鳥籠の島⑧

 日曜日、私が楽さんの家のインターホンを鳴らすと「待ってたよ」と言いながら彼が出てきた。

 そんな気はしてたけど、やはり来ようとしているのはバレていたらしい。


「おじゃましまーす」


 久々の男性の部屋に少し緊張しつつあがると、比較的に片付いた部屋が広がっていた。何と比較したかと言えば、私の部屋。

 少し手狭な1DKの部屋。慣れない匂いがするけど嫌な感じはしない。

 それにしても男部屋なんてみんな隼人みたいに散らかすものかと思っていたけれど、この部屋はちゃんと掃除もされているし物も片付けられている。

 ただ、冷蔵庫の中身は酒ばかりだった。前にも聞いていたけれど、本当に料理はあまりしないらしい。


「たまにはやるよ!たまには!」


 出来ない訳じゃないことをアピールしたいのかそんなことを言っていた。

 とりあえず、見た感じ女の気配とかはなさそうで安心した。

 あとは変な趣味でもないか、エロ本でも見つかればいいんだけど巧妙に隠されているのか発見することが出来なかった。

 後々知ったのだが、彼は電子書籍派でエロ本もタブレット端末で見ているらしい。

 これが時代か……。

 ちなみに見せてと言ったら怒られた。


「見せられるわけないだろ!」

「えーいいじゃん。ケチ」

くない!」

「彼女として彼氏の性癖を知りたかったんだけどなー」

「そんなこと言って面白がってるだけなのはわかってるだからな!」


 っち。駄目か。

 ちなみにエロ本を探す中で色んな健康器具とかは見つけたりした。クローゼットから股関節を鍛えるためのトレーニング器具だったり、倒れるだけで腹筋できるやつだったり、手頃サイズのよくわからないボールみたいなものだったり。

 運動不足解消のために買ったそうだが、あまり使われた形跡がない。そもそも普通に走ったりしたほうが健康的だと思う。

 あとは変な錠剤もあった。いわゆるサプリメントってやつだけど、とにかく種類が多い。


「もはや主食レベルで飲んでる」


 とか笑いながら言ってて頭を抱えそうになった。笑い事じゃないって。


「食事はちゃんと取らないと駄目よ」

「わかってるんだけど、面倒くさくて……」

「面倒くさがらないの!」


 そんな一幕もありながら久しぶりの彼氏との時間を楽しんだ。

 彼は優しく、でもどこか距離を感じるような。具体的にはあまり接触しないようにしているような気がした。

 別れ際にキスとかしたい気分だったけれど、言い出せず結局手を振って「またね」と言って帰った。


「で、なんもせずに帰ってきたわけね」


 隼人がつまらなそうに吐き捨てる。


「なんもじゃないし!一緒に映画見たりしたし!テレビで!」

「今どき高校生でももうちょい刺激のある家デートするだろ……」

「うぐ……」


 言い返せない。


「そ、そういう隼人は職場の先輩とどうなのよ」


 反撃とばかりに隼人が片思いをしているという相手についてつつく。


「……デートには誘った」

「で、断られたと」

「断られてねぇし!『予定が合えば』って言われたし!」

「残念でしたー!女の『予定が合えば』で予定が合うことなんてないですー」

「そんなことわかんねーし!」


 やいのやいのと言い合っていると、


 —ドン!


 と、大きな音が壁から聞こえてきた。


「やっべ……」

「あ、ごめん」


 初めての経験だけど、すぐにわかった。これが壁ドンってやつね。

 少し騒がしくし過ぎたみたいだ。


「はぁ……。ここ家賃は安いんだけど壁が薄いのがなぁ」

「ごめんごめん」


 静かになった室内には隣の家のテレビらしき音が聞こえていた。


「まあ、とりあえず泊まるのは良いけど、見ての通り狭いし布団は無いから」


私は以前来たときと同じように隼人に言う。


「じゃあベッドは私が使うから」

「はいはい……」


 隼人は「やれやれ」と言いながらクローゼットを開き中から大きな段ボールを取り出し、その中に入っている厚手の毛布をソファに投げる。


「で、今回はいつまでいるつもりなん?」

「明日には帰るわよ」

「ふーん。一泊だけなら彼氏の家にでも泊まらせてもらえばよかったじゃん」

「楽さん明日仕事だし迷惑になっちゃうし。それに付き合い始めたばかりなのにお泊りはハードル高くない?」

「既にヤってる癖に何を今更」

「それとこれとは別!」

「あっそ」


 自分で聞いてきたくせに興味なさそうに吐き捨てられてちょっとイラっとする。まあ、私達の会話はいつもそんな感じなんだけど。

 その後はあまり遅く風呂を使うと隣人の迷惑になるとかで急かされながらシャワーを浴びて適当に毛布にくるまって寝た。思っていたよりも都会の生活は世知辛いらしい。

 そして翌日、私は都内まで来たもう1つの目的のためとある旅館までやってきた。

 千代の宿ちよのやどと呼ばれる首都にほど近い場所にありつつ喧噪けんそうからは少し離れたところにある風光明媚な高級旅館。

 入口の豪華さに若干気圧されそうになりつつも、腹をくくって中へ入る。

 緊張しながらも受付で名前を伝えると女将さんが出てきて、奥の部屋へと案内してくれた。歩きながら横目で見ているだけでも調度品からしてお金がかかってそうで平良旅館とは雰囲気がまるで違うことがわかる。

 案内された応接室らしき部屋で言われるがまま席に座り女将さんと向かい合う。

 目の前にある机には事前に用意していたらしい小さいペットボトルのお茶と私が郵送しておいた履歴書。

 そう、今日は面接しに来たのである。

 女将さんは履歴書を手に取り両面に目を通してから、顔を上げて。


「小鳥ちゃん、緊張し過ぎじゃない?」


 そう言った。そして履歴書を机に置くとクスクスと笑い。


「いえ、その、すいません」

「謝ることはないわよ。別に知らない間柄でもないでしょう?」


 そうなのだ。千代の宿の女将、昌代まさよさんは以前少しだけ平良旅館で働いていたことがあり、面識がある。と言っても昌代さんが働いていたのは10年以上前なのだが。


とよさんからも頼まれてるし、取って食いやしないから安心して頂戴」

「よ、よろしくお願いします」

「はいよろしく。それにしても大きくなったわねー」


 そこからは面接、というよりはただの世間話のような話が延々と続いた。自分の幼いころの話とかされても覚えてないことが多く、私は曖昧に返事を返すくらいしかできなかった。

 楽さんと付き合い初めてから私の都会へ行きたい欲は大きくなり、行動に移すまでになった。

 お母さんに頼んで女将さんに連絡を取ってもらい、これからは中居なかいとして働く。楽さんともっと会いたいという考えもあった。でも、まだ話してない。

 大学の時みたいに離れているのを良いことに遊ばれているんじゃないかって、どうしても頭をよぎってしまって、試したくなって。

 楽さんの部屋から女の気配は感じなかった。多分、楽さんは嘘ついたりはしてない。

『お付き合いさせていただけませんか』という言葉は本当だと思うのに、でもどこかで信じ切れていない。

 本当に臆病おくびょう卑屈ひくつな私。

 その夜、初島ういじまに戻ってきた私は旅の疲れも抜けないうちに仕事に勤しんだ。

 お母さんは休んでいてもいいと言っていたけれど、なんとなく働きたくて。

 キッチンの片付けをしている途中、お母さんが切り出した。


「で、木梨きなしさんのお家はどうだったのかしらぁ?」


 真っ先に聞くのが隼人の事じゃなくてそっちでいいのかと思わなくもないが、すぐに隼人だしいっか。と思った。


「少し手狭だけど綺麗な家だったよ。隼人の部屋よりずっと片付いてた」

「遊んでそうだったぁ?」

「いや、多分ないと思う……って、何聞いてるのよ」

「あら、だって貴女、大学生の時はぁ浮気されて泣いたりしていたじゃない」

「そういうこと思い出さなくていいから!」

「ふふふ、でもよかったわねぇ。真面目そうな人で」

「そうね」


 少しの間を開けてから続ける。


「まあ、良い人、だとは思う」

「なにか含みがある言い方ねぇ」

「だってわかんないし」


 一度家に行っただけ、電話でも色々話してるとはいえ、まだ全然わからない。


「そんなものじゃないかしらねぇ」


 何が、と言いかける前にお母さんは話を続けた。


「私だって、お父さんを良い人だ思えたのは結婚してしばらく経ってからなのよぉ」

「じゃあ、お母さんは何でお父さんと結婚しようと思えたの?」

「ズバリ、直感ねぇ」

「直感って……」

「あら、大切なことよぉ?私はあの人に抱かれたらとっても安心するしぃ」

「さいですか」


 うれしそうに頬を染めて、くねくねするお母さんの言葉を適当に流す。

 親の性事情なんて知りたくはない。すでに今まで何度も聞かされたとはいえどだ。


「だからね」

「続けるのね……」

「もう一度、木梨さんに抱かれてきたらいいんじゃないかしら?」

「…………」

「その様子だと折角お家まで行ったのに何もなかったのでしょう?」

「まあそうだけど」

「小鳥は木梨さんに遊ばれているのかと不安になるくらいなら、抱かれてみればいいのよぉ。そうすれば相手が本気かどうかなんてすぐわかるはずだわぁ」


 私は無意識のうちに笑っていた。

 

「ほんっと、娘に対していう言葉じゃないよね」


 なんとなく、言ってることがわかるあたり私はお母さんの娘なのだろう。そう思う自分が不思議とおかしく、でも不思議と嫌な気持ちではなかった。

 

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