11.花便り

「先輩、もしかして…」


風花の横にベガがやってきて、メモを覗き込む。

「これ全部、春の星ね。」


アークトゥルスはうしかい座、カストルとポルックスはふたご座の一等星である。


おそらく、新しい星の名前を考えながら風花が起きるのを待っていたら、そのまま昼寝の時間になってしまったのだろう。


安らかな寝息を立てているプロキオンに目をやると、金色の髪にハート形の花弁がくっついているのを見つけた。風花の心に温かいものが広がる。


『シリウス』という名前には未だたくさんの謎が残っているが、それに固執する気持ちはなくなっていた。と同時に、ある疑問が浮かび上がる。


「なんで、春なんだろう」


風花という名前は、冬ある地域に起こる雪が風に舞って花吹雪のように見える現象『かざはな』から付けられたものだ。


あたたかい春の景色とは似て非なるもの。

冬の風景を名に持つ風花には、春の星から次の名前を選ぶのはどことなく違和感があった。


「風花ちゃんは、桜だからだよお」


ふわあ、というあくびに混じった声が後ろから聞こえる。

お目覚めのようだ。


この先輩は、見目も大変麗しく性格も優しくて申し分ないのだが、話す言葉が要領を得ないのがたまにキズだ。風花ちゃんは桜、の主語がわからず聞き返す。


「君の、魂が。」

プロキオンが、風花の胸のあたりを示しながら答える。


そういえば、カノープスに人の魂は花の形をして現れるということを聞いた。

風花の魂は桜の花だということか。


「僕は、カモミール。ベガのおば……じゃない。ベガ先生は菖蒲。」

「カノープスさんは?」

芍薬だよ。との返答に心底納得する。それっぽい。



 ベガの補足によると、魂の花がどの種類になるのかは、人の生き方や考え方によって決まるという。まれに、前の魂の花をそのまま受け継ぐこともあるらしい。


思い返してみると、確か自分の一番好きな花は、桜だった。

理由を聞かれるとなんとなくとしか答えられなかったが、魂の形がそれだったからなのかもしれない。風花はより一層、桜の花が好きになった。


桜は、日本の春を代表する花だ。それならば、春の星の名をもらってもいいのかもしれない。


「これなんか、ぴったりじゃないかって思うんだ。」

プロキオンがちょうど風花の持っていたメモに書いてある名前を指差す。

そこには、春の星座を代表するおとめ座の中で最も輝く星の名前が書かれていた。


「あらぁ、とっても素敵!」

小柄な老婆が手を叩いて賛成する。

おとめというほどおしとやかな性格ではないが、この二人が言うなら良いのだろう。


星としての、自分の名前。

先輩が選んでくれた名前。


風花は、春の空に輝くおとめ座の一等星を希望することに決めた。

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