15 戦の気配

 雨は結局二日続いた。

「あーあ」と泥まみれになった准は背負い袋に厳重にしまってある保存食、肉の薫製……所謂ビーフジャーキーだが彼の知る物より倍硬くまずい……を手に取る。

「カビが生えないといいけど」オルデナの町で大量購入していたが、どこまで保存できるかいまいち判らない。

「大丈夫よ、肉の薫製の保存食は一年は持つらしいわ」

 青藍に肩を叩かれ、ようやく安堵する。

 仲間達はテントを背負えるまで畳んでいる途中だった。みんな泥まみれだ。

 雨が振ったのとその中ではしゃいだからだ。

 体を洗う、とか成田は主張していたが、どうしてかより汚れている。

「で、目的地まで後どれくらいだ? リーダー」

 准は地図を取り出して顔を近づける。

「そうだな立花、街道を後三日くらいだな」

「いやっほー!」

 立花僚は飛び上がる。

「それで賢者なんとかに封印とやらの場所を聞けば家に帰られるんだろ」

 立花の叫びを耳にした皆の顔が明るくなる。

「母さん父さん、元気かな?」

「まさか息子が異世界で大魔法使いになっているとは思ってもいないさ」

 白夜の言葉に石田は真っ赤になる。

「やめてくれよ、僕はそんな」

「いやいや」深紅が白夜に同意した。

「お前の魔法はスゲーよ、何よりみんなより覚えが早いらしいし、今度ソーサラーの魔法にもチャレンジするんだろ?」

「たまたまだよ、たまたま」

 元々小柄だったのに小さくなっていく石田に誰もが口元を緩めた。

「じゃあ、行くか。目的地はエルス王国首都エルヴィデス」

 諸々の準備が終えたのを見計らい、准がそう告げると仲間達は声を張り上げた。

 旅の終わりが近い、と彼等は確信していたのだ。

 だが徳川准は密かに危惧していた。

 ……簡単にいきすぎる。

 死霊の谷でもそうだが、この意地の悪い世界で旅が順調すぎた。それが不吉なことのように思え彼は一人は身震いした。

 徳川准の予感は当たった。

 街道を進む彼等は沢山の人々行き会ったのだ。

 みんな大小の荷物を持って三年四組とは反対の方向に進んでいた。

 当初、誰も人々の列を気にしなかった。元々人々が通る道なのだ。こうして行き交うこともある。

 だが二日目にして様相は一変した。

 人々の数は増え、その服装も町の住人とは思えない荒れた物になっていた。

 ある者の上着は破れ、ある婦人のスカートはぽろぽろで下着がちらちらと覗き、服を着ていない子供までいる。さらに持ち物。当初は荷車に色んな金目の者を積んでいた者が多かったが、徐々に彼等の荷物は減り、大きな背負い袋、手に抱える袋、隠せるほど小さな入れ物……最後の服装も整っていない人々は何も持っていない。

「どうしたんですか?」

 勇気を振り絞ったのか耐えられなくなったのか、訊ねたのは北条青藍だった。

 少女の言葉に、疲れて土色の顔をした男は立ち止まらなかった。ただ彼に続いていた髪が乱れた女が小声で呟く。

「戦だよ」

「ええ?」

 徳川准は思わず聞き返した。

「それはエルヴィデスでですか?」

 女は何も言わず、疲れたように頷いた。

「おい」平深紅が准の背中に手を置く。

「こんな時に戦争だってよ、どうするんだ?」

「どうするったって」

 エルス王国の首都たるエルヴィデスで、王に仕える賢者ラスタルに封印の在処を聞かねばならないのだ。そうしないと現代日本に帰れない。

「急ごう」

 准に言えるのはこれだけだった。

 だがその先は地獄だった。

 逃げる町の人は減ったが、怪我をした兵士や騎士達が街道に座り込んでいるのだ。倒れている者もいた。

 殆どは布で手当てされているが、中には血まみれのまま傷口をさらしいる人も散見される。

 腕を失った者、脚を失った者、目が潰れた者、思わず目を逸らしてしまう惨状があった。 聖職者たる北条青藍と朝倉菜々美は彼等に寄り添う。

 魔法で治そうと考えたのだ。

「ちょっとまってくれ」

 准は手を上げて二人を止める。

「どうしてそんなことをする? 北条」

「どうして? って、ねえ菜々美」

「みんな怪我してます」

 だが准は厳しい表情になる。

「そうだ、どうやらエルス王国は戦争をしているらしい」

「だったら何? 徳川」

「だったら、そうだったらだよ北条。僕等それでもエルヴィデスに行かなければならない、君達は何度魔法が使える? それに」

 彼は負傷者の列が広がる街道の先を指した。

「この中で誰かを選んで治すのかい?」

 二人の少女は准の言葉に怒り、青ざめた。

 だが彼女らも負傷者の数の多さを目にしていて、「誰を」と訊ねられると反論できない。「……でも私は」

 沈黙の後口を開いたのは朝倉だ。

「目に余る人がいたら治します。まだエルヴィデスまで一日あります。休めます、酷い怪我を負った人を見捨てられません」

 青藍も頷く。

「私達が仲間の生死の要だと判ってるわ、だけど私も朝倉さん同じ、死にそうな人は助ける。徳川、あんたも聖職者なんだから手を貸してよ」

「でも……」

「徳川、昔の戦争、特に攻城戦は簡単に終わらなかった、それこそ何ヶ月もかかったらしい、あまり慌てて駆けつけることもないと思う」

「わかったよ、源までがそう言うなら仕方ない、だけどちゃんと休んで貰うからね」

 三年四組の聖職者三人は、特に怪我が酷い者達に魔法で癒やしていく。

 皆、涙を流して感謝していた。だが、准達の治癒の魔法にも限度があった。

 まだ癒やして貰っていない戦士達が希望の瞳を上げる。

 もう何も出来なくなった彼等は「すみません」と悪いことでもしたかのようにその場から走り去った。

「あれがきっとそうだろう」

 一日の後、深紅が感情のない声を出す。

 彼の指の遙か先にはもうもうと立ちこめる煙があった。

 戦の証だ。

「さて改めて考えよう」

 准達は負傷者が列を成す街道を避け、草原にいた。

 このまま進めば数時間後には戦争に巻き込まれる。戦争……それは彼等の予定になかった。

「どうする、と言っても」

 立花が憮然とする。

「あそこに行かないと次が判らない、俺達は帰れない」

「だけどさ、戦争だよ、確かに死霊の谷はそこそこ簡単に通れたけど、これはちょっと自信ないよ」

 誰も石田の弱気を笑わなかった。むしろ、視線が彼に集まる。

「そもそもさあ」と大谷環が難しい顔で人差し指を天に指す。

「その何とかって賢者、生きてるの? こんな戦争の中」

 准の喉がぐっと鳴る。大谷は流石だ、誰も考えないようにしていた事実を簡単に突き出してくる。

「……そう願いたい」

 准の解答はこれだけだ。

「そりゃ誰もそうでしょ」

「いやたまっち、ここはいい方に考えようよ、その賢者に何かあったら僕等は……なんだから」

 白夜に説得のような意見を言われ、彼女は黙った。「たまっち呼ぶな」がない。

 何だかんだ言っても大谷も元の世界が恋しいのだ。

「なら、何にしろやるしかないんじゃねーの」

 本田は大きく息を吐き、剣を抜いて状態を確かめる。

「僕等で? 無謀だよ!」

 怯えた様子の斉藤がすぐに否定する。

「戦争なんて何人の敵がいるか判らないんだよ? たった十九人で何が出来るの?」

 静寂。柔らかな風が三年四組を通りすぎて行く。

「……賭けだね」

 白夜が遠くを見ながら呟く。

「賭け?」

「そうだよ、徳川。僕等はエルス王国の人間じゃないつまり、エルス王国の敵が僕等の敵じゃない。ならとにかく城に入って賢者を捜そう……見つけたら封印の場所を聞いて逃げる」

「それ冗談だよね?」

 斉藤が顔半分で笑うが、准は悩む。

 あるいはそれしか手がないようにも思えた。この時代くらいの戦争が何ヶ月もかかるなら、それを待つのは物資的に不可能だ。しかもエルス王国が敗れ賢者ラスタルは……の可能性もある。

 そうなれば終了なのだ。

 ここまでの苦労が何もかも消えて無くなる。

 徳川准は大きく息を吸って、吐いた。

「城へ近づこう」

「徳川君」 

「安心しろ斉藤、むやみに戦いに突っ込む訳じゃない、様子を見て隙があったら城に入り込む、そして賢者ラスタルを探すんだ……これは僕等の戦争じゃない、源の言うとおりだ。戦わない方法を探すよ」

「そんなのあるか! 上手くいくわけがない!」

 斉藤は抗議は小さく、独白のようだった。

 勿論、准は理解している。斉藤の不満は皆のそれなのだ。関係ない戦争に巻き込まれるなんて真っ平……それが誰もの本音だろう。

 しかし戦争中だとしても賢者ラスタルにはどうしても会わなければならない。訊かなければならない。そうしないと三年四組の旅自体が終わるのだ。

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