第44話 前半戦

「ルルナが戦うって…………それも一人で!? どうしてよ!?」


 チェルシーがルルナに問う。


「これは『フェイタル・リング』を巡る、世界にとって大事な戦いです。しかし……私自身の想い、信仰、過去、それらと向き合う……向き合わなければならない戦いでもあります。これは私の生き方と深く関わることですので……個人的な理由で申し訳ございませんが、どうか御理解くださいっ」


 ルルナは俺とチェルシーに真剣な眼差しを向け、頭を下げた。


 主人公としての決意。


 ──いや、聖女ルルナとしての決意だった。


 過去との決別を自身の手で決定づける。

 そんな強い想いがルルナから感じられる。


「クフフフッ。どなたが戦おうと、何人で戦おうと、御自由に。どうせ皆さん、ここで全員死ぬのですから」


 余裕たっぷりに俺たちに向かって歩いてくる神衛隊長タナトス。

 その左手には黄金に輝く剣が握られている。


 この時間を利用して、俺はルルナへ攻略のアドバイスをすることに。


「ルルナ、よく聞け。タナトスの剣の軌道は、軸足である右足ので判別できる。右足が外側へ開いた場合は下から上で振り上げるような剣筋、右足が内側へ傾いた場合は上から叩きつけるような剣筋が飛んでくる」


「……右足の開く角度…………なるほどっ」


「そして、右足が外側にも内側にも向かなかった場合は、剣を地面と平行に構え、横払いのような攻撃を放ってくる」


「す、すごいですね……そこまで相手の情報を掴んでいるなんて」


「いや、大事なのはここからだ。今の攻略方法は『前半戦』。戦闘の『後半』、タナトスは右手にも剣を構えてくるんだ」


「右手? 見たところ、タナトス様の剣は一振りだけのようですが」


 ルルナの指摘どおり、タナトスの剣は左手に持った1本しかない。鞘も。


 見た目上では。


「『後半戦』で出す右手の剣は実剣じゃない。アイツの魔法力によって生み出される魔法の剣マジック・ブレードだ。黄金の実剣と魔法の剣の二刀流がアイツの本領なんだ」


魔法の剣マジック・ブレードねぇ……でも、大丈夫じゃない? ルルナには最強武器の『デーモンサイズ』があるんだし」


 話を聞いていたチェルシーが言う。


「左手の実剣に関しては『デーモンサイズ』で抑え込める。でも、右手の魔法剣は無理だ。実体のない刀身に『デーモンサイズ』の刃は通用しない。弾けないんだ」


「そう…………あのさ、やっぱりアタシたちも一緒に戦ったほうが──」


「いいえ、大丈夫です。私は戦えます。ここで逃げたら、私は《運命の導き手》として相応しくありません。たとえ神衛隊長が相手でも魔法剣が相手でも……教会が相手だったとしても、世界を混沌に導く者を目の前にして、逃げるわけにはいきません!」


 ルルナの決意の言葉。



 ──相手が最強の魔神だったとしても?



 俺はルルナの言葉を、自身の存在に照らし合わせて考えてしまった。


 今はのことを考えている場合ではない。

 目の前の難敵攻略に集中しなければ。


「いいぞルルナ、その意気だ。それで、タナトスの魔法の剣マジック・ブレードだが、一つだけ攻略の糸口がある。それは……」


「それは?」


 ルルナ以上に、前のめりで訊いてくるチェルシー。


「土の魔法だ。『土のリング』を手に入れたことで、今ルルナは土魔法を使えるはずだ。その土魔法の中で《大いなる岩壁グランド・ウォール》という防御特化の魔法がある。差し出した自分の手の前に、小さな障壁を一瞬だけ発生させるという魔法だが、この魔法によって発生した小さな壁はどんな攻撃も防げる。タナトスの魔法剣もな」


「凄いじゃない! それさえ使えば、どんな敵が相手でもルルナはダメージを受けないってことね?」


「いや、そうでもない。《大いなる岩壁グランド・ウォール》は一度の使用で一瞬の間しか発生しないんだ。相手の攻撃を予測して使用しないとならない。つまり、使用タイミングが非常に難しい癖のある魔法なんだ」


 まるで土の精霊ノームのように癖の強い魔法。


「なるほど。左手の実剣の攻撃を『デーモンサイズ』で弾きつつ、右手の魔法剣の攻撃に常に備える、ということですね」


「ああ」


 理解力が早いのはルルナの長所だ。


 あとは、自分の身体を思ったとおりに動かせるかどうか。


 ルルナを信じるしかない。


「お話は終わりましたか? 仲間との最期の会話、あの世で大事に思い出せるといいですね」


 タナトスが左手に携えた黄金の剣を構え、攻撃対象であるルルナに向けて走って来た。


 ルルナ対タナトスの一騎打ちの開戦である。



 ◆



 ──幾百、幾千もの剣戟が大聖堂内部で交わる。


 ルルナの大鎌『デーモンサイズ』とタナトスの黄金剣。


 両者の武器が互いを弾き合う音が大聖堂に反響する。


 鎌と剣。

 弾き合った際に発生する火花は、綺麗に光り輝いた直後、消え去る。

 まるで流れ星のように。


 戦闘開始後、しばらくの間そのような状態が続いていた。


 ルルナとタナトス、両者の戦闘を見守る俺とチェルシー。

 

 そして、聖王エリオン17世。


 聖王の表情は、戦闘前と何一つ変化していなかった。


 剣戟の反響音以外に音がしない大聖堂。


 その不気味な空気を破ったのはタナトスの声だった。


「ふむ。意外とやりますね。まさか、貴女がここまで戦えるとは思いませんでした。どうやら、私が貴女を過小評価していたということなのでしょうね。素直に私の考え違いだったことを認めましょう」


 ルルナはタナトスとの『前半戦』、俺の助言に従い、完全に相手の攻撃を防いでいた。


 初見では絶対にできない動き。

 いや、リトライでも難しい。


 それだけ、ルルナが成長していたということだろう。


 もしくは、本来の主人公ルーク以上の戦闘の才が元々備わっていたか。


「私としては、この戦い自体が貴方の考え違いであることを認めていただきたいです。自らの過ちを認め、リングを真っ当な方法で使うと約束してくださいっ」


「何を言い出すのかと思えば……。いいですか? この世界は、聖王様を中心にして回っているのです。聖王様の支配を世界が望んでいるのです! たった数人の……いいえ数匹の小虫の反対意見など、そちらのほうが世界への反逆……過ちなのですよ!」


 タナトスは怒りとも取れる表情をルルナにぶつけ──


 右手を宙に掲げた。


 直後、タナトスの右手に魔法の剣マジック・ブレードが出現した。


 ここからがタナトス戦の本番。


 『光のリング』イベントの一番の難所に突入だ。







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