3話 お姉様?

 食事を終えた後、月夜は自宅兼オフィスへと日向を案内した。

 広々としたオフィスかわりの広間にキッチンとリビング、そして個室が備わった広々とした一室だ。

 真新しく高級感漂う空間に、日向はきょろきょろとあちこちに目を向けている。

 

 「すっごい…良い部屋だね。」

 「まぁ持て余しとるんやけどな、結局オフィスが部屋みたいになってもうてるし…個室が物置みたいになってたから日向が使ってくれるなら嬉しいわ。」

 

 月夜がオフィスに隣接した部屋を指さし、日向が頷く。

 

 「ありがとう、さっそく荷物置かせてもらうね。」

 「わかった、しかし大荷物やねえ…。」

 「あー…母さんと父さんが念のためにあれ持ってけこれ持ってけって押し付けてきてさ、結局スーツケースパンパンになっちゃったよ。」

 

 肩をすくめながら日向が大型のスーツケースに手を置く。

 月夜は納得しながら、一つ何か思い出したのかポンと手を叩いた。

 

 「せや、ごめんやけどちょっとこの後に来客あるから。」

 「そうなんだ、お仕事の?」

 「正解、ちょっと相手できひんし小遣い渡すから良かったらこのあたり散歩でも行ってきえええで。」

 「そんな、いいよ。ちょっとくらい役に立ちたいし、お客さんにコーヒーかお茶くらい用意するから。」

 

 日向がそう提案してくれるが、少しばかり月夜は頭を悩ませる。

 それもそのはず、今日の来客は吸血鬼であるからだ。

 過去に月夜が陽子とその夫と協力して倒し、今は部下として働いてくれている。

 しかし見た目は一応人間と変わらない。

 大丈夫だろうと月夜は日向の好意に甘えることにした。

 

 「分かった、じゃあ頼むわ日向。」

 「うん!荷物置いたらキッチンの案内だけ頼むよ月夜さん。」

 

 日向の言葉に月夜が頷く。

 そしてキッチンを案内し、お客用の飲み物を置き場を説明していると、インターホンが鳴った。

 月夜が応対し、オートロックの玄関口の扉を開いて数分してドアのチャイムが鳴る。

 

 「よう来たな、上がってや。」

 「では遠慮なく、お邪魔しますねぇ~。」

 

 月夜が玄関を開けるとやや間延びのする穏やかな声が響いた。

 来客は女性であった。

 腰まで届く長い髪をド派手な赤色に染めており、たれ目が印象的な美人でカジュアルな赤いドレスに身を包んでいる。

 身長は平均的な背丈の月夜どころか日向よりも背が高く、百八十センチはあるだろう。

 それでいて体つきはメリハリがある豊かなもので、全体的に色香の漂う雰囲気を纏っていた。

 手には赤い日傘とドレスには少し不似合いなビジネスバッグを持っている。

 月夜がオフィスに設置された小さな応接間に案内すると、来客の女性は不思議そうな目でオフィスを見回す。

 

 「珍しいですねぇ、お姉様がお部屋を掃除してるなんて。」

 「ちょっと来客がおってな、後で紹介するわ。」

 

 月夜がそう言うと、ちょうど日向がお盆にコーヒーを載せてオフィスに姿を現した。

 

 「日向、ちょうど良かった。紹介するわ、私の部下の毒島あやめや。」

 「どうも~はじめまして。」

 「どうも…萩原日向といいます。」

 

 来客──毒島あやめがぺこりと頭を下げる。

 日向も小さく頭を下げ、コーヒーをテーブルに置きながら自己紹介をした。

 その名を聞いたあやめの眉がピンと上がった。

 

 「あら、萩原ということは…陽子さんの?」

 「はい、娘です。母ともお知り合いなんですか?」

 「私はお姉様の部下ですもの、勿論知ってますわぁ。」

 「…お姉様?」

 

 あやめが月夜をお姉様と呼ぶと、パッと日向が月夜に目を向けた。

 

 「ああ…ちょっとあって、あやめは何故かあたしのことそう呼ぶんや。」

 「ふぅ~ん。」

 

 何故か日向がじとっとした目線をあやめに向ける。

 そうするとあやめは何かを察したように笑みを浮かべた。

 

 「長い付き合いですもの、もうお姉様にお慕いして二十年近い付き合いになりますし。」

 「…。」

 「それに貴女と違って私はお姉様と同じ吸け──」

 「あ、あやめ!ストップストップ!」

 

 吸血鬼、そう言いかけたあやめの言葉を月夜は慌ててかき消す。

 そして席から立つとあやめの耳元に顔を近づけた。

 

 「あやめッ…日向は普通の子なんやから…吸血鬼とか言わんで…!」

 「あら~あの二人の子なんですからてっきり全部知ってるものかと。」

 「あたしはそんなこと聞いてへんし…多分知らんと思うわ…仕事の話になったら遠ざけるから…!」

 「分かりましたぁ~。」

 

 あやめが頷くと、月夜は顔を離す。

 

 「まぁともかく、長い付き合いってこと──どうしたん日向?」

 「別に…。」

 

 月夜が日向を見ると、露骨に不機嫌そうにまゆをひそめていた。

 不思議そうに月夜が首を傾げ、あやめはまたしても楽しそうに笑う。

 

 「まぁまぁお姉様、コーヒーが冷めないうちに仕事のお話しましょうか。」

 「せ、せやな、ごめん日向、ちょっと席外してもらってええか、一応部外者には聞かせたらあかん話もあるし。」

 「そうそう、申し訳ないけど部外者ですもの。」

 

 これは吸血鬼関係なく本当の話ではあった。

 月夜としても日向が変なことを言いふらすとは到底思えないが、そこは弁えねばならない。

 日向はさらに表情を険しくさせるが、小さく息を吐いて頷いた。

 

 「分かったよ、じゃあ部屋にいるから、終わったら声かけて。」

 「すまんな日向、ありがとう。」

 

 日向は言われた通り、素直に部屋に入った。

 オフィスが月夜とあやめ、二人きりになったところであやめが息をつく。

 

 「ふぅ…来客って陽子さんの娘さんだったんですねぇ、言われてみればあの人に良く似てますわ。」

 「ああ、見た目はそっくりや…性格はあんま似てへん気がするけど。」

 「そうですかぁ、感情が顔に出やすかったり、似てる気はしますけどねえ~。」

 

 コーヒーを一口飲みながらあやめが言う。

 

 「お姉様、しばらくあの子を預かりますの?」

 「ああ、陽子と旦那がしばらく海外に行くさかいにな、期間は分からへんけど長引きそうならこっちの高校に編入するかもしれへん。」

 「あらあら大変ですねぇ。」

 「万が一、吸血鬼に狙われるかもしれんしな、大変やろうけどしゃあないわ。」

 「…やっぱり、お姉様は陽子さんのことがまだ?」

 「…んなわけあるかい、って言いたいけど…まだ引きずってんのが正直なとこかもなぁ。」

 

 月夜は自身の言葉に呆れたように肩を落とす。

 

 「でも、だからこそやな、あの子──日向だけは絶対に何があっても守ったる。」

 「そうですか…ま、そういうところもお慕いしてますよ、お姉様。」

 

 にやり、と妖しげな笑みをあやめが浮かべる。

 

 「やめえや、情けないこと言ってるんやから…さておしゃべりはここまで!仕事の話や!」

 「分かりましたわ。」

 

 あやめが頷き、ビジネスバッグから書類やタブレットを取り出し、テーブルに並べていく。

 

 

 

 

 

 

 そして本当に誰にも聞こえないほど微かに、バッグを覗き込みながら言葉を発した。

 堪えきれないかのように妖しげな笑みを浮かべたまま。

 

 

 

 

 

 

 「本当に…お慕いしてますわ…そういうトコロを…。」

 

 

 


 

 ===================

 


 

 

 「…。」

 

 

 

 殺風景な部屋だった。

 自分の荷物であるスーツケースとリュックサック以外、真新しい布団と小さな衣装ケースが用意されているくらいで他には何もない。

 物置として使っていたという話からなにかしら荷物があるかと思っていたが、綺麗に掃除されていた。

 日向は着ていた革ジャンを乱暴に床に脱ぎ捨て、畳まれた布団を枕代わりに床に寝転がる。

 そして悔しそうに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 「何が二十年の付き合いだよあのババア、福神漬けみたいに真っ赤な服着やがって。」

 

 

 

 

 

 

 「私だって、生まれてからの長い付き合いだっての…一応。」

 

 


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