第2話 エースキラー

 東海大会三回戦へと駒を進めた聖陵学院。

 三回戦といっても東海四県の上位3チームの計12チームが争うトーナメント戦。

 また聖陵学院は静岡県1位のためシード権となり次の試合が実質決勝戦となる。

 選手たちからすればあっという間の決勝戦進出になったのだ。


「2回勝って決勝進出かぁ」


「まぁあっという間というか、なんというか……」


 草薙球場のスタンドでそう話すのは竹下と山本。

 この二試合破竹の勢いで勝ち上がってきた事に喜びと同時になんとも言えない雰囲気を感じている。

 だが、その気持ちを持つと足元をすくわれる事は十分承知している。


「さてと、決勝戦の相手を決める試合を見ますか」


「だね」


 竹下らの目線の先にある光景は選手たちがグラウンドへと駆けていく姿。

 守備へと向かう選手たちのユニフォームにはローマ字で“MEIWA”の文字が記されている。


「決勝戦で明倭が再び来るんかな?」


 竹下らの後ろの席でそう隣にいる俊哉に話しかける秀樹。

 その質問に俊哉は腕を組みながら少し間を開け、話出す。


「うぅん 確かに明倭の投手力と守備力なら決勝へ出れるんだろうけど……」


「けど?」


「いやね 向こうのチーム、なんか気になるんだよね」


 俊哉の言葉。

 そして目線の先には初回の攻撃を待つ白に青いラインが入ったユニフォーム。

 そのユニフォームの胸の部分には漢字で“愛知明工”と書かれていた。


「愛知明工か」


 愛知明工あいちめいこう高校。

 総称は愛知明工大学付属高校である。

 愛知県を1位で通過してきたチームであり実力は十分あるチームだが、俊哉が気になるといった部分はここまでの試合展開だ。


「初戦は桐旺だっけか?」


「そうそう」


 愛知明工の初戦の相手は静岡県2位の桐旺高校。

 速球派投手である佐藤だけでなく破壊力抜群の打線が一番の売りのチームだ。

 その攻撃型のチーム相手に愛知明工は6−4と打撃力が上回り接戦をものにしたのだ。


「すげぇ接戦だったよな」


「ん?そうなのか?」


 秀樹の会話に割って入ったのは明輝弘だ。

 口調から知らない様子の明輝弘だが、それもそのはず。

 彼はここまで一度も他の試合を見ても確認もしていない。


「そういや明輝弘、他の試合一度も確認すらしてないよな?」


「まぁな 他の試合には興味が無いしな」


 腕を組みながら答える明輝弘。

 本来なら彼自身はこの試合も見ずに帰りたかった所だが、春瀬監督からの強制観戦命令が下され渋々といった所だろう。

 表情は実につまらなさそうにしている。


「どうせ決勝は明倭だろ?」


「いや、それが今日は分からないという話をしてたんだけどね」


「ほう?」


俊哉の言葉に表情を少し変える明輝弘。


「どういう事だ?」


「まぁこんな事言うと明輝弘が不機嫌になるかもだけど……」


「ん?」


 俊哉は気にしながら次に出てくる言葉が中々出てこないでいる。

 すると俊哉の隣から割って入るように竹下が明輝弘を見ながら口を開いた。


「向こうの四番打者だよ」


「四番打者?」


 竹下の言葉に明輝弘の目の色が少し変わる。

 その表情を見て俊哉は小さくため息をつくと竹下の言葉に続くように口を開き話を始める。


「愛知明工の四番打者 立松竜太郎たてまつりゅうたろうが居るからだよ」


「……ほう」


 さらに目の色が変わる明輝弘。


「そんなに凄いのか?」


「東海地区じゃあ1番って言われてるよ」


「なに?それは聞き捨てならないな 俺を差し置いて?」


「あはは 言うと思った」


 誰もがわかる反応をしてくる明輝弘に俊哉らが笑う。

 明輝弘自身も自分を差し置いて1番と言われるのが癪なのだろう。

 ここで一気に対抗心を燃やしてきた。


「まぁまぁ明輝弘 愛知県大会6本のホームランを放ってきた実力は嘘では無いと思うよ?」


「愛知の投手はレベルが低いのか?」


「あはは。それも言うと思ったぜ」


 やはり分かっていた反応だったのだろう竹下はケラケラと笑う。

 その笑いに明輝弘はムッと少し怒り気味になる。


「残念ながら愛知の投手レベルは低くは無いのよ」


「ほう」


「それに 立松の凄いところはホームランの数ではなく、打点数 チームトップの打点数を誇っていてチーム総得点の八割以上が立松から生まれている その名の通り、チームの中心打者だよ」


「面白い ならそいつより打てれば俺が上になる訳だな」


「そうなんだけどね明輝弘君 東海大会残り1試合なんだけど、立松との成績差は歴然なんだなぁ これが」


 意地悪そうに話す竹下に、明輝弘がキッと睨みつける。


「なに 高校野球が終わるまでに抜かせば良い事だ」


「あ、ニュアンス変えよった」


「ウルセェ」


 明輝弘の言葉に再びケラケラと笑う竹下。

 そんな会話をしている内にグラウンドでは試合が始まっていた。

 守備につくのは明倭の選手たち。

 マウンドにはエース土屋ではなく他のピッチャーが上がる。


「決勝戦見据えてかな?」


「まぁ明倭はどの投手が出てきてもエース級だからな 現にマウンドの荒木も他んとこじゃエース張れるぜ?」


 投手力が豊富なチームの強みだろう。

 エース土屋を温存できるのがチームにとってこの上ないプラスである。

 試合が開始されると明倭高校は俊哉たちの話通り、先発を任された背番号10番の荒木が愛知明工打線を三者凡退に打ち取る。


「さすがだな」


「あぁ 荒木も安定してるね」


 俊哉と秀樹の会話の通り、先発の荒木は調子が良さそうだ。

 ストレートに限らず変化球もキレておりそう簡単には打ち崩せなさそうだ。

 だが、明倭の攻撃も愛知明工の投手に対して打ち崩せない。


「アウト!チェンジ!!」


 三番佐藤を立松の守るサードへのゴロに仕留めチェンジ。

 初回の攻防は互いに無得点で終わる。


「次か」


「ほう 彼奴が立松か」


 明輝弘の視線は打席へと向かう体格が良く身長は約180ほどはあるだろうか。

 ユニフォームを着てても分かる筋肉質の身体の選手へと向けられた。


「よっしゃあ!こい!!」


 打席に入りながら気合を入れる為か大きな声で掛け声をしバットを構える。

 明倭バッテリーは右打席に立ちバットを構える立松を見ながらサインを出す。


(東海地区No. 1打者の立松 初球は外へ変化球で様子を見るぞ)


 キャッチャーの浅野は考えながらサインを出すと、荒木はコクリと頷く。

 荒木はセットポジションから初球を投じる。


「そういや立松にあだ名?があったよな」


「うんうん あったな」


「あだ名?」


 竹下と俊哉の会話に割って入る明輝弘。

 彼にとっては“あだ名”が気になったようだ。


「そうだよ明輝弘 立松のあだ名は……」


 俊哉が喋ろうとした時、グラウンドからは快音が響いた。

 浅野の要求したのは外への変化球。

 そのサインに対して荒木は要求通りのボールを投げ込んだ。


 しかし、そのボールを立松は思いっきり伸ばしてスイングしたバットの先端にほど近い部分で当てるとボールはライト方向へと舞い上がった。


「ら、ライト!!」


 浅野がマスクを取りながら指示を出す。

 ライトの選手がバックしながら打球を追いかけて行くも、その足は次第に弱まり最後には立ち止まってしまった。


「……エースキラー そう言われてるよ」


 そして俊哉がその言葉を言った瞬間。

 立松の弾き返した打球はライトスタンドギリギリながらもフェンスを越えて行ったのであった。


 次回へ続く。

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