元気っ娘JDは走り去る


 少しだけ、自分語りを許して欲しい。

 俺――片里将人という人間は、幼少期の育ち方が少し変わっている。


 幼い頃から、自分の家は児童養護施設だった。


 親に捨てられて……施設に拾われたということを認識したのは、物心がついた後。

 その事実については、確かにショックだったし、親という存在がいない事は寂しさもあったけれど。施設で育ててくれた人は親のように思っていたし、その人も本当の子供の用に育ててくれたと思っているから、気持ち自体は楽だった。


 そんな育ての親が口癖のように言っていたのが、「人に優しくしなさい」という言葉。

 「親に捨てられる」という、なにひとつ優しくない行為をされた自分が、なんで優しくしなきゃいけないのかな、なんて考えたこともあったけど、ひとつの出会いがその考え方をも変えてくれた。

 

 それは、よく近くの公園に来る女の子との出会いだった。

 たまたま俺が公園で一人でいる時に、声をかけてくれた子。

 「一緒に遊ぼう」と、言ってくれたのが嬉しくて。

 半年ほどだろうか。毎日のように、その子と遊んでいた時期があった。


 その子は、俺に優しかった。今になって思うが、彼女はきっと、俺が一般の家庭で育った、普通の子供ではないことに気付いていたはずだった。

 それでも、特に気にすることはなく。ずっと優しく、そして仲良くしてくれた。それがとっても嬉しかった。

 一緒に遊んでいる時間が、どうしようもないほどに好きだった。


 しかし、ある日、いつものようにその子と遊ぶために公園に行こうとした時。

 道端で40代くらいの主婦らしき人達が話している内容を聞いてしまったのだ。


 『○○さんのところの娘さん、最近施設の子と遊んでるらしいわよ?』


 『え~そうなの?あの子良い子だし、会いたくなくてもきっと断れないのね……』


 『かわいそうに……』


 

 まだ幼かった自分にとって、その内容はショックだった。

 彼女のフルネームは知らなくても、そう言われているのがあの子だというのはすぐに分かった。

 けれど、もうあの子と遊ぶようになってから月日が経っていたからだろうか。

 俺にはどうしても、あの子が同情や憐みで一緒に遊んでくれているとは、とても思えなくて。

 

 俺は静かに、バレないように踵を返した。

 自分の感覚が間違っていなければ、あの子は俺の事を良く思ってくれている。だとしても。


 俺と遊んでいることが、彼女にとってマイナスになるのなら。

 会いに行くべきではない、と思ったから。


 その帰り道、目に溢れた何かを拭きながら、俺は決めた。

 自分の手の届く範囲には、優しくあろうと。

 

 自分に優しくしてくれた、あの子のように。

 誰にでも優しくできる、男であろうと。


 

 


 











 俺はきっと、この世界を甘く見ていたのだろう。

 

 ちょっと男女の価値観が変わっている程度で、なにも変わらない。

 そんなに容姿が整っているわけでもない俺が、多少ナンパとかを受けるようになった程度で、普通に生きていくことに何も問題がないと、そう思っていた。


 けれど、そんな認識は大きな間違いで。


 「お疲れ様でした~」


 「は~い!」


 狭い密閉空間だったゴンドラからようやく降りて。

 大きく伸びをするみずほは、満足気な表情。


 対する俺は……どっと、疲れが肩に乗っかったまま。

 身体は熱く火照ったままだし、頭はぐわんぐわんと回っている。

 とにかく前を行く小柄な女の子を追いかけながら、なんとか情報を整理してみる。

 みずほがあの時、コンタクトを探していた女の子で。

 ずっと運命の人を探していたのは、実は俺の事で。


 今も尚、みずほが俺のことを好いてくれているという事実を受け止めざるを得なくて。

 あまりにも多い情報量に頭が混乱する中、その全てを考えられなくなるくらい、みずほのストレートな愛情表現を受けて。

 なにも考えがまとまらないまま、今に至るのだ。

 

 前を歩いていたみずほが、くるりと軽快に振り返る。


 「あ~すっきりした!景色綺麗だったね、将人!」


 「そ、そうだね……」


 いやいや景色なんか途中から見えて無いわ!

 というツッコミもする元気もなく……笑顔が眩しいみずほが楽しそうで、思わず毒気も抜かれてしまう。


 ……みずほの気持ちを受けて、俺はどうすれば良いのだろうか。

 みずほから伝えられた想いの強さに衝撃を受け過ぎて、思考はまるでまとまらない。


 迷路のように出口のわからない思考にハマってしまって、俯いて歩いていると、ひょこっと下からみずほが覗き込んで来た。


 「では私はちょっとお色直しに行くので、将人は……あそこの下らへんで待ってて!」


 「え?別に全然ここで待つけど……」


 みずほが指さした先は、もう少し歩いた先。

 ここにもベンチはあるし、全然待てるけど……。

 

 けれど、みずほはどこか優しさを感じる表情で、首を横に振った。


 「ううん、あそこで、お願い。――もう、私の番は終わったから」


 「……え?」


 「いいからいいから!とにかくあそこの下にいてね!じゃ!」


 それだけ言い残すと、みずほは駆け足でいなくなってしまう。

 途中彼女が小声で言った言葉が聞き取れなくて、聞き返してしまったけど……。

 物憂げな表情が垣間見えた気がした。


 ゴンドラの中では、あんなになんというか……色気が凄かっただけに、温度差が激しい。

 その変化に目を白黒させつつ、大人しくみずほが指さした先を見る。


 そこには……もうすっかり夜の暗さに包まれてきた園内で、神々しさすら感じる白い光を放っている建物――教会があった。

 といっても、もちろん本物の教会ではなく。

 物語の中に出てくる教会を模したもの。その周りには、写真撮影をする人や、ロマンチックな雰囲気を味わうカップル等がいて。


 「別にここで待ってても良かったのに……」


 なんとなくあそこに一人で行くのが気まずくて、そんなことを思ってしまう。

 とはいっても、ここにはベンチこそあれど、目印になるものはない。

 大人しく、俺はその教会の下まで歩くのだった。




 

 ■


 

 角を曲がって、将人から私が見えなくなるところまで来て。

 

 私は、すとん、とその場に腰を下ろした。

 

 「ははは……やっちゃった」


 今日、将人に想いを伝える。

 それは決めていたことだったから、後悔はない。

 けど私は、どこまでいっても卑怯だから。将人からの答えを恋海がいない状態で聞きたくなくて。


 今はただ、良い思いをしたいという下心だけで、将人の唇を奪ってしまった。


 心臓が、どくどくと動いているのがわかる。

 ――人生で初めてのキスだった。

 大好きな人に、想いのままにぶつけるキスはあまりにも甘美な味で。

 この時間を一生忘れたくないから、刻み込むように念入りに、深くまで将人を味わった。


 スマホを開く。

 そこには、来てほしかったメッセージ。


 「……良かった」


 少し安心しながら、私は返信を打つ。


 思えばここまで、色々なことがあった。

 大親友の好きな人は、とっても素敵な人で。

 自分もこんな恋がしたいなと思っていたら、運命の出会いがあって。


 それが、まさか親友の好きな人だとは思わなくて。

 でも、その事実を知った後も、親友はずっと親友のままでいてくれて。


 だから、本当は私はこんな良い思いをするはずじゃなかったのに。

 私は卑怯だから、最後にと思ってこんなことまでしてしまった。


 だから。

 もう後は――舞台から退場するだけ。


 親友は、私も一緒に、と言ってくれた。

 そのことについては嬉しかったし、そうなれば良いなって本気で思ってた。

 好きになってもらおうと今日一日ずっと努力してきたのだって、1ミリも嘘じゃない。


 だけど……昨日2人が喧嘩してしまった原因を聞いてみたら……あの2人は幼馴染だったという。

 真剣に話を聞きながら、私は思った。

 

 そんなのもう、禁止カードじゃん、って。

 

 2人一緒に愛してもらおうって、きっとそれは、本気で言ってくれてたのだと思う。

 だけどやっぱり――肝心の彼がそうするかはわからない。


 親友は私から見ても魅力的な女の子だ。

 その子とだけ、結ばれれば良いと思ったって、なにも不思議じゃない。

 ずっと昔から仲が良かった幼馴染なら、尚更。


 

 「……っ。あー、卑怯だなあ、私」


 もう私の役目は終わったのなら、このまま帰れば良い。

 なのに、心のどこかでやっぱり諦めきれなくて。

 もしかしたら、私も一緒に選んでくれるかもしれないと思うから、あの場所が見えるここから、動けないでいる。


 蹲って、体育座りのように身体を縮めた。

 冬の夜風は冷たいはずなのに、不思議と身体は寒さを訴えてはこなくて。


 もう一度、スマートフォンを開く。


 そこには、ほんの10分ほど前に送った文章が残っていた。


 


 『王子様は、教会にて待つ』




 その画面を開いたまま、私は夜空を見上げる。


 そこには、清々しくて、憎らしいほどに綺麗な星空が、広がっていた。





 

 


 

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