第18話 愛の結晶

 両軍相打つ。

 人間の力と魔物の力が戦場を、轟音の渦に巻き込んでいた。


 無数に入り交じった喧騒の中で、黒竜フェブリスは後方で時を待つ。

 魔術支援攻撃の指示で魔術師たちが魔力を練る中、彼は瞬間移動で戦場へと赴いた。


「さぁショータイムだ!! 戦場に愛をもたらそう!」


 地面から巨大な魔方陣が現れる。

 そこから這い出るようにぐちゅぐちゅとコールタールのようなものがうごめき……。






「グァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 出てきたのは背面同士がくっつきあった漆黒と腐敗の巨人だ。

 互いに足取りを合わせながら戦場にその拳を叩きつけ始める。


「おぉ~動いてる動いてる……ありゃ、味方まで巻き込んでる。でもまぁいいか。それにしても……うぅん、良いデキだ」


「黒竜様、これは!」


「あぁリンデ君。どうだいスゴいだろう。作るのに苦労したよ。……人間って割りと脆いからねぇ。心を壊さないように切って砕いてすりつぶすのは中々に難しい。それも生かせたまま魔物に改造するのはねぇ」


「これは……」


「そのための!! 愛だよ!! 片方の目の前で愛する者を傷つけようとすると必ず止めようとする。大声で。自分が身代わりになるとね。だから絶妙なバランスと最高のタイミングで交互に切って砕いてすりつぶす……。愛は怒りに、愛は悲しみに、愛は……パワーに!!」


 直後、凄まじい衝撃波と粉塵、ならびに血煙が舞う。


『ガァァァァアアアアアア!! どこだ、どこだクソ魔術師!! 殺してやる、殺してやるぞ!!』


『ゆるざない……よくも、よくもぉおおおおおおおお!!』


「おや、ワタシをご指名かな」


「制御できないものをなぜ作ったのですか……こっちに来ますよ!?」


「でもこれは想定外だねぇ。本当はあれをキッチリ操って戦闘を即刻に終わらせるのが目的だったんだ。そうすれば戦乙女が来ても変に戦わなくてもすむかなぁって……やれやれ、物事は思うようにいかないものだねぇ」


 そうこう言っている間に巨人が黒竜フェブリスを見つけ、怒りのままに拳を振り下ろす。


「────変身」


 彼の呟きとともに、粉塵が舞い上がる。

 間一髪のところで逃げ切ったジークリンデ。


 主を置いて逃げる僕など言語道断だろうが、あの黒竜フェブリスに至ってはその心配をする必要はない。


 ────かの姿、鎧をかたどったあの本性を前には。


『このクサレ外道がぁぁぁああああああ!!』


 渾身の一撃を受け止められさらに怒りを爆発させる巨人。


「愛が繋がり合うよう手伝ったつもりだったんだが、不服のようだねぇ」


『戻せ!! 元に戻せえええ!! 戻せよーーーーぉぉおおお!!』


 背面の巨人が叫ぶや、炎魔術が雨あられ。

 声からしてあの少年だ。


「凄まじい炎だ。これほど強くなったのに戻せとは……勿体ない。まぁ無理だけどね」


『貴様……貴様……、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!』


「君もぉ。ようやく彼と一心同体になれたんだ。よかったねぇ。これでずっと彼を守れるよ」


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


「やれやれ困ったものだ。ずっと一緒にいたいとふたりして言ってたのに。わざわざ人間の姿にこだわるとは……。残念だがワタシにも予定があるんだ。戦乙女が来る前に、君たちを吸収させてもらうことにしたよ。愛の怒りを存分にぶつけたまえ」


 黒竜フェブリスは飛び上がり、巨人の頭をつかむや力任せに地面に叩きつける。

 地響きとともに倒れ込む巨人だったが背面の巨人がなにかをわめきながら、術式を展開した。


「さすがだねぇ!」


 魔術を使用される前に空中で黒竜フェブリスは右手をそっと出し、エネルギーをためる。

 高出力の魔力弾には違いないが、ボコボコと泡立つようにうねり、やがて掌で弾けとんだ。


 矢のように飛び出る無数の魔力弾。

 それぞれが追尾機能ホーミングを持ち、巨人の全身を強く抉っていく。

 

『いだいッ! いだいぃぃいいい!!』


『ウワァァアアア!!』


「君たちのお陰でワタシは新たな一歩を踏み出せた。君たちを制御できないのが残念だ。……いや、愛を制御するなど、それこそ思い上がりだったのかもしれないね。君たちにはそれを教えてもらったよ」


 空中からのヴォイドニック・スラッシュ。

 せめてもの礼として、その魂を喰らい、自らの糧にする


 だが次の瞬間、彼の行く手を遮るようにふたつの光が現れた。


「ほぉ、これはこれは……ついに現れたか」

 

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