から言わせればまだ子供だ。もっと力を持って貰わないと安心できない。

 実際私より背は高くなく私と拳一つ分開いている。それは私が女性とは思えないほど恵まれた体格をしているせいなのもあるが。

 同じ岩に座った私は横にいるパスカルに聞いた。


「どうしたの? こんな所で。もうそろそろ日が暮れるし屋敷に戻ろう。アレクセイ達が待ってる」

「……ねえ、セリーヌ。今日がなんの日だか覚えてる?」

「もちろん。今まで忘れたことは無かったでしょ?」


 そう、今日はパスカルの生誕の日。最後に城で盛大に祝われたのは十年前だ。つい城での生活ことを思い出すのは癖として諦めることにしてる。


「ありがとう。君のおかげで僕はこの日まで生きていけた。感謝してもしきれないよ」

「……うん」


 パスカルの真っ直ぐな想いに対して何を言えば良いか分からなかった。ただひたすらに嬉しく、言葉には替えられないし要らないと思った。無意識に口角がじっくり上がってしまう。


「それとさ……。関係ないんだけど、この手紙を読んで欲しいんだ」


 パスカルは何故だか声も含めて暗くなっていた。服の懐から出した封筒を私に渡す。よく分からないまま私は封筒の中の手紙を取り出して読んだ。


『手紙をこうしてお送りしましたのは、お願いの為です。ご存知かも知れませんが、近頃ユスト教の勢力がますます力をつけ、王である父にも、私の手にも負えなくなってきています。

 彼等は恐れを知りません。そんな中、貴殿の噂を聞きました。過去のあの日、お亡くなりになっていたと思っていた貴殿が、今や反ユストの諸部族を率いておられると……。是非とも城へと戻って来て頂き、ご協力願いたい。

 貴殿の人生を狂わせた者の息子からの誘い……無理なお願いなのは承知しています。しかし、私はいつか貴殿にお会いし、謝罪し、できることなら良い関係を築きたいと思っているのです。貴殿に城に来て頂きたい一番の理由はそこにあります。

 このような形でのお呼び出しにはなりますが、どうか前向きにご検討下さいませ。

 あなたの兄弟、ユリス』


 ユリスという名はローベルの息子として覚えていた。読み終わりふとパスカルと目を合わせると、パスカルは当惑して私に意見を求めるような目線を送る。しかし当惑しているのは私も一緒で、すぐには答えを出せなかった。

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