2  魔法

 本田繋は走った。

 蛸の足のようにうねる木の根を飛び越し、苔むした石を回避し、腐葉土を蹴り、草を潰し。そしてたどり着いた。

 少女の元へだ。

 本田は少女を見つけ、どうやら自分が本当に訳の分からない世界に飛ばされたとようやく確信した。

 彼女の服装が全く知らない物なのだ……長袖の茶色い上着シフトにボディスと言うベストを着て、エプロンを腰に巻いている。頭は簡素なかぶり物をしていて髪を隠していた。手には籐の籠を持ち、それらの全てがどこか粗末で汚れていた。

 どう解釈しても彼等がいた現代の服装ではない。

 だが今はそれでころではない。

 先に着いていた嶋は何も出来ずぼんやりと突っ立っているだけで、戦力として数えられない。

 目を左右させると、肌が緑色で耳も鼻も長く、口からぎざぎさの黄色い歯が覗く醜い化け物がいた。

 ゴブリンだ。

 少し冷静さは戻ってきた。敵の身長は低かった。まだ一四歳の繋も高いとは言えないが、それよりも低い。

 敵は四匹? 四人? とにかく余計なことを考えなければ何とかなりそうだ。

「ぐお?」ゴブリンが本田へと首を捻る。

 彼等は棍棒やナイフや弓矢を見せびらかすように振って、下卑た笑いを浮かべた。

 本田は木の棒を剣道でいつもやるように中段に構えた。

 呼吸を整え、相手をよく見る。

 ゴブリンは一向に怯まない本田に苛立ったのか、棍棒を振り上げて襲いかかってきた。

「ぐおおおぅ!」

 本田は微かに体の強ばりを緩める……敵は隙だらけだ。

「めーんっ!」

 木の棒はゴブリンの頭に直撃し、ぱっくりと割った。

「ぎゃぁぁぁぁ!」棍棒ゴブリンはその場に転がる。

「ぐろう!」ナイフゴブリンはそれに怒ったらしく、ナイフをかざして突撃してくる。

「こてーっ」とナイフを持つ右手を打ち武器を落とさせると、次には木の棒を返していた。

「どおーっ」

 木の棒は頑丈で竹刀のように安全に配慮してない。打撃に使用すると骨くらい簡単に折れる。『ひのきのぼう』も侮れない。

 もろに腹に喰らったゴブリンはげろげろと汚い液体を吐き出し蹲っていた。

「ぐおおお?」

 一気に二人倒されたゴブリンは明らかに動揺した。そして……。

「本田くん、大丈夫?」と青藍と平と木村が駆けつけてくる。

 平深紅は本田と同じように木の棒を握り、ゴブリンを睨みつける。

 趨勢は決まった。

 ゴブリン達は身を翻して慌てて森の奥へと消えていく。

 はあはあ、と肩で息をしながら本田繋はその場にしゃがみ込んだ。

 彼は剣道初段である。試合は何度も経験したが、実戦は始めてだった。今更手が震えていると知り、知ると同時に痺れた指から木の棒が落ちた。

 だがその油断が致命的だった。

 森の奥からシュッと音が鳴り、北条青藍の肩に何かが突き立った。

 矢だった。ゴブリン達は逃げるフリをして反撃の機会を狙っていたのだ。

「うっ! い……た、痛い、うううああ!」

 青藍はその場に蹲り、矢が刺さった肩を押さえた。

「痛い、痛い、痛い……」

 青藍が泣いていた。本田は青藍が強い女の子だと知っている。そんな彼女が人目を憚らずに泣き出すのだ、相当辛いのだろう。

「くそっ」深紅は一言怒鳴るとゴブリンが隠れた茂みに突進した。何やら音がするが今は青藍である。

「大丈夫……の訳ないか、北条!」

 青藍の肩から血が止めどなく流れ、彼女の顔色も青白く呼吸も荒くなっていく。

「どうした?」

 背後が騒がしくなる。クラスメイト達がやって来たのだ。

「北条が! 大変だ!」

 彼女を庇う本田の代わりに、木村智が手短に説明した。


「矢だって!」

 徳川准は絶句した。こんなに早くこんなに簡単に負傷者が出てしまった。

「どうしよう級長?」

 木村智が縋るように訊いてくるが、どうしたらいいのか判るはずがない。

 無論他の生徒達も同様で、恐慌に似た空気が流れた。

「大丈夫です、選ばれし者達よ」

 エレクトラは事も無げに断言する。

「どこがですか!」

 きっと准が聞き返すと、彼女は彼のメダリオンを指す。

「あなたは聖職者です、癒しの技が使えます」

「癒やし?」

「あ、ホイミとかだね?」

 一番先に飛び出した割に何もしなかった嶋が一人得心する。

「どうやってですか!」

 准の詰問にエレクトラは首を振った。

「あなたは知っているはずですよ、メダリオンがあるのだから、己に訊ねてみて下さい」

 え……徳川准は一度呆気にとられたが、言われるままに訊いた。自己に訊ねた。どうやったら癒やしが使えるか……答えはすぐに浮かんできた。

「……みんな、北条さんの矢を抜いてくれ」

 それは一仕事だった。

 泣き喚く彼女から無理矢理矢を抜く。ほぼ全員で抑えて力がある力角拓也が抜いた。

 力角はすぐ青ざめてふらついた。

 鏃に北条青藍の肉らしき物が付着していたのだ。

 まだ泣き叫んでいる青藍に近づくと、徳川准は覚えていた(覚えているわけがないのだが)とおりに手をかざした。

「慈悲深き地母神よ、この者の傷を癒やしたまえ」

 准の掌が熱くなり、言葉がどこからか導き出された。

「ええ!」

 はらはらと見つめていたクラスメイト達に驚きの声が上がる。

 青藍の肩の傷は消えていた。血の跡は残っているが、矢で貫かれた部分はまるで何もなかったかのように傷跡一つ無く治っている。

「北条さん、どうだい?」

 青藍は涙を拭いてしばし肩を動かしてから、息を吐いた。

「……い、痛くない……治ったわ……ありがとう」

 おお、と三年四組の誰もが瞠目し、悟った。

 ……どうやら我々には魔法という切り札があるらしい。

 嶋亘のチート発言もあながち嘘ではないかも知れない。

 その嶋は、いつの間にか襲われていた少女と話していた。

 彼女は可愛らしい少女だった。歳は三年四組と同じくらいだろう、素朴な顔立ちとそばかすがチャーミングだ。

「ああ」と嶋が馴れ馴れしく彼女を指す。

「彼女の名前はユニ、この近くのエレンの村に住んでいるらしいよ」

 ここでがさりと茂みから平深紅が現れた。

「奴らには相応の目に遭わせた、大したこと無かった……殺してはいない」

 不気味な色の液体で滑る棒を彼は投げ捨てる。

「エレンの村」エレクトラは手を合わせる。

「そこが私達の向かう場所です、これは何かのお導きです」

 ため息を吐きたかったが、徳川准はユニに村の方向を訊ねる。

「私の村? なら案内します。せめてものお礼ですわ」

 ユニはふんわりとはにかみ、准はその申し出に乗った。

「しっかし」その途中、らららは機嫌良く人差し指を動かした。

「あたしらにあんな力あんだねー、もう魔女っ娘? らららのはどんなのかな」

 不安に襲われた准が制止しようとしたが、その前に「えいっ」とらららは本田に指を向けた。

「いた!」本田は急にこちらを向いて顔をしかめる。

「何だよ今の? 痛いだろ!」

 彼の抗議は小西歌の泣きそうな顔に萎んだ。

 らららは悲しそうに指先を見つめ、「あたしの魔法ってこっちを無理に向かせるだけかよ!」と呟く。

 ふふふ、エレクトラが笑った。

「魔法は魔道書に書いてある物なら使えます、魔道書はあなたがたの資質に呼応して魔法を増やしていきます……ただ、魔法を使う時は呪文を唱えないと行けません。呪文さえ覚えていたら大丈夫です」

「えっ!」

 らららは愕然とする。

「呪文て暗記しなければならないの? むーりー」

「バカだもんなー」

 いつも一言多い男子・成田隼人(なりた はやと)が何の気もなしにらららに告げる。

 らららの目が白っぽく光る。

「うっわ、ムカツク。成田、随分な台詞を言ってくれるな、オマエだって成績同じくらいだろ? 卒業したら同じ高校だし」

「違うクラスだったらいいねー」

「てめぇ、どうやら死にたいらしいね、いいよシャレにならない魔法覚えてやっから」

 徳川准がこめかみを押さえたときユニが嬉しそうに振り向いた。

「着きました」

 こうして三年四組の選ばれし者達はバーレーン王国の端にあるエレン村へとたどり着いた。

「うわーど田舎」

 エレン村についての感想は、ボーイッシュながら実は乙女の笹野麻琴(ささの まこと)の表現が全てだった。

 一応木の柵に囲まれてはいるが、それらは低く家畜の脱走を防ぐためにしか見えない。幾つか建っている家々は、土台こそ石だが泥を塗った木板で造られており、屋根はわら葺きだった。窓にはガラスはなく亜麻布で塞いでいる。各家への道らしき物は一応あるようだが、それ以外の場所はびっしりと雑草に覆われていた。 

 一気に脱力する面々だが、口にするわけにも行かないので大麦のような作物がなっている広い畑を横切ると村に入った。

 村に入って驚いたのは音だ。

 家畜が鳴く声、荷車の軋み、水車の回転、赤ん坊の泣き声、鍛冶のハンマーの音が突然一行に襲いかかった。

「うええー」らららがえづいて鼻をつまむ。

 無理もない、音に続いて来襲した臭いは強烈だった。

 家畜の糞の臭い、剥き出しの土の臭い、恐らく人間の糞尿の臭い、よく分からない何かの臭いが、清潔な現代人の鼻を突き刺した。

 斉藤や石田は早くも顔色が悪い。

 だがいつまでもそれに構っていられなかった。

 村人がぞろぞろと集まり出す。珍妙な服を着ている異種族の集団が現れたのだ、あるいは当然なのか。

「何だおまえ達? ユニ、こいつらは誰だ?」

 農民らしい男が土に汚れた指を向け、ユニが答える。

「森の中で私を助けてくれた人達です」

「はあー」村人達老若男女が三年四組をじろじろと観察する。

「ヘンな服だなあ」

 そうだろう。この世界の人々は学生服やセーラー服を生まれて初めて目にしたはずだ。

「何コイツ達、ウザいんですけど」

 幾瀬八千代が爆発しそうなうねる声で呟くから、准は焦った。

「我々は怪しい者ではありません」

 准は一歩踏みだし、両手を上げる。

「この村に何のようだ?」

 村人は警戒心を解かず、三年四組の生徒達を睨みつける。

「あ、ちょっとまて、あんたエルジェナ様の聖職者なのか?」

「え」と聞き返す徳川准は首に下げることにしたメダリオンを思い出す。

「あ、ま、まあ」

 村人達から緊張が抜けていくのが判る。

「何だ、司祭様か、早く言ってくれ。我々も敬虔なエルジェナ様の使徒だ」

 村人の一人が指し示す方向には場違いな石造りの教会がある。

「彼等は怪しい者ではありません、私の友人です」

 一行の最後尾で流れを見ていた赤いエルフが、口を開く。

「おお! エレクトラじゃないか、早く言ってくれ。最近この辺りも物騒なんだ、むやみに村人を驚かせないでくれ」

 エレクトラは優雅に進み出ると、村人達に一礼する。

「で、彼等は何だね?」

「僕等は冒険者です!」

 村人の疑問に答えたのは、嶋だ。恐らく彼にとってそれは誇るべき事だったのだろう。

 だが見る見る村人達の表情が曇る。

「冒険者? 冒険者だって?」

 エレクトラに向き直る。

「エレクトラ、あんたは薬を造ったり魔法でゴブリンを追い払ったりと今まで我々の手助けをしてくれたが、これはどういう事だ? よりにもよって冒険者の集団を連れてくるとは」

「は?」と皆が半ば口を開く。

「冒険者などごろつきと同じだ、この村で何をするか判らん、すぐに出て行って貰う」 

「待って下さい」エレクトラは縋るような声を出した。

「彼等は冒険者になり立てです、まだ子供です。悪いことはしません、エルジェナの司祭もいます」

「うーん」村人達は考え込む。

「いいか、村の財産である農機具と家畜の数は数えておく、何かあったらすぐに裁判集会をするからな、ここはポムド様の領地だ、荘園を荒らすことをしたら許さないぞ」

 村人はそう言い捨てると三年四組から興味を失ったようだ、それぞれの仕事に戻っていった。

「何あれ、カンジわるー」

 らららは唇を尖らせるが、

「冒険者はこの世界では最下層の地位です、この村の大半は農奴ですが、冒険者と言うのは農奴としての土地もなく、職人の徒弟にもなれない者が行き着く何でも屋です」

 とエレクトラが説明してくれる。

「なんだそれ」さすがの嶋もがっくりと項垂れた。彼の中では冒険者=英雄らしい。

「とにかく私の家に行きましょう」

 エレクトラは村の外れに向かって歩き出す。

「ねえ、あれ何ですか?」

 そう訊ねたのは日頃滅多に口を利かない長身の女の子、朝倉菜々美(あさくら ななみ)だ。

 彼女の指す方向には、村の家が掘っ立て小屋に見える大きな屋敷があり、屋敷の窓にはガラスが嵌っている。

「あれはマナーハウス、領主の館です」

 エレクトラが簡潔に説明すると、上位カーストお嬢様・磯部水緒の口辺が歪んだ。

 

 エレクトラの屋敷は大きかった……大きいだけだった。

 やはり木に泥を塗った壁に、草葺きの屋根、窓には亜麻布と現代人には肯定できない造りであり、中に入ってよりその確信を強くした。

 床は粘土のように土を固めて、その上に藁を敷き詰めているだけ。明かりは蝋燭……これが無ければ昼までも屋敷は真っ暗だが、ひどく獣臭い……で、置いてあるのは木の椅子に囲まれた木製テーブルのみだ。

 辛うじて皆席に着けるようだが、正直徳川准を含め皆閉口した。

「で、封印はどこにあるんだ?」

 だから席についた黒咲の一言目がこれだ。

「北の方としかわかりません。その他はエルス王国の賢者ラスタルが詳しいそうです」  苛立たしげに、脇坂がテーブルに拳を打ち付ける。

「なら、元の世界に変えるにはエルスとか言う国に行かなければならない訳か、めんどくせー」 皆無言である。ここまで来るのに、否、ここに来て相当応えたようだ。

「しかし」源白夜がふと呟いた。

「どうやらこの世界は我々のいた世界と季節も違うようだね」

「どういう事だよ」

 堀に血走った目で見られ、白夜はすぐ続けた。

「暑いだろ? 気付かなかったのか? それにさっきの畑、春にはあんなに作物育たないだろ」

「……ああそうだな、異世界か……」

 黒咲は不満げに納得した。

「つまり、これは無意味か」

 彼はポケットからスマホを取り出し、ぞんざいに机に投げた。

「うっわ、マジか、ムカツクー」

 らららもスマホを取り出し、唇を尖らせる。

「まあ、記念にばえ~な写真は撮っておこう。 インスタも賑わうだろうし」

「エレクトラさん、たしか三〇日とおっしゃいましたね?」

 ゴブリンの矢が刺さった辺りを撫でながら北条青藍が口を開く。

「その間、我々は安全なんですか?」

 皆がはっとする。オークやゴブリン、アークロードがいる世界で旅をするのが安全とは思えない。誰もが考えるのを拒否していた話題だ。

「確かに安全ではありません、でも大丈夫です、あなた方は選ばれし者達なのですから」 青藍は眉を潜める。

 准にも判る。それは答えになっていない。

 問いつめようかと考えた時、屋敷の扉がノックされた。

 エレクトラが代表して出ると、農奴達とは違う服装の男が立っていた。

「これはノルド様」

 エレクトラが丁寧に頭を下げるが、ノルドと言う男はテーブルに着く三年四組達を鋭い視線で一瞥する。

「エレクトラ、今日は農奴観察官としてここに来た、お前が怪しげな連中を村に引き入れたと噂なのでな」

 ノルドは再び皆を見回すと、空咳をする。

「冒険者らしいが、彼等はギルドに入っているのかね?」

 エレクトラは困った顔で首を振る。

「ならばそこらにいる盗賊と同じだ、私はこの村の領主ポムド様から言いつけられている、素性の知れない者達をうろつかせるなと」

「わかりました」エレクトラは決然と言い放つ。

「すぐに冒険者ギルドに彼等を加入させます」

「それならいい、そうしたら我が領主様も安心だ、任せたぞ」

 言い残してノルドは背を向けた。

 エレクトラは済まなそうに振り向く。

「済みません皆さん、まことにお手数ですが冒険者ギルドに入って頂きます」

「冒険者ギルド!」

 嶋がまた声を出すが、やることが増えていく感覚に徳川准は消沈するしかなかった。


 エレクトラの屋敷の生活は……不快だった。ひたすら不快だ。

 彼女の屋敷は二階には大部屋があったが、男女別れても狭かった。寝具も麻の布だけであり、さらにそれを使うと全身がかゆくなる。眠れた者は殆どいないだろう。

 極めつけはトイレだ。

 この屋敷にトイレはない。トイレは村に共同のそれがあるだけで、それも壺の上に穴の開いた木の板が置いてありそこで用を足す悲惨この上ない物だった。しかもトイレットペーパー代わりは干し草だ。

 年頃の女子生徒の心証は最悪を越えて極悪で、その構造に激しく嫌悪し怒りを露わにしていた。

 何せ中には用足しの途中で、村人のおっさんが入ってくる場合もあったので、三年四組の乙女達は酷く自尊心を傷つけられたようだ。

 その他、挙げればばきりがないが洋食屋の息子である小早川倫太郎(こばやかわ りんたろう)が珍しくブチ切れたのは料理だ。

 彼等に与えられた料理は硬いパンにオートミールだけだった。

 ナイフやフォーク、スプーンはなく手でパンをオートミールに浸して食べるらしいが、味やらについて洋食屋の息子は納得しなかった。これは普段は物静かな長身・野々村秀直(ののむら ひでなお)を巻き込み大騒動に発展した。

 エレクトラに「これしかないんですっ!」ともっとブチ切れられて二人のクレーマーは黙し事態は収束したが、三年四組の皆の心がささくれ出し始めたのは確かだ。

 徳川准がすぐに行動を起こそうと思い立ったのは無理もないことだ。

 一行はギルドに登録するために、近場の町へ移動する案を採用した。

 徳川准には忸怩たる思いがある。

 彼はあくまでも三年四組の級長だ。こんな冒険なんて考えてもいなかった。だからリーダーを他の人にやって貰おうと提案したが、誰も手を挙げず結局級長兼リーダーの地位に収まった。

 考えたら、こんな訳の分からない世界で指示をするなんて誰もが嫌がるに決まっている。

 徳川准は自分の読みの甘さを呪いながら、リーダーの重責に着いた。 


 次の日、太陽が昇ってから三年四組の面々は再び一階のテーブルに着いた。 

 出てきた食事は硬いパンとオートミール。

 それについてもはや誰も何も言わないが、ほとんどの生徒が手をつけなかった事で心情が判る。

「町ってさあ」

 らららが頬杖を着きながら口を開く。

「着る物も売っているの?」

 徳川准はそれについて気易く「売ってるだろ」と答えたが、女子の食いつきは半端無かった。

「マジ! それって下着とかも?」

 らららのあけすけな物言いに他の女子は顔を赤らめたが、准は何となく察した。

 この世界に来てからずっと着替えなどなかったのだ。少女達には思うことがあるのだろう。

 しかし……。

「お金がないだろ? 服を買う」

 はあ、と重いため息がどこからか漏れた。

 気の毒に思う准だが、こればかりは仕方ない。しかし「いいえ」とエレクトラは満面の笑みになる。

「わたくしが持っています、皆様の買い物くらい出来ると思いますが」

「え! 本当」一度消沈した女子達の目が輝く。

「選ばれし者達の為に貯めておきました」

「へぇー、気が利くじゃん」珍しく幾瀬八千代の機嫌がいい。

「でもその前に」

 エレクトラは一転真剣に表情になる。

「皆様のクラスを確認しておきたいんですけど」

「ああ! それね!」

 一晩経っても嶋は元気だ。

 エレクトラは魔道書を持っている者にはそれを出させ、メダリオンを持っている者もそれをテーブルに置かせた。

 そしてエレクトラの金の瞳が怪しく輝き、小声で呪文を呟く。

「……判りました」

 エレクトラが鑑定したクラスは次のような物だった。

 徳川准……聖職者(神エルジェナ)

 源白夜……戦士

 平深紅……戦士

 北条青藍……聖職者(神ヴァルガ)

 細川朧……吟遊詩人

 本田繋……戦士

 力角拓也……戦士

 成田隼人……レンジャー

 明智明日香店…戦士

 小西歌……ソーサラー

 石田宗親……ウィザード

 斉藤和樹……モンク

 真田亜由美子……ウォーロック

 朝倉菜々美……聖職者(神フレアルーン)

 嶋亘……密偵

 木村智……戦士

 笹野麻琴……聖職者(神ヴァルガ)

 野々村秀直……ウイザード

 大谷環……密偵

 小早川倫太郎……レンジャー

 片倉美穂……ソーサラー

 立花僚……戦士

 堀赤星……密偵

 黒咲司……戦士

 脇坂卓……ウィザード

 磯部水緒……聖職者(神エルジェナ)

 飯盛和香子……ソーサラー

 幾瀬八千代……狂戦士

 これに対して「吟遊詩人てなにー」とか「レンジャーて日曜日の朝にやっているヒーロー?」とか「密偵ってw」とか感想でしばしざわざわしたが、エレクトラは雑音に構わず聖職者について簡単な補足をした。

 この世界は一神教ではなく多神教で、聖職者としての能力は変わらないが神の名前を唱えなければならないので覚えておくこと、らしい。

 ちなみに、

 光の女神……アーシュ=リア。

 地母神……エルジェナ。

 戦いと勝利の神……ヴァルガ。

 美の女神……フレアルーン。 

 海の神……メルス・ダーシー。

 であり、聖職者となった者はどこかで彼等に使徒として認められたのだそうだ。

 徳川准は思い出す。確かにこの世界に来る闇の中、美しい女神に会っていた。きっと他の者そうなのだろう。

 全員のクラスが判って三年四組は少し興奮気味だが、あれほど元気だった嶋は何か暗い。

「密偵……ヒーローじゃないじゃん」 

 とにかく、朝食もアレなんで早速冒険者ギルドがある町へ向かうことにした。

 エレクトラの屋敷を出ると、村人はもう起きており総出で小麦の刈り取りをしていた。 三年四組の登場に、意味ありげに口を歪める者もいたが大半は忙しくて彼等どころではないようだ。

 徳川准達はエレクトラに続いて畑の間の道を通ると、村から出ようとした。

「ちょっと待ちたまえ」と彼等は呼び止められる。

 昨日の夜訪れたノルドだった。

「村から出るのかね?」

 ノルドは黄色っぽい目で三年四組を見回す。

「はい、町で冒険者ギルドに入りたいと思います」

 エレクトラが答えると、ノルドは何やら紙の束を取り出す。

「では税金を払って貰おうか」

「は? なにそれ」

 らららが聞き返す。しかしエレクトラは手慣れた様子で下げた小袋から銅貨を取り出して彼に渡した。

「うむ」とノルドは踵を返す。

「ちょっと! 何してんのさ」

 らららが声を荒らげると、エレクトラは囁く。

「この世界ではいろんな所で税金を払わなければならないのです。川を渡ったり、森に入ったり、パンを焼いたり、村から出たりする度に」

「なんじゃそりゃあ」

 穏和で有名な隠れイケメン立花僚(たちばな りょう)が珍しく憤慨している。

「あと教会にも税金を納めます」

「うげ、強欲な世界」

 らららは両手で肩を押さえると身震いする。

「仕方ありません、法ですから」  

 エレクトラは微笑むと歩き出す。

 准も何か割り切れなさを感じながら歩を進めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る