第53話 最強の男
長い階段を上り終え、俺たちは『皇帝の間』の前に立つ。
禍々しい大扉の向こうに皇帝ディアギレスがいる。
階段以上に長かった冒険の終着点。
ここがラスボスとの最終バトルの地。
俺、ルルナ、チェルシーは黙って互いの顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
共に旅をしてきた仲間に言葉は不要だった。
主人公ルルナが大扉を開け、俺たちは『皇帝の間』へと足を踏み入れた──
室内のデザインは、人間の貴族が住む王宮と大して変わらない。
真紅の絨毯、高級な調度品や絵画。
どれも人間の文化と似たような置物が並べてある。
しかし、一つだけ違う点があった。
それは、『明かり』だ。
照明の類は、部屋に点在するロウソクの小さな
息を吹きかけたら、一瞬で消えてしまいそうな頼りない火だ。
薄暗い室内の雰囲気は、やはり魔物の王であるラスボスの居間に相応しかった。
「…………ごくり」
チェルシーが生唾を呑む。
すると、直後──
ロウソクの小さな火が一斉に燃え上り、陰気な室内を一気に照らし出した。
「……こ、これは!?」
驚愕した様子で周囲を見渡すルルナ。
『皇帝の間』が赤い火に映し出され、その全容が露わとなる。
真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、大きな玉座。
そして、そこに座る一人の……一体の男。
人間だと30歳くらいに見える容姿。
黒と赤のメッシュ髪。
人間と大きく異なるのは、頭から飛び出た2本の角。
しかし、最も目を引くのは、指に嵌めたリングだ。
赤黒く光り、ロウソクの火以上に室内を怪しく照らし出している。
『闇のリング』……その威圧的なオーラが、離れた場所に立つ俺たちのもとまで届いてきていた。
男──皇帝ディアギレスが、無表情のまま不気味に口を開く。
「ご苦労であった」
ディアギレスは俺たちに労いの言葉を投げかけてきた。
「今、なんて言ったの!? あの男!?」
「…………けないでください」
ルルナは皇帝の言葉を聞き、両手を振るわせる。
「お前たちは、この皇帝のもとへ『フェイタル・リング』を捧げに参ったのだろう? 私自らが褒美をくれてやろう」
「ふざけないでください!!!! 私たちは、あなたの非道な行為を止めるために来たのです!!!! 世界中の人々を苦しめて……絶対に許しません!!!!」
激怒するルルナ。
その顔は真っ赤に燃えていた。
こんなルルナは初めて見る。
「挑発に乗るな。俺たちは俺たちの戦いをしてきたんだ。アイツに何を言われようと心を乱すな」
《運命の導き手》として冷静に皇帝と戦ったゲームの
当然の反応だろう。
元は普通の聖女様だったのだ。
それが俺のせいで、過酷な運命を背負わされた。
俺の知らないところで重圧を感じていたのかもしれない。
目の前の敵を倒せば、世界中の人間が救われるのだ。
人間だけじゃない。エルフやハーピー、他種族にも平和が訪れる。
気持ちが入るのは当然だ。普通の人間なら。
それに比べて、感情的なルルナのほうが人間として自然な反応をしている。
『作り物』と『本物』。
ここにきて、その差が明確になっていた。
「──拍子抜けだな。私が褒美を取ろうと言うのだ。大人しく受け取るが良い」
皇帝ディアギレスは淡々と言い放ち、『闇のリング』が嵌められた右の掌を俺たちに向けてきた。
「ルルナ! 《
俺は咄嗟に叫んだ。
「え……」
チェルシーは状況に付いていけず、呆然としている。
しかし、ルルナは──
「《
俺の声に素早く反応し、指示通りのスキルを発動させた。
ルルナを中心に光の膜が発生し、俺たちを包み込む。
そして、俺たちと皇帝ディアギレスを隔絶するかのような透明の壁が出現。
光の壁が出現した直後、皇帝ディアギレスの右手から強烈な闇属性の魔法が放たれた。
皇帝の遠距離攻撃は、一瞬で俺たちのもとまで辿り着……
……くことなく、光の壁に衝突し周囲に霧散した。
「……『光のリング』のチカラか。さすがだな」
皇帝ディアギレスは自らの攻撃が弾かれたことに意を介さず、冷静に分析していた。
光の壁は聖女が被るヴェールのように薄く、見た目的には頼りない印象を受ける。
しかし、この《
皇帝の攻撃は全て闇属性。
対極に位置する光属性の防御魔法は、皇帝の攻撃に対して非常に有効なのだ。
ただし──
デフォルトで光属性のルルナは、ディアギレスの攻撃が弱点になってしまう。
逆に、ルルナの攻撃もディアギレスの弱点を突くことができるのだが。
光と闇。
まさに、相反する両者の戦い。
ゲーム以上の熱い戦いが繰り広げられることが予想されたが……。
「ヴェリオさん! 私たちも反撃しましょう!」
「まずはアタシからいくわ!! 《
威勢良く、チェルシーが『魔剣ハーティア』から地獄の剣閃を放った。
このスキルはゲーム内でも最強クラス。
闇将軍ハワードには防がれてしまったが、並のボス相手なら一撃で葬り去るほどの威力がある。
本来、ラスボス戦では使用することができないはずのスキル。
「…………ッ」
しかし、皇帝ディアギレスは玉座に座ったまま、右手一本で《
大きな声をあげることなく、ただ淡々と右手で払い除けたのだ。
まるで、宙を漂う小虫を払うかのように。
「えッ!!!? アタシの《
愕然とするチェルシー。
そんなチェルシーをよそに、ルルナは『デーモンサイズ』を掲げ、素早く次の行動に移っていた。
「これならどうです!!!! 《
《
巨大ワームや神衛隊長タナトス、そして聖王エリオン17世までをも撃破したスキルである。
しかし。
「…………フンッ」
皇帝ディアギレスは、またしても右手のみでルルナの攻撃を消し去ってしまった。
全くのノーダメージ。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
一方、スキルを放ったルルナのほうが体力を消耗してしまっている。
──この結果は、俺の想定通りだった。
《
同じく闇属性の皇帝ディアギレスには一切効かないのだ。
「な、なんてことよ……アタシたちの渾身の必殺技が……全然効かないなんて……」
「ま、まだです!!! まだ諦めてはダメです!!! 世界を……世界の皆さんのためにも、私たちが負けるわけにはいかないのです!!!!」
ルルナの瞳に宿った光は消えることなく輝いている。
「そんなに吠えても結果は変わらん。お前たちと私とでは、チカラが圧倒的に違い過ぎるのだ。私の代わりにリングを集めたことは褒めてやる。この『皇帝の間』で私が直接殺してやるというのだ。光栄に思いながら死んでいくといい」
皇帝は抑揚のない話し方で言い──「終わりだ」と告げた後、闇属性攻撃を俺たちに放ってきた。
さきほどルルナが発動させた光のヴェールは既に消えている。
俺たちを守るものは何一つ無かった。
「あ、あ、あ…………ヴェ、ヴェリオ……様!!!!」
「……っくぅ!!!」
チェルシーとルルナの顔が歪む。
俺は、そんな2人の前に出て、静かに立つ。
何もせず、ただ立った。
皇帝ディアギレスの恐るべき攻撃が無防備の俺に衝突。
爆音と爆煙が『皇帝の間』に広がる。
一瞬の出来事で、ルルナとチェルシーは声をあげることもできなかった。
やがて煙が収まり──
「な、なんだと!?」
これまで落ち着きを払っていた皇帝が、玉座から立ち上がり驚きの声をあげる。
攻撃を直に受けた俺を見て、ディアギレスは唇を震わせていた。
なぜなら、俺が全くのノーダメージだったから。
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