6.魔力測定


「おぉ、美味いな」



 エレイナの家から徒歩数分。

 冒険者ギルドにゼレウスたちの姿はあった。

 二階建ての建物の一階部分には酒場があり、朝は酒類の提供をしてはいないものの、食事をすることはできる。

 現在、ゼレウスとエレイナは酒場の一角にて共に朝食を摂っていた。



「比べてみてわかったが、やはりエレイナの料理の腕は相当なもののようだな。プロと遜色ないぞ」


「へぇ、そうなんだ?」



 その証拠にといってはなんだが、今回ゼレウスの語彙は破壊されていない。

 肩を竦め小首を傾げながら、正面に座るエレイナが呆れ半分に言う。



「そんなことないと思うけど。八百年ぶりだったからじゃないの? ……まぁでも、ありがと」



 もう半分の感情はささやかな照れと喜びだ。彼女はそれを、自身も食事を進めることで誤魔化した。

 白身魚のムニエルをメインに、硬めのパンをスープに浸けながら食べる。

 柔らかなパンには心動かされたが、やはり馴染みの深い歯ごたえのあるパンもいいものだ。


 さて、今日もまた食事を楽しんでいるゼレウスだったが、本来であればこれは不可能なはずだった。

 なぜならゼレウスには金がない。

 外食などできるはずがないのだ。そんなゼレウスがなぜ、酒場で食事を摂れるのか。


 理由は単純。

 結論から言って、エレイナから金を借りた。

 ゼレウスはフュージアが胸元に刺さっていることで威厳が出せないと悩んでいたが、たとえそれがなくとももう彼からは王の威厳を感じられないだろう。

 なんといっても借金持ち魔王なのだから。国の借金とかではなく、極めて個人的な。



「ごちそうさま。じゃ、登録しにいこっか」


「ああ、馳走になった」



 食事を終えた二人は立ち上がり、エレイナを先導に連れ立って移動する。

 向かうのは冒険者ギルドの受付だ。



「ゼレウス知ってる? こういう場所だと新人はいじめられちゃうんだよ~。足引っ掛けられたり、コップの水ぶっかけられたりしてね」


「なんだそれは。しかしまぁ……その程度なら別にかわいいものだな」


「あははっ、なにそれ、八百年前はそうだったの? 戦争中だし、ここはその最前線の街。戦場を共にするかもしれない相手にそんなことしないわよ」


「そっかぁ。じゃあいっしょに依頼受けて出先で見殺しにしたり、騙して依頼をダブルブッキングさせて規約違反にさせたり、とかはないんだ?」


「なんだそれは……酷すぎないか? 怖いぞ」


「……そんなことしたらギルドが黙ってない、と思う。ていうか八百年前はそんなのがいたの? やば」



 ゼレウスもエレイナもドン引きである。

 フュージアのかつての持ち主は人間の勇者だ。

 もしかして経験談なのだろうか?

 ゼレウスの中に疑問を残しつつも、二人は受付へと辿り着く。



「すみません、この人のギルド登録をしたいんですが」


「は、はいっ……ではこちらの書類へ記入を──」



 エレイナが金を置きつつ声を掛けると、女性にしては短髪の、どこかボーイッシュな雰囲気の受付嬢が対応してくれる。

 が、その笑顔は少々引き攣っていた。


 無理もない。

 ここへ来る道中、そしてギルド内に入ってからも、ゼレウスは注目を受けていた。

 一八〇センチを超える長身に、古めかしくも厳かな雰囲気のローブ。

 極めつけは胸を貫通する美しい剣だ。

 応対を任された者が困惑を隠せないのも仕方ないだろう。


 しかしゼレウスはそれら一切を気に留めず、差し出された紙にペンを走らせた。

 羊皮紙ではないのか、とか、昔に比べて薄く滑らかに、そして白くなっているな、などと感心するが、表には出さない。



「……出身地は必須か?」


「いえ、大丈夫です。……よろしいですか? 済みましたら魔力を測定させてもらいます」



 了承を返すと彼女が何かを取り出す。

 カウンターに置かれたのは一冊の本だった。

 彼女はそれを開くことはせず、ただゼレウスへと差し出す。



「表紙へ手を置いてください。それだけであなたの魔力量と適性がわかります」


「ああ」



 従い、本に触れる。

 周囲にはまばらではあるが人もいる。

 エルフ、ドワーフ、獣人を擁する人族だが、この場に最も多いのは人間だ。

 次いで獣人が多い。

 夜になればドワーフの姿も多くなるがエルフはそもそもの人口が少なく、今も数えるほどしかいない。

 彼らの視線は胸に剣の刺さった謎だらけの新人に注がれており、魔力測定の瞬間、その注目はピークとなっていた。


 本が光を放ち、ゼレウスの魔力量をその輝きの色で示す。



「これは……!」



 深紅。

 輝きは強くもどこか暗さを感じさせた。

 その色があまりに濃すぎてそう見えてしまうのだ。



「凄い! 人間の限界を超えてる……エルフと同等、それも最高クラスだ!!」



 ボーイッシュな受付嬢が驚愕から敬語を忘れる。

 彼女の言葉に、遠巻きに見ていた者たちが紅く輝く魔力測定器を見ようと集まってきた。



「ほぉー、すげぇ。エルフ自体少ねぇのに、人間でそんな魔力」


「やんごとねぇな! おれは一目見た時から只物じゃねぇと思ってたんだ! ホントだぜ?」


「適性はどうなの!? もしあれならウチのパーティに来ない?」


「待てよ! 治癒ができるんならこっちだ! ずっといなくて困ってんだからよ!」



 魔力が多ければそれだけできることも多くなり、継戦能力も高くなる。

 優秀な魔法使いの条件の一つは魔力量が多いことだ。

 それがなければスタートラインに立つことすら困難である。

 エルフと同じく、ゼレウスは元々魔法の特異な種族だ。この結果は当たり前といえるだろう。

 しかし──



「ええと、適性のほうは…………え?」



 本を開き最初の数ページを確認した受付嬢が、またもや驚愕の声を上げた。

 しかし先程の興奮に跳ね上がるような声色と異なり、静かで小さなその声にはまた別種の驚きが含まれていた。


 魔力を計ることができる道具は色々とあるが、この本の特色は手を触れたあと、目次のページを見ることで属性の適性がわかることだ。

 目次に書かれているのは、属性ごとに分けられた様々な魔法名。

 適した属性の文字が光り、そのページを開けば魔法の詳細も知れる、便利な魔道具である。


 だが本を開いた受付嬢が目にしたのは、一文字すら光ることのない目次だった。

 ゼレウスを控えめに見上げる彼女の目に宿る感情は、困惑と同情。



「こ、これは……その、ゼロ……です。まったくの……適性、ゼロ……」



(ふむ、なるのか……。お前の影響だな、フュージアよ)



 適性ゼロなど、元魔王のゼレウスにはありえない結果だ。

 どうやら魔封じの聖剣フュージアの影響は魔力量ではなく、魔法適性のほうに出るらしい。

 魔力を消すのではなく、魔法適性を消すことで魔法の使用を封じる、ということだろう。



「うぉっ……やべぇな。せっかくの魔力が……かわいそうに」


「や、やんごとねぇー……。現実は厳しいな……生まれた時から知ってたぜ、おれ……」


「や、やっぱりウチのパーティには来なくていいわっ。あ、で、でも……相談なら乗ってあげるわよ? その、転職とか……」


「あばよォ!」



 ゼレウスの周囲に生まれていた人だかりが、手のひらを返すように散っていく。

 同情の言葉や別れの言葉、「そんなうまい話はないよなぁ」などとため息をつきながら背を向ける彼らからは、もはや清々しさすら感じられた。



「あの……もしかしたらということありますし、もう一度測定します?」



 おずおずと、短髪の受付嬢が問いかけてくる。



「いや、構わん」


「えっと、適性がなくても、無属性の生活魔法なら使えるはずですよ!? ですから気を落とさないで──」


「ふ……我が気を落としているように見えるか?」


「え? あ、いえ、確かに…………何か秘策があるんですか? も、もしかしてその胸元に刺さった剣はなんか、こう……勇者の剣とかで! 実は凄い力が! とか……」


「!? い、いや……? そんなわけがな、なかろう……」



 大正解である。

 ゼレウスの背中を、冷や汗が滝のように流れる。



「あ、はは……そ、そうですよね。申し訳ありません、茶化したわけでは……」


「いや、気にしていない。もう登録は完了したか?」


「はい。詳しい説明に関しては……あ、エレイナさんがお教えになりますか。わかりました。では、ご武運を」



 受付嬢に感謝を伝えその場を離れようとしたが、振り向いたゼレウスは自らの前に立ち塞がる人影に歩みを止めた。

 散っていったと思っていた人だかりだったが、どうやら一人だけ残っていたようだ。


 筋骨隆々な男。

 彼の身長はただでさえ高いゼレウスよりさらに高く、ローブの下に引き締まった身体を隠しているゼレウスより太く立派な筋肉を持っていた。

 そしてそのいかめしい顔から放たれる眼光は、元魔王であるゼレウスの戦闘本能を刺激するほどに鋭い。


 胸元から「来た! 新人いびり展開だよ!」と、他の誰にも聞こえないような小さな声が、どこか嬉しそうに響いた。

 男につられるように、ゼレウスの目つきも鋭くなる。



「……お前、その身体に刺さった剣はなんだ?」



 元魔王の威圧感溢れる眼差しにも怯むことなく、男はそう問いかけた。

 誰もが気になる情報だろう。それでも誰も聞こうとしなかったのは、冒険者としての勘が告げていたからだ。

 あれに触れると、何か面倒なことに巻き込まれるかもしれない、と。



「これはただの飾りだ。何か問題があったか?」


「俺は心配性でなぁ……情報を集めるのが半分、趣味になってる。調べによると、門衛にもそう言ったらしいなお前。その剣は、指で触っても傷つかないとか」



 男がくつくつと笑う。

 正確には『飾り』だと言ったのはエレイナだが、ゼレウスもその言い訳には納得している。というか他にいい案も思いつかなかった。

 この男が情報通なのは真実だろう。昨日起きたばかりの事実を正確に把握しているのだから。



「何が言いたい?」


「わからねぇか? ‶目立ちたがり〟が」


「! ……ああ、わからんな」



 吐き捨てるように出された、『目立ちたがり』という言葉。

 それもエレイナが門衛へ話したことだ。

 この男が太いパイプを持っていることはもう間違いない。

 普段から情報網を張り巡らしているのだろう。

 恐ろしい男だ。


 周囲の冒険者たちから再び注目を浴びているのを感じる。

 彼らもまた、ゼレウスたちの様子を固唾を呑んで見守っていた。


 だがゼレウスが怯むことはない。

 泰然たいぜんとした態度で男と相対し続けるが、しかし返ってきた言葉は意外なものだった。



「そんな恰好してちゃ、危ないだろ? 俺は心配性でな。ちゃんと考えがあってしてるならいいが、ふざけているのならもうやめておけ。心配で仕方がない」



 胸元から「えっ」と声がした。

 よく見ると、男の厳めしい顔には純粋な憂慮ゆうりょが浮かんでいた。

 彼自身の言葉どおり、ただただ心配しているだけだということがよくわかる。



「……ふざけているわけではない。少し事情があってな。礼を言おう。お前の心配こころくばり、しかと受け止めたぞ」



 ゼレウスが笑みを浮かべ、右手を差し出す。



「そうか、それならいいんだ。気をつけろよ新人。心配で仕方がない」



 男もまた笑みを浮かべ、固い握手が結ばれた。

 互いにニヤリと笑い、離れる。

 爽やかなやり取りだ。周囲の冒険者たちの表情も思わずほころぶ。


 踵を返し、ゼレウスはエレイナと共にギルドを出た。

 衆人環視のもと黙していたフュージアが、ようやく口を開く。



「なんだろ……普通にいい人だったね? 語尾が『心配で仕方ない』だったけど」


「? うん、あの人はただの心配症のおっさんだよ。あ、おっさんって言うほどの年でもないんだっけ。まぁどっちでもいいか」


「名前くらい憶えてあげてよ、エレイナちゃん……」



 おっさんを『新人いびりする人』認定していた自分を棚に上げつつ、フュージアは言う。



「あたし、基本一人だからさ。それに嫌われるくらいがちょうどいいんだよ」


「えー? 嫌われてるような感じはしなかったけどなぁ。注目を浴びてたのも、普段いつも一人でいるエレイナちゃんが男を連れてたからかも! モテモテじゃん」


「それ全部妄想じゃん」


「ぅぐ……言うね、エレイナちゃん……」



 雑談しつつ、ゼレウスたちは街道を歩いて行った。

 ギルドを出るまで男がゼレウスの背中に視線を送っていたことには、ついぞ気づかぬままに。


 心配性の彼の中には、新たな懸念が生まれていた。

 ゼレウスが踵を返した際に生まれた懸念だ。

 あの瞬間、男の眼前をフュージアの切っ先が通り過ぎていった。

 歴戦の猛者だからか、男は避けるどころかそうなる前から戦士の勘のようなもので当たらない距離を確保できていた。

 しかし、男はまたもや心配になる。



 その背中の剣、危なくない? と。



 ……大正解である。

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