5 ドワーフとの闘い

 王様になるコツは、まず勉強でも運動でも教室でも目立つこと。そしてこれが肝心なのだが、誰にもイジられないことだ。勿論、自分の実力も知らず空気も読めず、イキってイジッてくる奴はいる。

 そんな奴には笑いかける。決して笑っていない目で。

 それでも判らない奴は陰で思い知らせる……腕力を使って徹底的に潰してやる。

 そうすれば大半、自分のランクを悟って王様をイジることはなくなる。

 黒咲司はだから三年四組のトップなのだ。

 ドワーフを説得して道をあけさせる。

 黒咲達が選んだ任務だ。一番簡単そうだから選んだ。

 何が悪い。と黒咲は思う。

 何せこっちはザコと隠キャばかりなのだ。

 他のチームと違って一人数が多いのは、そう言った理由だ。

 黒咲司、堀赤星、脇坂卓、幾瀬八千代、磯部水緒、飯盛和香子、石田宗親、斉藤和樹、力角拓也、細川朧。

 上位カーストばかり集めたかった黒咲なのだが、徳川と北条に白い目を向けられ石田と斉藤と力角を入れた。本当は本田繋辺りを入れたかったのだが。

 ……まあ……。

 黒咲は細川朧の姿を目で追いながら呟いた。

「これくらいは仕方ないか」

 彼の目的は朧である。

 学校外でも有名な美少女。漆黒の髪を肩まで伸ばし、瞳は銀河のように輝き、唇はバラの蕾のように未来に期待を持たせる。彼女がいるだけで場の空気は明るくなり、今だ中三なのにその所作は女らしく艶やかだ。

 自分に相応しい、黒咲は思っていた。

 彼女はことある事に幼馴染みの源白夜を気にしているが、あんな暗い奴に負けない自信はある。自信しかない。

 力角拓也が真っ赤な顔をして荷車を引いている。

 斉藤と石田は後ろから押しているのだが、ザコである彼等の力では大した加勢にはならないだろう。

「大丈夫? 力角君」

 細川朧がそれに手を貸し出したから、黒咲は声を掛ける。

「細川さん、いいんだよ、それは男の仕事だ」

「だけど……」

 朧の言いたい事はわかった。今までずっと力角と佐藤、石田が装備の入った荷車担当なのだ。

 他の男子、堀や脇坂、そして自分はただ身軽に歩くだけ。

「堀、脇坂、手伝ってやれ」

「俺達がかよ!」

 堀赤星が嫌そうな表情をしたから、黒咲は笑ってやった。

「……わかったよ」と堀と赤星が荷車につき、肩で息する力角は解放される。

 ……図体だけのゴミが。

 黒咲は内心、太っている力角を罵倒した。

 力角拓也は本当に体がでかいだけだ。性格は内気で、悪口を面と向かって言われても困ったように悲しそうに微笑する。

 そんなところが黒咲司にはたまらなく苛立たしい。

 だから堀と脇坂を使ってイジメるのだ。それはザコのクセに目障りな斉藤と石田も同じだ。

 しかし黒咲は自分の手で彼等に手を出さない。

 そんな事をしたら王様の地位がひっくり返ってしまうかもしれない。

 だから実行犯の堀と脇坂だ。

 二人とも黒咲ほどではないが勉強は出来るし運動もこなす陽キャで、女子生徒から人気があり手下にし丁度よい。

 ……しかし。

 黒咲は舌打ちする。一つ誤算があったのだ。

 任務のリーダーは挙手制だった。ゴブリン退治のリーダーは徳川として、エルフの方は北条がなった。

 黒咲がリーダーなんてクソウザい物に手を挙げたのは、リーダーには人員を決める権利があったからだ。

 つまり細川朧と組みたかった。 

 後は目立つ上位カーストの連中で決まりだと考えていたが、その上位カーストの女子、幾瀬八千代、細めのノッポ磯部水緒(いそべ みずお)、力角より太っている飯盛和香子が全く役に立たなかった。

 それぞれクラスもあり、装備も買ったのだが服以外には触れもせず、荷車にも目もくれず三人で楽しげにおしゃべりしているだけだ。

 ……ピクニックかよ。

 黒咲はげんなりする。

 あの三人は三年四組では大谷環やら朝倉菜々美やら片倉美穂達を毎日いびり傷つけていたが、こうして改めてみると、三人は早熟で派手という意外何の取り柄もない。 

 ……くだらねえ奴ら。

 黒咲は唾棄したくなったが、笑顔で耐えた。

 しばし街道を進むと、目的地にたどり着く。道を寸断するように大木が転がっていた。「ほら、出番だぞ」

 黒咲は命じ、力角や堀、朧達は荷車からカノスの町で購入した装備を着け始めるが、三人の上位カースト女子は動かなかった。

「おい、何だよ? どうした」

 堀が不思議そうに訊ねると、

「え、あたしら武器とか戦いとか無理、見学しているから」

 と代表して磯部が手を振った。

 黒咲はリーダーとしてキレるべきだった。

 だが彼は三人の力を元々当てにしていなかったし、少ない方が細川朧にいいところを見せられると取り、それを許した。

 所々鎖帷子の板金鎧とロングソード。元々運動と体格に優れていた黒咲らは源白夜らのような半端な武器ではなく、高価で威力も期待できる物を揃え、扱えていた。

 力角は黒咲のノリで剣でなくウォーハンマーを持たせている。

 斉藤は素手で戦うモンクで、石田も魔法使いなので服しか買っていない。

 なのに同じ魔法使いの脇坂にはダガーとローブを与えていた。

 脇坂と石田は魔道書を開くと、呪文を暗記するためにぶつぶつ呟きだした。

 黒咲は剣を誇らしげに構え、道を塞ぐ丸太へと近づく。

「それ以上近づくと許さんぞ」

 あと数歩、て所で声がかけられた。

 首を捻ると街道の外に立っている、布をかけたおっぱいみたいな小さな天幕の垂れ蓋から髭の男が頭を出していた。

 黒咲は喫驚した。ドワーフを見るのが初めてだったのだ。

 身長は低く、しかし体躯は筋骨隆々としていて掌は大きく、顔は灰色の髭だらけだ。

「ここは通さん、イデム兄弟の名にかけて」

「そうら、とおさん」

 ドワーフは二人だったらしく、天幕から同じような容姿の男が出てきた。

 交渉……黒咲司に与えられた任務はそれだ。

 しかし彼は嘲りを口に浮かべ、無視することにした。

「なら、力ずくでこの木をどかすさ」

 彼は完全にドワーフを侮っていた。彼等が思ったより小さかったからだ。身長がすでに平均男性のそれを越えている黒咲にとって、ドワーフはちんちくりんに見えた。

「ほう」ドワーフ達の目が光る。

 彼等は天幕に戻り分厚い両刃の斧を持ち出してきた。

「威勢は買うがな小僧、もう少し考えて行動した方がいいぞ」

「そうらぞ、われらイデム兄弟はつよい」

 黒咲は鼻で笑うと、堀と力角が傍らにいると横目で確認した。朧も吟遊詩人の魔法の準備をしている。

「細川さん!」

 細川朧は歌い出した。綺麗な歌声で抑揚も見事だ。

「む」イデム兄弟は素早く朧の行動の意味を悟る。

「スリープの歌か! どうやら吟遊詩人がいるようじゃな……しかし」

 ドワーフは多少ふらつきながら斧を構え黒咲へと走る。

 黒咲と堀は剣を向け、迎撃の準備を整えていた。

「おりゃあ!」

 一発だった。たった一発で黒咲も堀も吹き飛ばされ、堀に到っては斧の威力でショートソードを落としていた。

「どうじゃ? 小僧」

 ドワーフの笑みに黒咲はカっとして飛びかかる。

 しかしロングソードは容易く斧にいなされた。

 堀も慌てて剣を拾って加勢するが、二人相手でもドワーフは小揺るぎもしなかった。

 力角拓也はウォーハンマーを持ち上げ、もう一人のドワーフへと打ち下ろす。

 がしっと、それも斧に受け止められる。

「ふむ~む、お主なかなかじゃの、わしらイデム兄弟に入らんか?」

 力角は赤い頬の上にある目をぱちくりさせた。


 ……負けている。

 斉藤和樹は黒咲達が簡単にあしらわれていると判った。

 だから自分も加勢せねばと覚悟する。

 朧は相変わらずスリープの歌を歌っているようだが、あまり効いているとは言い難い。しかし、それでもドワーフ達は時折足をもつれさせるので無意味ではないのだろう。

 モンク……それは素手で戦う僧侶のことらしい。

 正直自分には最も似合わないクラスだと思ったが、仲間が苦戦しているのだ。

 斉藤は全速力で黒咲が相手をしてるドワーフへと駆けた。


 石田宗親は魔法の呪文の暗唱に苦戦していた。どうしてか魔法は魔道書を見ながらでは威力が半減するらしい。つまり暗記が命なのだ。

 辛い現実だ。

 石田は暗記が苦手なため成績が悪いのに。

 その間に隣の脇坂卓の呪文は完成したらしい。

「バーニング・フィンガー」と彼が叫ぶと、手から炎が飛び出しドワーフに直撃した。

「おおう」

 力角と戦っていたドワーフの髭が焦げ、肉の焦げる匂いと共に彼は数歩下がった。

 ……チャンスだ! 

 石田はようやく呪文を唱え終わると、指を黒咲と戦っているドワーフに向けた。

「マジックミサイル!」

 光の矢が幾本かドワーフへと放たれる。

 だが残念なことに大半は明後日の方向へと逸れ、ドワーフを捉えたのは一発だけだ。

「ぐおっ」

 ドワーフがさすがにふらついた。

 その瞬間、いつの間にか接近していた斉藤が、ドワーフの顔面に拳を打ち込んだ。ぴっと鼻血が飛び、ドワーフの頭は揺れた。

「やった!」 

 斉藤は快哉を叫ぶが、すぐに凍りついたように青ざめた。

 ドワーフの目に今まで無かった冷ややかな殺気が煌めく。

「こやつっ!」

 ドワーフは斧を持ち上げると、流れるような動きで斉藤に振り下ろした。

「やべっ」

 堀が咄嗟に斉藤を突き飛ばす。

 斧は、そのまま、振り下ろされ、堀赤星の腕を切り落とした。

「うわ、あああああ、ぎゃぁぁ」

 堀は傷口を押さえて地面に転がる。

 誰もが、黒咲も脇坂も斉藤も力角も呼吸を止めた。朧の歌も止む。

 だが一番衝撃を受けていたのは、ドワーフのようだった。堀を攻撃したドワーフは彼の血で濡れる斧をじっと凝視している。

 力角の相手をしていたドワーフは、不意に戦いを中断し、ずんずんと堀の腕を切り落としたドワーフに近づき、その肩を強く押した。

「何をする! きょうらい、子供相手にここまですることはなかろうが!」 

「……すまん、つい本気になっちまったんじゃ」

 ドワーフはしゃがむと堀の腕の具合を見て、結局一度も戦闘に参加しなかった三人の女子を眺める。

「地母神のメダリオンがあるな、どうやら癒やし手がおるようじゃ、それで癒やして貰え」

 そして背中を向けると、大木を持ち上げ道を空ける。

「わしの失態の詫びじゃ、ここの封鎖はやめじゃ」

 が、ドワーフは苦い顔になる。

「すまんかったの、じゃが人間どもは子供にこんな危険なことをさせるのか……ならばもう一つ忠告せねばならん。この先にはドワーフが使っていた鉱山がある。それを最近人間が勝手に所有権を主張してきたからわしらは道を閉ざしたんじゃ。しかしもう鉱山はいらん。混沌の勢力が入り込みだした……お主らも気をつけろ」

 言い残すと二人のドワーフは天幕の片づけ作業に入った。

 堀の腕は聖職者である磯部が直した。最後まで嫌がっていたが、余裕がなくなった黒咲に怒鳴られたら文句たらたら魔法を使った。

 黒咲は機嫌が悪い。

 ドワーフをどける任務は達成したが、どう解釈してもそれは彼等の功績ではなく敗北から成ったことなのだ。

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