第20話 犯人たちは抵抗を始めました

「何がコミュニケーションだ!! 馬鹿にしやがって!!」


 瓦礫から頭を突き出したまま戦争大臣が叫ぶ。

 ふむ、怒らせてしまったらしい。何故だろう、瓦礫の中に隠れるのは、彼女も同意したはずなのだが……。


「戦う覚悟だと!? 私の時に確認しなかっただろ!! 確認するまでもないほど弱いと!? 舐めているのか!??!? 私を雑魚だと侮っているのか!!?」


 何を言っているのだこの幼女は。あれは戦いなどではない。あれは……、そうだな。ちょっとしたコミュニケーションエラーだ。それに、実際に弱いではないか。吾輩は苦情を無視することにした。


「……覚悟ならば遠い昔に決めている」


 家庭教師も戦争大臣を無視して言い、


「オオオオォォオオオオオオオオ!!!!」


 そして、咆哮があたりを支配した。

 叫びながら、既に巨漢の粋に達していた家庭教師の肉体が更に膨れ上がる。服は完全に破けて、長い毛が身を包んだ。尋常ではなく太い腕の先端から伸びる爪は、吸血鬼のそれより随分と大きく禍々しかった。


 二足歩行の巨大な狼と化した彼の金眼は、憎しみに染まっている。


「そうか」


 戦う覚悟は十分というわけだ。

 実に面倒くさい。大人しく降伏してくれる可能性もあるのではないかと思っていた。

 大昔、吾輩がもっと若くてもっと有名だった頃は、戦ってくれる相手を探すほうが難しいくらいだったのだがな。


「2対2になったからといって、我々のやることに変わりはありません。」


 どこからか留学王女ちゃんの声も響いてくる。

 彼女もやる気満々のようだが……。


「まだ、コミュニケーションが上手く行っていないようだ」


 異形の狼と化した家庭教師が唸った。 


「増援が来るとでも? 近衛は街の外だ。次席執事は城から出ることを許されていない。他に我々と戦える人材がいるのか? まさか陛下が来るというわけもあるまい」


 吾輩はため息をついた。彼のことを頭がいいと評したのは撤回する。ここまで丁寧に「貴様らは勘違いしているぞ」と説明してやっているのに。話が通じないやつを相手にするのは面倒だ。


「自分を棚に上げる匂いがするな」


 戦争大臣がむすっとした口調で言った。

 茶々を入れないでもらいたい。


「うるさいな」


「身から出た錆だ……。だが、いいのか? 一応言っておくが私は強いぞ? そこの王女程ではないにせよ、かなり強いぞ? 一応言っておくが」


 戦争大臣は一応一応と繰り返した。相変わらず胴体を瓦礫の中に埋めている。ずっとそこにいろとは言っていないのだが……。この幼女、仕事はできるかもしれないが、結構変だ。


「どうぞ。万が一にも滅びてもらっては困る。お前は魔王様に必要な人材だからな」


「……そうか、うまくやれ。貴様が失敗したら、私も怒られるのだからな」


 彼女はそう言って影に潜った。仕事に戻ったのだ。


 ここから先は、吾輩だけで十分だ。


「1対2だよ、若造ども。これも能力の問題だな。『最強卿』たる吾輩が他人の力を借りるなど、陛下に笑われてしまう」


 言い終えた直後。


 すべては一瞬のうちに起きた。




 人狼が吾輩に向けて突進を始め--


 飛び上がって回避しようと脚に力を込ようとして--


 あたり一面の大地が波うって石材が内から弾け飛び--


 吾輩は高く宙に浮いて逃げ場を失い--


 殺意そのものとなって振りかぶられた禍々しい爪の奥に--



「ふむ、幼女を帰して正解だったな」



 地面を割って出た巨大な竜が見えた。

 その口元には蒼い炎がちらついている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る