鳥籠の島⑥

 下腹部の違和感と妙な気だるさを感じながら廊下を歩く。

やらかした。

 酒の勢いとは恐ろしいものだ。なにが『会ったばかりの相手に簡単に身体を許すほど軽い女じゃない』よ。がっつり許してるじゃないか。

 いや木梨さんは悪くない。記憶が曖昧あいまいだけど、私から誘ったような気がする。そう、彼は据え膳を食ったに過ぎない……。

 あーでもよく覚えてない。頭痛いし、お腹も重い……。


「やーっと降りてきたわね」

「お母さん、おふぁよー……」


 欠伸交じりに挨拶をする。


「もう昼前よ。とりあえずシャワーでも浴びてきたら?」

「はーい……」


 適当に返事を返して、今度は誰もいないことを確認して浴場に入る。

 べた付いた身体がシャワーで洗い流されていく、ある程度はすっきりしたものの、依然として気だるさは抜けない。

 元カレクソ野郎以来ヤってないから、大学の時が最後か。こんな気だるくなるもんだったかな……。


「……何してんの?」


 着替えを済ませてから戻ると何故かお母さんが豆を研いでいた。


「わからないかしら、豆を研いでいるのよ」

「それはわかるけど、なんで?」

「もちろんお赤飯を炊くために決まってるじゃない!」

「いや、だからなんで!」


 薄々そうじゃないかなとは思っていたけれど、やっぱり見られたらしい。


「坂口さんから聞いたわよ。んふふ、いい雰囲気だと思ったけど、小鳥ちゃんってば、だ・い・た・ん!」


 寝坊した割には上機嫌だと思ったけれど、やっぱりか。


「ああ……」


 ごめんなさい。木梨さん。多分面倒な事になります。


「で、実際のところどうなのよ」

「どうって、何が」

「木梨さんのことよぉ。好きになっちゃった?」

「別にそういう訳じゃないって……」


 木梨さんがどう思っているかはわからないけれど、所詮1夜を共にしただけ。妙に手慣れた様子だったし、もしかしたら私が思っている以上に遊んでいるのかもしれない。


「えー!孫が見れるかもって期待したのにぃ」


 気が早いにもほどがある。

 勢いでヤってしまっただけで、好意があるとかそういう訳じゃない。と、思う。

 まあ、そこそこ稼いでるみたいだし、顔も悪くないし、優良物件だとは思うけど。

 でも私の方が年上だし、おっぱいくらいしか誇れるもの無いし。木梨さんは思ったより遊び慣れてそうだったし。


「ところで、なんで私を呼んだの?」


 これ以上、話を広げられる前に本題に戻そうとしたら「貴女が寝ている間に終わっちゃった」と返ってきた。

 聞けば朝一に坂口さんに話して、その後に坂口さんが裸で布団に入ってる私達を目撃して、お母さんに伝わり、その後に坂口さんが木梨さんと会ったらしい。

 坂口さんも部屋に入ってきたなら起こしてくれればいいのにと思ったけれど、起こそうとして裸だと気づいたのかもしれない。

 そう考えたら今度は部屋に入ってくるなよと思ったけれど、私が昨日部屋に入った後に鍵を閉めてなかったせいだった。

 ただの自業自得だし……。


「フェリーだけど、明日か明後日には動くらしいから、どうするか早めに考えなさいねぇ」


 そうだよね。この機会を逃したら次にいついい男を出会えるかわからないもんね。既成事実きせいじじつはあるんだし、竿が握れたなら男なんて……って、


「だから、そういうんじゃないんだってば!」

「大丈夫よ!男なんて竿を握ってしまえばこっちのものだから!」

「そうだとしても娘に言う言葉じゃないから!!」


 同じことを考えてしまったのが恥ずかしくて、声を張り上げて逃げ出した。多分、顔は真っ赤になっていたと思う。

 なんていうか、親子なんだなと改めて思いなおした。

 その夜、どうせまた飲むんだろうと思っていたら、お父さんが台風の影響が弱まったからと(漁業)組合のおっちゃん達を連れてきて宴会になった。

 台風で仕事がないから酒が飲めるそうだ。そういえばそんな歌を聞いたことがある気がする。

 ちなみにもう雨も止んだし、ちょっと風が強い程度だけど結局、フェリーは明日も欠便らしい。他県であったフェリー事故のあおりで大事を取るそうだ。

 木梨さんには悪いけれど、1日伸びて少しだけ、本当に少しだけ嬉しい気持ちになった。


「それで、あんたが小鳥ちゃんを射止めた男かいな」

「射止めたなんてそんな、あはは……」

「兄ちゃん、東京のモンなんだってな」

「生まれは秋田ですけどね」

「随分と細っこいのう。ちゃんと飯食ってるんか」

「いただいてますよ。ちょっと食べすぎちゃってるくらいです」


 木梨さんと話がしたかったのに、彼はおっちゃん達に囲まれて近づけなっていた。

 たまにこっちに視線が送られるけど、助けてほしそうには見えない。

楽しそうにしやがって。そう思いながらにらみつけてやった。


「あらあら、小鳥ちゃん不機嫌ふきげんそうねぇ」

「別に、そんなことないって」

「木梨さん取られちゃってるものねぇ」

「良いんじゃない?楽しそうだし」

「力を貸してあげましょっか!」

「は?」


 お母さんはサッと立ち上がり、おっちゃん達の中にずんずん踏み込むと、木梨さんの腕を取って立ち上がらせて、そのままこっちに連れてきてしまった。


「後はごゆっくりぃ」


 そう言い残すと、再びおっちゃん達の中に入り込み、木梨さんが座ってた位置に腰を下ろした。


「えっと……」


 あっけにとられた木梨さんと、何も答えられない私。

 聞きたいことがあったはずなのに、なんだったのか思い出せなくなった。


「部屋に行く?」


 しばらくの間を開けて木梨さんがそう言った。


「……うん」


 短い言葉、それだけで私はしおらしくなってしまう。

食堂から出るときに。冷やかされるかと思ったけれど、場の盛り上がりのお陰か、誰にも気づかれることなく抜けることが出来た。

 どうしたんだろう。ほんと。こんなの私のキャラじゃないのに……。


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