第9話 推理は間違っていたし呆れられました

「簡単な話なんですよ」


 家庭教師くんは机の書籍を整理しながら言った。


「ほう」


「人狼の生態についてはご存知ですね?」


「吾輩たち吸血鬼の天敵だからね。少しは知っているともさ」


「では、人狼化をコントロールできない夜があることはご存知でしょう?」


「いわゆる『満月の日』だね? 月に一度だけあるやつ。殺人衝動が抑えきれなくなって、暴れる以外できなくなるんだよね。君たち人狼は、その日の夜は頑丈な部屋に閉じこもり、誰も傷つけないように大人しくしている」


「では次の質問です。最初の暗殺事件からどれくらいの期間が経ちましたか?」


「戦争大臣ちゃんによれば、一ヶ月経ってるらしいね」


「わかりませんか?」


「何が?」


「お手元の資料を御覧ください。いえ、あなたの持ってきたそのしょうもない本ではなく、戦争大臣から渡された方です」


「あ、はい」


 吾輩は『トロールでも分かる魔王陛下の素晴らしさ』を閉じた。授業に潜入するため--大学といえば本だよね!--、騎士団長くんの天幕から王立大学への道すがら立ち寄った書店で購入したが……


 うむ、タイトルと装丁に惹かれて衝動的に買ったけれど、確かにしょうもない。そもそも字が読めるトロールはいないしね。誰向けの本なんだろう。妙に高かったし、お金の無駄だったな……


 流石吸血鬼はお目が高い!!

 とか店員に言われて調子に乗ってしまった。


「もしかして吾輩、詐欺にあった?」


「知りません。早く資料を」


「あ、はい」


 ぺらりとめくる。


「直近の『満月の日』と3人目の犠牲者が滅んだ日、一緒じゃありませんか?」


「あー、うん。そうだね」


「ちなみに次の『満月の日』は明後日です」


「へー、そうなんだ」


「もしお望みなら、明後日の夜に私の家を尋ねてください」


「行くとどうなるの?」


「『満月の日』の人狼がどんなにうるさいか、教えられると思いますよ」


「なるほど、ね!」


 よく分かりました。眼の前の男は犯人じゃない。

 吾輩は昔、『満月の日』で凶暴化した人狼と戦ったことがあるのだ。とてもうるさいから--やたらと吠えるんだ!--、暗殺向きとは言い難い。


 家庭教師くんはため息をついた。


「次は、私の教え子のところに行くのですね? あのかわいそうな敵国の王女の元へ」


 そのとおりだけど……


「なんで分かったの?」


「分かりますよ。どうせ、吸血鬼を滅ぼせる能力だけを基準に捜査しているのでしょう? 能力だけだから私のところに来たし、能力だけならあの王女は外せない」


「なんでそう思うの?」


「もしかして資料を……」


「な、なんのことだ!!」


「最後まで言ってから動揺してくださいよ……」


 家庭教師くんは眉間を指で揉み、吾輩の書類を手にとって読み始める。


「私、あなた程じゃないにせよ陛下との付き合いは長いんです。なにせ幼年学校同期ですからね。王立大学の教授になれたのは陛下のおかげだ。裏切る理由はまったくありません」


 人狼の家庭教師くんは、私が話したようなことはすべて戦争大臣が調べ尽くしているようですよ。えー、このページ。ほら、書いてある。と付け加えた。


「やっぱり読んでないんですね……」


「ハッハッハ!!」


 吾輩は笑って誤魔化した。

 難しい文章を読むと頭が痛くなる質でね!!


 まあいいさ。捜査は進展した!!

 リストに乗ってる4人のうち3人が犯人じゃないとなれば、つまり結論は!!

 次、行ってみよう!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る