第33話 真犯人の動機はくだらないものでした

 回想には少々時間がかかったが、彼は未だ勝ち誇った顔をしている。

 僅かな情報から、吾輩が近衛の駐屯地によってきた事実を当てたのは見事と言って良いが――


 憎き吸血鬼が近衛師団第2連隊の皆さんを皆殺しにしたと信じているのだろう。頭の回転が速いと勘違いが壮大で困ったものだ。


「少々心残りはあるが……。いいさ、俺の策は成った。祖国の行く末をこの目で見るのは諦める」


 ふむ。


 それにしても、まぁ。自分の計画が達成することを強く確信しているらしい。自分の死を当然のように受け入れてなお、目の光が失われていない。


 どういうことだ? 留学王女と共に行動していたのだから、魔王様の国とB国を戦争に引きずり込みたいのだろうが……。それに、あの少女は言っていた。「私の知らない目論見もあるようでしたから」、と。


 どうだろう。

 何か見落としているのかも。

 とっておきの切り札があるとか?


 いや、どうでもいいか。


 目の前に最後の真犯人がいるのだから、殺してしまえば良い。尻尾を巻いて逃げ出した敵が何か罠を残していたとしても、どうせ大したものではあるまい。彼は知性と覚悟を持ち併せた男だ。拷問にかけても何も出てこないだろうさ。


 それに、吾輩はさっさと帰りたいのだ。今日は大変大変働いた。

 脳内では既にこの事件は解決済みなのだから。


 が、一応。とりあえずだ。


「吸血鬼が憎いというのが嘘というわけもあるまいが……」


 少しだけ、確認しておきたい気持ちに駆られるのも確かだった。万が一にも間違いがあった場合……。おお、魔王様は悲しむだろう。考えたくもない。


「それだけではないのだろう? 憎いだけなら自らの手でやれば良い。凡百の吸血鬼を滅ぼすくらい君でも出来たさ。教えてくれないか。何のつもりなのだ」


「……動機には興味がないのでは?」


「考えを変えたのだ。遺言を聞いておくのもいいかと思ってな。君は魔王様の学友なのだろう? 魔王様に伝えるよ」


「……それほど難しいことではない」


 彼は天を見上げて呟いた。何が面白いのか分からないが、小さな笑みを浮かべているように見えた。どういう感情だろう。吾輩は言葉を待つ。


「陛下の治めるこの国は素晴らしい……」


 意外な答えだった。吾輩にとっては当然のことだが、戦争に引きずり込もうとした祖国に対して漏らす感想にしては、違和感がありすぎた。


「素晴らしい魔王様の治める国なのだから、素晴らしいに決まっているが……?」


「陛下の治世に入り、この国は急成長を遂げている。今後もそれが続くだろう。しかしな、未来のことはわからん。最強の陛下も、いずれは寿命で死ぬ」


「……未来のことは分からない。そのとおりだ。魔王様もいずれは死ぬ。大変残念ながらこれもまた真実。魔王様は吸血鬼ではない」


「だから!!」


 彼は目を爛々と輝かせて吠えた。

 感情の推移が突発的すぎて、吾輩には何も理解できなかった。


「勢力が拮抗しているこの今! 戦うべきなのだ! 国力に差がないのならば、陛下がいる方が勝つ!!!」


「……なんと?」


「この国の未来のために今! 戦争をすべきなのだ!!」


「それが君の動機か? 将来の衰退を防ぐために戦争を今起こそうと? 魔王様と国の未来を想っての行動だったと?」


「そうだ! 俺の真の目的は、俺のような孤児に成功を与えてくれた素晴らしい国の寿命を伸ばすことだ!! B国の諜報員スパイの誘いに乗ったのはそのためだ!!」


「ならば何故、吸血鬼だけを?」


「たまたま個人的欲求と作戦目的が一致したからに過ぎない!!」


 ああ、そう。この男、本当の馬鹿だ。

 頭の使い道を間違えている。王立大学の教授なのだから、その頭脳を魔王様のために使えばいいのだ。


 吾輩は唸り声を返事に代えた。

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