第10話 愛だよリンデ君

 悲鳴が上がりそうになった彼らをなだめるように、黒竜は飄々とした態度をとった。


「諸君、この度はお騒がせしてしまって大変申し訳なかったね。戦乙女の魂を吸収できて、ワタシは大変満足だ。……で、君たちの命だが」


 国王が唾を飲む。

 誰もが死を覚悟したが、黒竜の反応は違った。


「喜んでほしい。この場にいる君たちは殺さないでおくよ。世界が滅ぶまで残りの人生を存分に楽しんでくれたまえ」


「黒竜様?」


「まぁまぁリンデ君。首尾は上々! 今日はたくさん運動したしねぇ。……でもまぁ、折角来たんだし少しだけ破壊はさせてもらおうか?」


「はい、そのほうがよろしいかと」


「は、は、破壊だと!?」


「ん、そうだよ国王陛下。そうだなぁ。この王都の半分、フッ飛ばさせてもらうよ。被害者は出るだろうがそこは我慢してくれたまえ」


「許すわけなかろうそんなこと! おい、早くこ奴を止めろォォォオオオッ!!」


「と、と、止めると言ってもどうやって!? あの戦乙女様ですら敵わなかったのに」


「いいからやれぇえ!!」


 だが国王の命令も虚しく、黒竜の掌から放たれる高出力の魔力波が王都の東側を一瞬にして塵にした。

 この超常的な破壊にひと言も発することなく腰を抜かす。


 絶望のスケールが大きすぎて感情が追い付いていないのだ。


「……ふう、こんなもんだろうね。少し派手だったかな?」


「完璧かと」


「では次の場所へ行こうか。新しい出会いが待っているよ!」


 ふたりは踵を返して王都を後にする。

 

「ところでリンデ君。君が戦ったあの騎士だが……、彼は戦乙女とどういう関係だったんだい?」


「元上司と元部下といった感じでしょうか」


「ままならないねぇ」


「色々あったようですね。途中で別の女騎士も出てきて彼を守りましたから」


「女騎士……そう言えばなぜ彼を守ったんだろう? なにか言ってた気がするけど」


「なぜって……まぁ、愛し合っているから、でしょう。愛する人がピンチだったから守りに来た、といった感じでしょうか」


「愛し合っている……」


 黒竜が足を止めた。

 

「なるほど、愛か。愛の力……それも確かに強そうだ。なんてったって、愛しの彼を守るためにリンデ君に立ち向かったわけだから。怖かったろうに……。でも、それが人間を強くしているというのなら、ふむ」


「黒竜様?」


「決めた。決めたよリンデ君! ワタシも愛そう! !!」


 突然の宣言にジークリンデはギョッとする。

 その鎧と混沌の中からどうやったら愛という思想が錬成できるのか。


 そしてもちろんのこと、その愛は歪んでいた。


「ワタシはワタシの愛で、世界を破壊する!」


 曰く、正義と別の正義が対立し合うように、愛もまた別の愛と対立し合うのではないか。


「愛は世界を救う……ならば、世界を滅ぼす力を持ちえるのも、また愛だと思うのだよリンデ君」


「愛、ですか」


「ん? どうしたんだいリンデ君」


「いえ、別に。私とって、愛は理解の遠いものですので」


「そうか。だがそういう意味ではワタシも同じだよ。いやぁ~楽しみだなぁ。ワタシにはもっともっと学ばなければならないことが多そうだ。フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 この結論に対し、ジークリンデは表には出さなかったもののやや不満そうだった。


「意外ですね。かの黒竜様が愛で世界を破壊しようなど……」


「人の世界を支えているのは人の力だ。それを壊すのは簡単なようで簡単じゃあない。全盛期のワタシはそれを見抜けなかった。……見せてもらうのさ。彼ら彼女らに」


 人間という未知なる可能性の世界。

 向けられるのは邪悪な質量を持った好奇心。


 彼の心の中では奇妙な化学反応が起きようとしていた。

 無論、それは世界を巻き込む脅威となりうるわけだが……。


「君もどうだい? 愛!」


「ご遠慮いたします。私は私のやり方をさせていただきますので」


「もったいないなぁ」


 再び歩みを進めるふたり。

 今回の事件はふたりが思っている以上の速度で周辺諸国に伝達された。


 当然それは各地の魔王たちの耳にも入り、世界中で厳戒態勢が敷かれることとなった。


 世はまさに黒竜による大恐慌時代を来す。 

 

 

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