ブルースカイ④

 昔から人の好意というものが苦手だった。

 その気持に対して何をしてあげたら良いのかが判らないから。

 だからなるべく人と関わらないようにしていた。

 俺は彼女の思いと抱えるだけで精一杯で他の人のことにまで気にかけて居られない。

 その、はずだった。

 ある日、いつもの場所で昼飯を食べようと大学裏の木陰に行くと、女の子がうずくまっていた。

 面倒そうな匂いがするのでどうしたものかと離れたところから様子を見ていると、女の子が涙を流しているのが見えた。

 目に入った瞬間、いつかの記憶が蘇る。

 あの頃。彼女が見ていた俺もああだったのかな。

 そう思った。だから、柄にもなく声をかけてしまったんだ。

「時化た顔してどうした?見てみろよ。空は晴れてるぞ」

 彼女の言葉を真似て。

 女の子はいきなり声をかけられたことに驚いて身体をビクッとさせてからゆっくりと顔を上げた。

 そして俺の顔ろ見るなり、

「あなたの顔だって湿気てるじゃないですか」

 そう言った。しかも嘲笑わらわれながら。

 やっぱ彼女の様にはいかないな。

 とは言え、女の子は少なくとも泣き止み、落ち着きを取り戻した様子だった。

 ここは俺が弁当を食うベストプレイスなので、落ち着いたのなら退いてもらおうと思ったのだが、俺が口を開くよりも早く女の子は聞いてもいないのに泣いてた理由を話し始めた。

 なんでも地方から出てきて、初めに仲良くなった友達に彼氏を盗られたらしい。しかも、その友達は大学もバイトも同じで行きづらいとか、なんかドロッとしたものをブツブツと言うのだ。

 諦めて飯を食い始めても、何も気にすることなく話し続けられ、正直やめてほしかったのだが、声をかけてしまったのは俺自身なので仕方なく聞きながら空返事を返しておいた。

 食い終わる頃になっても、話が終わる気配がなかったので講義があると言って話を切り上げる。

 去り際に「いつもここで飯食ってるから」と言い残して。

 暗に“飯食う邪魔だから来ないで”と伝えたつもりだった。のだが、女の子は翌日も居た。しかも弁当箱を持って。

 更にその翌日も。

 隣で勝手に話される中で女の子が後輩であることを知った。上京してきたとかのあたりでなんとなく察していたけれど、2個下、つまり新入生らしい。

 まあ、もう秋口だし新って感じでも無いが。

 飯を食い終わったらしばらく空を見上げるのが俺の日課だ。彼女が亡くなる前、俺に空を見上げてほしいと言っていた。だから俺は彼女の願いの通りにただ空を見る。

 その間も女の子は話しているが、耳には入らない。

 今日の空は薄雲がうねり、風は湿気ている。雲が流れてくる方を見れば大きな黒雲。

 明日は雨でも振りそうだ。もしかしたら夕方には降り出すかもしれない。

 雨の中来ることは無いと思うが、念の為立ち去る前に女の子に「明日は来ない」とだけ伝えておいた。

 女の子はなぜかと聞いてきてた気がするけど、適当に手を振って流す。

 予想通り翌日は雨だったため、1人食堂の窓際で飯を食った。1人で飯を食うのはたかが数日ぶりのはずなのに、久々な気がした。それだけ女の子が騒がしかったということだろう。

 なんとなく昔の俺と重なって見えたから声をかけてしまったが、別に関わりたいわけでは無い。

 何で懐かれたのか知らないが、横から話されていると落ち着いて空を見れなくて邪魔だ。

 だから冷たくあしらっているはずなんだがな…。

 ほんっと、なんでサークルの部室にまで現れるんですかね。

 2連続の雨で女の子とは出くわしていなかったのだが、講義後にサークルへ顔を出すと何故か女の子が部員共に囲まれていた。

 サークルのことを教えた記憶はおろか、俺の名前すら教えてないのに。

 このサークルは気象予報士に成りたいやつとか、管制官になりたい奴とか、とにかく空に憧れがある奴らが集まっただけのサークル。だから名前は気象観測部。

 ちなみに俺は1年の時にサークル勧誘から逃げるために入った。俺と、俺の同期の3年が2人、2年が2人の計4人しか居ない弱小サークルだ。

 その俺を除いた3人に女の子が接待を受けていた。何ていうか姫ってこういう状態を言うんだろうななどと呑気に思った。

 最も、接待を受けている本人はおどおどしながら、入ってきた俺に助けを求めるような視線を送っているけど。

 気持ちはわかる。奴らの目怖いもん。女っ気がないからってギラギラしすぎだろ。部長の俺が入ってきたことも気づかないくらい女の子に夢中だし。

 始めは勝手にサークルにまで来た腹いせに放置して回れ右しようかとも思ったが、流石に飢えた野郎共に囲まれたままなのは可哀想に思えたので、声をかけて止めさせる。

 部員共の囲みが緩まった途端に女の子はスルッと間を抜けて俺の背に隠れてしまった。

 次の瞬間、俺は部員共から質問の嵐に巻き込まれた。非常に迷惑極まりない。知り合いではあるが友人でもなんでも無い。なんなら名前すら知らん。

 ひとまず、部員共には当たり障りなく知り合いだと言う旨を伝えて宥める。あまり納得していない様子だったが、放置。面倒くさい。

 それから俺は女の子にどうして来たのか、どこでサークルの事を知ったのかを問い詰める。

 部長の俺が言うのもどうかとは思うが、このサークルは学内でもかなり影が薄い。しかも隣が天体観測部の部室なので尚更うちに流れてくる部員は居ない。

 偶然来た、というのは無理がある。

 すると女の子は、俺が急に来なくなったので3年生に俺のことを聞いたと話した。その相手が俺以外の3年部員。同期であるとも。

 同期がにんまりとしてるってことは本当なんだろう。余計なことをしやがって。

 まさか入部するなんて言わないだろうな。と思ったらそのまさかだった。勘弁してくれ。

 と思っていても、人の少ない弱小サークルに入りたいと言う1年の言葉を俺の気持ちで断る訳にもいくまい。

 少なくともサークラしそうなタイプじゃなさそうだし、何より紅一点の入部発言で部員共が盛りに盛り上がっている。水を刺したくはない。

 仕方ない。

 深い溜息を付きながら、俺は渋々と入部届を受け取ったのだった。

 どうせ弱っているとことに声をかけたせいで一時的に気が傾いているだけだろうし、時間が経てば勘違いだと気づくだろう。

ちなみに入部届を受け取る際に、俺が女の子の名前を知らないのは話を聞いていなかったからだと判明して怒られた。主に部員共から。

 やっぱ、入れるんじゃなかったかな。

 それからは部員共の提案で歓迎会が開かれた。野郎の下心が見え見えなのが非常に嘆かわしい。

 俺は酒があまり得意じゃないから一切飲むことなく事の顛末を見ていたが、部員共は勇敢に戦い、そして散った。

 女の子は部員共の倍は飲んでも平然としているくらいの酒豪で、潰そうとした部員共は返り討ちにされたのだ。彼らの勇姿はネタにならなくなるまでは忘れないだろう。

 とりあえず、潰れた部員共はタクシーにぶち込んで、送ってくださいとかほざいている酒臭い女の子にもご丁寧にお帰り願ったタクシーに放り込んだ

 1人になり、街の喧騒がどこか寂しく感じられる中、また俺は空を仰ぐ。

 都会の光に照らされた空は星もなく、月もビルに隠れて見えはしない。押しつぶすような黒い空。だが、見えないだけで星はそこにあるし、少し歩いて見方を変えれば月は輝いている。

 いずれまた日も昇る。

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