8 逃避行

「全く、何でこんな事になったんだよ、つまんねーな」

 深紅が夜の森を慎重に歩きながらこぼした。

「だから僕は反対だったんだ」

 石田が大事そうに魔道書を抱えて責める。

「うるせーな、仕方ないだろ、ザコは黙ってろ」

 堀赤星は逆に石田を睨めつけて黙らせた。

「てかさ、あの子のせいだよね」

 幾瀬八千代が俯いて唇を噛んでいる小西歌へ顎をしゃくる。

「正義の味方のフリをするからこうなったのよ」

 幾瀬の辛らつな言葉に、いつも彼女の近くにいる磯部水緒、飯盛和香子が同調する。

「あーあ、もう村に帰れないし、どうすんのよ? ららら」

「あんた一人で責任取りなさいよね」

 磯部と飯盛の罵倒に、北条青藍がらららの肩を抱いて、きつい目を向ける。

「文句ばかりで何もしないクセに人を責めないで」

「何だと、北条、いい度胸ね?」

 幾瀬から表情が消える。彼女ら三人は三年四組の上位カーストの女子生徒で、尚かつイジメをも行っていたのだ。対し北条青藍は女子人気も高く発言力もある、言うなれば幾瀬の最大の敵だ。

「もうやめて」

 力角が決定的な対立の前に静かに制止する。

 准は驚いた。力角拓也は体格の割に小心で、傷つけられても弱々しい笑みを浮かべるだけの少年だったはずだ。

「責任なんて誰にでもあったよ……僕等ももっとしっかり止めればよかったんだ……一人のせいにしては……駄目だよ」

 普段ははにかんでばかりの力角に注意された女子達は、白けたように目をそらした。

 とにかく場が収まって安堵した准だが目の前の問題を考えると暗澹たる気持ちになる。

 彼等はほぼ身一つでエレンの村から逃亡していた。それぞれ武器ぐらいは持ったようだが、鎧を装着する時間はなかったろう。

 そして嫌われ者だと勝手に思っていた領主に対する村人の思いを、計り間違えていた。

 領主ポムドに危害を加えられた、と知った村人は松明片手に三年四組を追い回したのだ。

「捕まえろ! 殺せ!」

 との彼等の叫びが何時までも耳から離れない。

「徳川、どこに向かっている」

 白夜が不安そうに囁いた。

 彼等はがむしゃらに森に逃げ込んで、ただ奥に進んでいる。

「この先、しばらく進めば街道です」

 答えをくれたのは赤いエルフ、エレクトラだった。

 彼女は用意がいいのか、一行のただ一つの光源として松明を持っていた。

「どのくらいかかりそう?」

 小早川が控えめに聞くと、

「夜明けには出るでしょう」と有り難い返答が返ってきた。

「夜明け~」滑りながら森を進む成田が嘆く。

「今日は徹夜か~ゲームでもないのに。そう言やゲームしてー、買ったばかりのエロゲーまだメインキャラ攻略してないんだ」

 成田は何気なく本心を吐露したが、女子生徒達は判りやすく引いていた。

「森は危険だろ? 狼とか怪物とかは?」

 油断なく深紅が周囲を警戒する。闇で殆ど見えないだろうが、そうしないと不安なのだろう。

 エレクトラは首を振る。

「プロテクションをかけてます、恐らく大丈夫でしょう、ただ……」 

 彼女が濁した部分が判る。

 徳川准が振り返ると、遠くにいくつかの松明の光があるのだ。

 エレンの村の有志が山狩りをしている。

「昨日まではお友達だったのに」

 笹野麻琴が沈んだ声を出すと、幾瀬八千代がそれを受ける。

「誰かのせいでね」

 小西歌は黙って肩を震わせていた。

 三年四組は松明から逃れるように森を歩き続ける。疲労は溜まっただろうが、不満をもらせる状況ではなかった。

 だが永遠と思われた闇夜の行軍にも終わりが近づいた。

 空が白々と明け始めたのだ。

 幸運なことに、背後の村の住人の灯火もいつの間にかなくなっていた。

 疲労困憊ながら、三年四組は森の端にたどり着こうとしていた。

「あのー」もう一踏ん張りだと内心叱咤する准に、明智明日香が囁く。

「うん? どうした?」

 明日香は他校にもファンがいる整った顔を真っ赤にして、もじもじしている。

「何かあったの?」

「と、トイレ行きたいんだけど」

 准も少し顔を赤らめる。全く考えていなかった。

 確かに長時間の歩きで夜の森は寒かった。リーダーとして考慮すべきだった。

「みんな」と准は疲れで顔色の悪い三年四組の生徒達に声を張り上げる。

「ここらで小休止だ」

 その言葉に手近な木の根に座り込む者もいれば、ぱっと明るい表情になり姿を消す者もいる。

 やはり数人我慢していたようだ。


 小西歌は責任の重さに苦しんでいた。

 エレンの村にいられなくなった。

 あのまま村でもう少し訓練していれば、皆ももっと楽に慣れたろうに。

 彼女が思い出すのは成田隼人だ。

 いつの間にか「サイレンス」の魔法を使いこなせるようになっていた。だったら後少し訓練すれば、みんな……。

 らららは首を振る。だとしてもユニに対する領主の搾取は許しておけない。

 自分は間違っていない。

 らららは唇を強く噛む。

 小西歌は処女ではない。好きな人がいた、恋人がいたわけではない。

 彼女はギャルの宿命として友達を名乗る知り合いが多く、半年前、その誰かにセッティングされた大学生との合コンに参加していた。友達の顔を立てる為だった。

 変な薬を飲まされ、意識がないうちに大学生達に襲われた。

 心身共にぼろぼろな状態で家に帰り、ベッドに顔を埋めて声を殺して号泣した。

 女の子を傷つけてはいけない。自分のような目に遭わせてはならない。

 らららはだからユニに対して必要以上に同情したのだ。

 彼女は気配を伺い小用を済ますと、拭く物がないので我慢して、カノスの町で買った布を左右の紐で結ぶ下着をはき直す。

 と、どこからか木の折れる音がした。

 はっとして、そっとそちらを伺うと、見覚えのある少女・ユニがいた。

 最初に会った時のように、困った様子で座り込んでいる。

「ユニ!」思わずらららは駆け寄っていた。

 驚いた様子の彼女の首に抱きつく。

「大丈夫だった?」

 頬を胸に当てていたらららは、彼女は大きく息を吸うのが判った。

「ここよー!」

「え?」らららは彼女から離れると、愛らしい顔を見た。

 ユニの表情は歪んでいた。

「ここにいるわ! 領主様を殺した悪人がー! みんな来てー!」

 らららはパニックに陥り固まったが、背後から現れた木村智が脇の下に手を入れると、無理にらららを引っ張って逃げた。

「見つかったか!」

 ユニの叫びは休んでいた者達にも当然届いた。

 三年四組はらららの到着を待って、再び森の踏破に取りかかった。

 冷たい白い朝日に照らされた森は、彼等を進行を邪魔してるようだ。

 ねじくれた木が行く手を遮り、足元には罠のような木の根やこけをつけた石が転がっている。

 皆顔をしかめて前へ前へと進んでいた。

 そんな中、小西歌の足取りは不安定だった。何度も転び、泥まみれになりながら無表情で立ち上がり他の生徒の後に続く。

 らららは完全に自失していた。再び信じていた者に裏切られた。

「彼女は集団で個なんだよ」

 見かねたのか、源白夜がらららの横に着く。

「自分を一人の個人と思わず、村のコミュニティーを第一と考えている、だから領主の敵は彼女の敵なんだ」

「何だよ源、らららに何か言いたいの?」

「ユニはきっと悪くないし、君も悪くない、考え方が違うんだ……僕等はこの世界を知らなすぎたんだ」

 傷つきすぎた心を隠すために反抗したらららだったが。急に涙が限界点を越えた。後は手もなく決壊してみっともないと判りながら泣いた。歩きながら激しく嗚咽を漏らす。

「らららは、ただ、あの子を助けたかったんだ、マジで、そんだけ……」

「そうだね、わかっているよ。それは尊敬している」

 ぐっとらららは涙を袖で拭くと、顔を上げた。

「バカ源、泣いている女の子にはもっと優しい声をかけろや、つかえねーな」

 しかし彼女はつけ加えた。

「……ありがとう」

 しばらくして森は切れた。


 三年四組は突然整地された広い街道に出る。

「ふー、やっとかよ」

 堀は息を吐くと、道に座ろうとした。

「まだだ」徳川准が鋭く警告する。

「追っ手の村人をまくまで油断するな」

「わーたよ」

 堀はおろしかけた腰を上げる。

「うん?」と准は気付いた。

 黒咲が何かむっつりしているのだ。彼に似合わず目元も暗い。

「どうした?」

 声をかけると、黒咲は荒んだ笑みを浮かべた。

「あの領主、さっきの叫びで判ったんだが、死んだみたいだな……何? 俺人殺し?」

 言われてはっとする。

 思い出すのは彼が領主を脅していた光景だ。

 突如口から泡を吹いて倒れた。

 ただの失神か、と准も思いこんでいた。しかし……体に何か疾患があったのだろうか。

 ポムドは確かに不健康に太っていた。

「へっ」と黒咲はへらへらと笑ったが、虚勢であると今は容易く見抜けた。 

 感傷に浸る暇は与えられなかった。

「いたぞ! 領主様を殺した冒険者だっ!」

 追跡していた村人達を考えていたほど引き離せていなかった。人数は十八人。しかし皆武器を持っている。

「ちょっと待て! 俺達はただ……」

 平深紅が事情の説明をしようとしたが、全く無駄だった。

「ポムド様は、毎年エルジェナ祭の時には、気前よく肉とエール酒を村のみんなに振る舞って下さった慈悲深いお方だったのだ。貴様等絶対に許さん!」

 黒咲司は無言で剣を抜いた。

 徳川准は仰天する。

「彼等と戦うつもりか?」

「しゃーねーだろ、あいつらがこちらの命を狙っているんだ……それともお前は人殺しにはなりたくないか?」

 黒咲が唇を歪める。

 その間にも木村智や本田繋、平深紅まで剣を抜いている。

 准は焦った。この戦いが酷い物だと判るのだ。彼は必死に視線を巡らせ、見つけた。

「あそこだ!」

 それは街道から外れたところにある、崖と崖の間だ。

 霧がかかってよく分からないが、戦いを避けるにはもってこいの場所だ。

「何言ってんだ、あそこが他の場所に続いている保証はあるか? 行き止まりかも知れないだろ」

 堀赤星は邪魔な者を見る目で准を射た。

「だったらその時戦えばいい、ここは避けよう」

 しかしもう戦闘の火蓋は切って落とされていた。

 農奴達が剣を持って突撃してくる。

 対する三年四組のアタッカー達も用意を整えていた。

 かきーん、と金属と金属がかみ合う高い音が鳴る。

 間近で目にしていた徳川准は退く案についての有用性を確信した。

 はっきり言って追っ手の農奴達は弱かった。持っている剣も錆びだらけで、戦いに慣れた者はいない。対して実戦後の訓練が効果が現れたのか、いつの間にか三年四組の連中は強くなっていた。

 農奴の一撃を難なく受け止め、弾き返す。

 ……これならば霧の崖の先が行き止まりでも、戦闘が不利には成らない。 

 准は腹の底から声を張り上げる。

「あそこに待避するんだ!」

 が、一度始まってしまった戦いはなかなか止められない、

 黒咲が、本田が、白夜が、深紅が、木村が、村人達との剣戟を続けていた。

「聞いてくれ!」

 徳川准の言葉は誰にも届かなかった。それどころか、今まで見物していた成田達まで戦闘に参加し、魔法使い達はぶつぶつと呪文の詠唱を始めている。

 准は絶望しながら、何度も声を張り上げる。

 その傍らを小柄な影が通り過ぎていった。

「僕も戦う!」

 斉藤和樹だ。

「和樹! 駄目よ!」

 片倉美穂が声を上げるが、斉藤は剣と剣の乱戦の中に飛びこんだ。

「みんな、やめるんだ!」

 准の叫びの中、斉藤はするりと村人の剣をすり抜けて、その腹の拳を見舞う。

「うおっ」とそのまま一人が尻餅をついた。

 斉藤もモンクてして拳を鍛えていていたみたいだ。

 彼は次の敵と戦うために倒れた男に背を向けた。

「和樹! まだよ! 後ろ」

 片倉の声に准ははっとする。倒れた男はしばらく腹部を抑えていたが、血走った目で剣を拾ったのだ。

「油断するな、斉藤! 逃げろ!」

 斉藤が振り向くと、もう男は剣を振りかぶっていた。

「どけ、邪魔だ!」

 斉藤の窮地に黒咲が前進する。

 全てはスローモーションとなった。

 振り下ろされる剣に頭を抑える斉藤、勝利を確信した農奴男の笑み、その前に滑り込んだ黒咲の長剣が男の首に突き刺さる。

「ぐわっ、ぐお……」

 斉藤を殺しかけていた農奴は、突如自分の首に生えた剣を不思議そうに見ると、血を吹き出しながら仰向けに倒れた。

「うわわわぁ!」

 その光景を目の当たりにし、村人達は一気に怯んだ。彼等も犠牲者が出るとは考えていなかったのか。

 激しい戦いがぱたりと止む。

 誰もが三年四組の生徒達が、追って来た農奴達が、首を刺し貫かれて死んだ男を見つめていた。

「うわわあああ」

 俄に村人達は我に返り、武器を放り投げると背を向けて逃げ出した。

「こっちだ! ここを通るんだ」

 徳川准は大声で指示し、今度は誰も抗わず、人形のように霧に包まれた崖の間へと歩いていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る