第4の系統

「東の湖ですか?」


 確かこの街から多脚車で2時間ほど行ったところにある大きな湖だ。普段は漁師くらいしかいかない。

 ただ、この湖から流れる水系は、街の生活用水としても用いられている。

 魔物が住み着いたとなれば、遠からず何かの影響が出るだろう。


 狩人ギルド長のマッシモが飲み物を一口飲む。


「ああ、そうだ。漁師からそれらしい被害が報告されていたが、遂に先日、魔物が発見された」


(湖に住む魔物。今まで会ったことがなさそうだ)


「そうですか。今日、行ってみますね」

「今の所、F級程度しか見つかっていないが、もっと上もいるかもしれん。用心しろ」

「わかりました」


 ギルド長のマッシモは立ち上がると、奥の部屋へと戻っていく。

 早朝、まだ誰も来ていない中、朝早く魔物を届けにくるソリオンのために、わざわざ起きて魔物の処理をしてくれている。

 そのため、今から開店時間まで暫しの仮眠に入るのが日課だ。


 カルロッタが受付から話しかけてくる。


「ソリオン君、今日もやるよ。こっち来て」

「はい」


 ソリオンが受付の前まで行くと、カウンター越しに、ソリオンの頭にニキシー管のようなものがついた魔導具乗せる。


「はい、リラックスして」


 カルロッタは頭の魔導具から、配線つながる手元の水晶を眺める。

 水晶には、シナプスのネットワークのような線が複雑に絡み合った模様が写し出される。線の上を、光の粒が頻繁に行き交う様子がわかる。


「特に変わりはなさそうね」


 ソリオンはその言葉聞き、頭の魔導具を丁寧に取り、カルロッタへと返す。


「いつも、すみません」

「本当よ。なんで<精神遮断>なんて習得しちゃうかな」

「そうですね」


 <精神遮断>という<特技スキル>は、精神攻撃を防ぐという効果があるが、同時にデメリットも存在する。


 むしろ、世間的にはデメリットの方がよく知られているくらいだ。

 それは、徐々に感情が抜け落ちていく、というものだ。


 最終的には外界からの刺激に対して、何の反応もしなくなるため、生きる屍になると揶揄されている。


「お姉さん、ソリオン君が生きる屍になったら悲しい。でも、そうなったら家でお世話してあげるから安心してね」

「全くその兆候はなさそうですし、当面、大丈夫だと思います」


 ソリオンとしては、妹イースが独り立ちし、魔物図鑑を埋め終わるまでもってくれれば問題ないと考えている。


「今のスルーするところ?」

「はあ」


 いつも通りのやり取りだ。

 おそらく、カルロッタは<精神遮断>を習得してしまったソリオンを何とか励まそうとしてくれているのだろう。

 しかし、時折、本気なのではないかと感じる時がある。


「さて、仕事に行きます。カルロッタさんも頑張ってください」

「えー、ヤダ。ゆるゆるやりたい」


 駄々をこねるカルロッタを尻目に、狩人ギルドを後にする。



 一度、自宅で汗を流し、レビ薬工店へと出勤する。

 店の前まで着くと、ソリオンは隣の納屋に武器をしまい、店の中へと入る。


「おはようございます」

「遅いじゃないか。遅刻だよ」

「はい、申し訳ありません」

「はぁ、可愛げのない子だよ、まったく」


 店主であるレビが大袈裟にため息をつく。

 見慣れた風景だ。


 ソリオンは気にせずに、店の中にある水場で濡らした布を固く絞り、従魔たちを丁寧に拭いていく。

 随分、体が大きくなった従魔たちは、材料などの在庫が保管されている所で寝る為綺麗にする必要がある。


 そして、ソリオンは慣れた手付きで、雑務を片付けていく。


「いつ見ても、信じられないくらいの手際の良さね」


 今年で20歳となり、少し大人びたネヘミヤが後ろから声をかける。

 

「毎日やってれば、そうなりますよ」

「いや、無理だから。ソリオン君は"至妙しみょうの魔力"もかなり多いみたいだし、人並み以上に器用なの」

「あんまり実感ないですけど」


 ネヘミヤが、レビとは違う意味で、ため息をつく。

 以前は、午前いっぱい掛かっていた作業も、今では1時間もあれば片付いてしまう。

 片付けが終わったところで、奥の工房からレビが声をかけてくる。


「終わったなら、こっちも手伝っとくれよ」

「わかりました」


 工房に入り、ソリオンは<付与>をかけながら、様々な薬を作っていく。


「お前さんは、魔力だけは多いから助かる。私やネヘミヤは<付術士>じゃないと作れいない薬だけに専念できるさね」


 <付術士>は、単に魔力を定着させるだけではなく、属性のある魔力や特別な効果を付与できる<系譜>だ。


 ソリオンが有り余るほどの魔力を使い、大半の一般薬を作るため、レビやネヘミヤは特別な薬の生成のみに注力できている。

 通常は、1人がどちらも作る必要があるため、1日に作れる薬には限りがあった。


「いえ。賢帝の涙の材料をいつも使わせてもらってますから」

「正直、あれはいただけないね。正気じゃない」

「でも、あの薬の効果は本物ですよ」


 レビはソリンを向きもせず、薬研に新しい材料を混ぜていく。

 

「お前さん、この世であらゆるものに効く万能薬を知ってるかい」

「そんな薬があるんですか?」

「ああ、あるさね。それは、”思い込み”だよ。これ以上に色んなものに効く薬はないのさ」

 

 (賢帝の涙は絶対、本物だと思うんだけど)


「薬できましたよ。ここに並べておきますね」

「すまないね」


 そして、習慣になっている賢帝の涙を、隣の部屋で作りはじめる。

 もはや無の境地に達したソリオンは、悪臭漂う中、淡々とり混ぜた後、強烈な不味さを脳に叩きつける賢帝の涙を、当たり前のように服む。


 この2年、欠かさずやってきたことだ。


 ソリオンが水で口をゆすいでいると、店の方が騒がしくなる。

 

 ネヘミヤが珍しく声を張り上げている。


「帰って!」

「御挨拶だね」


 ソリオンがその様子を見に出ると、初老の女性がいる。

 仕立ての良い上品な服を着ており、縁が大きなメガネをかけている。


「あら、かわいい坊やじゃないか。いつも人手不足のレビ薬工店も従業員が増えたようで何より」

「誰のせいよ!」


 ネヘミヤが更にくってかかる。

 見兼ねた様子のレビが工房から出ていく。


「ノエミ……。あんたがここに来るなんて、どんな要件だい」

「お久しぶりじゃない、レビ。元気そうで」


 ノエミと呼ばれた初老の女性は、ねっとりとした視線で店内を見回す。

 

「でも、あんまり流行ってなさそうじゃない」


 その言葉に、ネヘミヤの怒り心頭といった様子だ。


「あんたが、色んなところに手を回したんでしょ!?」

「ネヘミヤ、落ち着きな」

「おばあちゃん。でも…」


 悔しさに唇を噛んむ。


「で、何の用だい?」

「気になる事を聞いたんでね。随分、腕のいい薬師を抱えたそうじゃない。どんな奴なのかを見にきたんだよ」


 レビは腕にある古傷を撫でる。


「あんたには関係ないさね」

「それが関係あるんだよ。聞いたかい。東の湖に魔物が住み着いたらしいじゃない」


 レビは心当たりの無さそな表情だ。


「ああ、狩人ギルドはウチと契約しているから、まだ知らないか」


 初老の女性ノエミは嘲笑うようにレビを見る。

 

(確か狩人ギルドはペトルッチ薬工店って所と提携してるんだっけ)


 以前、アレルギー反応を起こした職員を救った時を思い出す。


「…で、それがどうしたんだい」


「東の湖はエーエンの森と違って、人外の領域として捨てるわけにはいかないじゃない。あそこの水で街は暮らしてるんだし。つまり、大掛かりな討伐が始まるってことだよ。討伐にはケガが付きものじゃない?」


「つまり、これから薬が大量に必要ってわけかい」


「そうそう。……だからね、貸して欲しいんだよ。その薬師。こんな店にいるんならウチに来てもらった方が、幸せってもんじゃない? このノエミ=ペトルッチなら最大限に薬師を引き立てることができる」


 ネヘミヤがソリオンを一瞬見た後、うつむきながらつぶやく。


「勝手なことを…」


 レビはため息をつき、ソリオンを見る。


「ソリオン。お前さんはどうするんだい?」

「僕ですか?」

「そうさね。あんたが作る薬が必要らしい」


 ペトルッチ薬工店のノエミは、一瞬だけ意表をつかれたような表情になるが、すぐに商売人独特の見定めるような視線に変わる。


「レビさん、薬が足りないなら、この店で作ったものを売れば良いのでは?」

「ギルドは普通1つの所としか提携しないのさ。その代わり、提携先のために潤沢に薬を用意しておく義務を負うさね。そして、大半のギルドはノエミの店と提携してる」


(だから、大口の顧客がいなかったのか)


 ソリオンは不思議に思っていた。

 レビの腕は良く、薬の出来は街一番とすら思っているにも関わらず、馴染なじみのある個人の客しか買いに来ない。


「……ノエミさんと言いましたか。自分はここ以外で働くつもりはありません」

「いいのかい? レビは思っているような立派な人間じゃない」


 ノエミが、傷の腕を摩るレビを睨みつける。

 レビはノエミから目を逸らし続けている。


「こいつはね。 使えない武器を売りつけて、んだよ」


(使えない武器? 死に追いやった?)


「レビさん、本当ですか?」

「……死なせてしまったのは事実だよ」


 ノエミはメガネの縁をクイッと持ち上げ、ソリオンをみる。


「よく考えてから、判断するだね」


 そう言い残すと足速に店から出て行った。

 

 レビはその後、何も言わずに1人工房の奥にある自分の部屋に入ったきりだ。

 店は重い雰囲気が流れている。


「ネヘミヤさん、さっき話は本当なんですか?」


「…おばあちゃんが話したらがらないから、詳しくは分からないけど、おそらく本当」


「そうですか」


「若い頃は武器専門の<付術士>だったらしいけど、その武器を使ってた人が、魔物のとの戦いで何人か亡くなったらしいの」


「でもレビさんのせいとは、限らないですよね? 魔物との戦いで亡くなることは起こるです」


 ネヘミヤは苦しそうな顔をする。


「おばあちゃん、魔導式じゃなくて、珍しく魔工式を専門にしてたから……」


(魔導式? 魔工式?)


 聞いたことのない言葉が出てくる。

 ソリオンがそれが何なのかを聞こうとした時、ブリースがコウモリのような羽を嬉しそうに羽ばたかせて、飛んでくる。


「えらい! 魔導具なんて、摂理に反する物よ。魔工具にするべき 」


 普段、人の会話に入ってこないブリースのテンションが高い。


(ブリースが魔導具を使うことなんて無いだろうに)


 あまり気にしていなかったが、ブリースにも好き嫌いがあるようだ。

 そして、ブリースの言葉は、気落ちするネヘミヤにとって、嬉しいものであったようだ。


「ブリース、ありがとう。おばあちゃんもそう言ってた。魔獣石の魔力で得る力なんて、本物じゃないって」


「わかってるじゃない」


 2人の話に花が咲き始める。


(完全に蚊帳かやそとになってしまった)

 

 仕方なく、その場を離れる。

 


 

 正午過ぎ、街を出た街道にソリオンは歩いている。

 家族と昼食を済ませ、今から東の湖へと向かうのだ。


「よし、行こう!」


 ソリオンは、エーエンの森ではなく、東の湖へと向い始める。

 途中、イチに騎乗しながら、横を飛ぶブリースへと話しかける。


「ねえ、ブリース。東の湖に魔物がいたことは知ってたの?」

「……知ってはいた」

「なんで案内してくれなかったの?」


 ブリースは答えない。

 そのまま何も言わず、頭の上を飛ぶニーの方へと消えていった。

 

(ブリースにはブリースの思惑があるんだろうけど)


 釈然としないまま歩いていくと、眼前に大きな湖が目に入る。

 湖の対岸ははっきり見えるが、普通の人が泳いでいけそうな距離ではない。


 湖のほとりには、岩で作られた小屋や桟橋さんばしが集中している場所が、いくつか見てとれる。


(漁港かな)


 街の外で暮らす人はあまり居ないため、漁で獲れた魚を仕分けるための施設だろう。


「おい! あんまり近づくと、怪魚が出るぞ!」


 ソリオンが振り向くと、ツナギを着た真っ黒に日に焼けた男がいる。

 おそらく漁師だ。

 イチとサンが振り向くと、男は少しだけ体を遠ざける。


「怪魚ですか?」

「知らないのか。最近、湖に魔物が住み着いたんだ」

「それ狩りに来ました」

「本当か?しかし、その魔物達に狩ってもらうのは無理だぞ。相手は水の中だ」


(確かに。ニーは当然として、イチとサンも水の中で戦えないだろう)


「そうですね。とりあえず状況を確認します」

「ああ、用心しろよ」


 忠告すると、男は近くの小屋に戻っていった。


 ソリオンは湖畔にある桟橋さんばしでイチから降りて、湖を覗き込む。


(深いな)


 まだ陸から、何メートルも離れていないにもかかわず、底が見えない。

 全く視界が悪いというほどでは無い。水はある程度は透き通っている。

 

 ソリオンがどうしようかと考えていると、水の中を何か大きなものが泳いでいる様子が目に留まる。


(1mはありそうな魚だ)


 その魚は緋色で、美しく光を反射している。

 時折、横向きになりながら、水面を確認している。

 まるで、ソリオンが落ちてくるのを、今か今かと待っているかのようだ。


(おそらく、これが怪魚)


 相手の能力がわからない上、どれほど数がいるかも分からない。

 このまま飛び込むは無謀が過ぎるだろう。

 少なくともソリオンが習得した<特技スキル>である、<反響定位>や<魔力感知>で探ると、付近にはそれなりの数がいるように感じる。


「イチ、もっと浅いところを探そう」


 ソリオンは湖畔を回り始める。

 湖を四半ほど回った時に、広めの川に突き当たる。

 川の深さは腰ほどだろう。


「渡ろう」


 水の中へと入っていく。

 サンははねを高速で羽ばたかせて、飛びながらついてくる。


 イチの半身が浸かる川の中ほどに来た時、何かが猛スピードで向かってくる気配を感じる。


(何か来る)


  ソリオンが素早くほこを構えた時、イチの足元あたりを、素早く何かの影が通りすぎる。



冷脚れいきゃくだ!」


 イチの足元から急速に川が凍り始める。

 ソリオンが、イチへ魔力を与えると、さらに氷が広がっていく。

 イチが氷で作られた足場へと上がる。同時に、サンが氷の上へと着地する。


 辺りを注意深く探ると、向かってくるの存在を感じる。

 ガリガリと水中で氷を砕く音を立てながら、ソリオン達を取り囲むように徐々に距離が詰められていく。


「サンは臨戦準備」


 サンが、口から毒の泡を作り体にまとわせる。

 


 周囲の音が一時止み、川の流れる音だけが辺りに響き渡る。



 次の瞬間、氷の中から30匹は降らない魚達が、一斉に飛びかかってくる

 魚は、巨大に発達したあごと牙を持ち、緑がかった体色に、鮮やかなピンク色の筋が入っている。


(ピラニアみたいだな)


 牙を持つ魚を避けながらも、一体だけ鉾で一突きにするが、数が多過ぎる。

 ソリオンは、鉾を氷に突き刺すと、短剣に持ち替える。


 ソリオンに避けられた魚達は、氷に打ち上げられるが、すぐに下の氷を噛み砕き、氷の中へと戻っていく。


 一方、サンに群がった魚達は、毒を受けながらも必死に噛みついている。

 しかし、サンの外皮を貫通できず、ハサミで無惨に切り落とされていく。


(サンを主軸にした方が良さそうだな)


 サンの周りを歩くようにイチに指示する。

 再度、牙のある魚達が、一斉に飛びかかってくる。

 多くの個体が、サンへと死のダイブを仕掛けていく。

  

 ソリオンも攻撃を交わしながら、短剣で2体素早く、切り伏せる。

 その時、牙を持つ魚達の中で、一回り体の大きく、魔力の強い個体が目に入る。


(変異個体か!?)


 ソリオンは、素早く光の球を作り出す。

 

「イチ、冷脚を全力で!」


 大きな個体が、攻撃を躱され、氷に叩きつけられたところで、強烈な冷気が襲う。

 大きな個体の体表にしもが降り、動きが一瞬停止する。

 他の魚達も同じように、イチの冷気とサンの毒にピクリともしなくなっていく。


 ソリオンが光の球を、大きな個体へと投げると、魚はそのまま光の中へと包まれていく。

 

 その後、光の球は大きく揺れるが、暫くすると動きが止まる。

 光が小さくなると、大人しくなった魚が出てくる。


 魔獣石がソリオンへと取り込まれると、魚の額に赤い模様が浮き上がる。

 それを確かめると、ソリオンは急いでイチから飛び降り、素早く魚を抱えると川へと投げ入れる。


(間に合ったか!?)


 魚は力無く、時折、横向きなりながらも生きている。

 一安心だが、暫くの間、見守ることになりそうだ。

 

「今日は、この子が元気になるまで、ここで待機かな」


 <悪食>の飢えを満たすため、倒した魚型の魔物を、生で食べながら時間を過していく。


 待つ間、魔物図鑑を確認する。


 ■----

 ・系統 怪魚

 ・種族 デンティピス(変異個体)

 ・階級 F

 ・特技 <甲牙> <消化> <水弾>



 今日、新しい従魔が加わった。

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